海沿いのサイクリングロード
口羽龍
海沿いのサイクリングロード
哲雄は大学生。ゴールデンウィークを迎え、自分の自転車でサイクリングロードを走ってみようと思った。
今日向かっているのは、海沿いにある下島サイクリングロードだ。今から10年ぐらい前にできたらしいが、海を眺め、潮風に吹かれながら走るのが人気のサイクリングロードだ。
サイクリングロードは、とある海沿いの町からスタートする。サイクリングロードはそこそこ賑わっていて、その中には家族連れの姿もある。
「ここが下島サイクリングロードか」
哲雄はスタート地点を見上げた。スタート地点は吹き抜けの建物で、まだまだ真新しい。だが、少し不自然な点がある。サイクリングロードの入口に段差があり、サイクリングロードに降りるスロープがある。まるで櫛型ホームのようだ。
哲雄は全く気にせず、サイクリングロードを走り始めた。この辺りは住宅街の中で、家の軒先を進んでいるようだ。この辺りはまだ、海が見えない。だが、進んでいくうちに、見えてくるだろう。
「いい眺めだなー」
サイクリングロードはゴールデンウィークと相まって、普段より多くの人が行き交っていた。観光目的で来ているんだろう。
走っていくうちに、哲雄は何かに気付く。一定した距離に、柱が立っている。その柱は、何年も使われていないようで、赤錆びている。何に使われていたんだろう。いつ頃から使われなくなったんだろう。
「あれ? これ何だろう」
立ち止まり、哲雄は首をかしげた。ふと、哲雄は鉄道の架線柱を思い浮かべた。電車の走る線路の脇に置かれていて、架線を支えるためにある。
「架線柱? でもレールないな」
哲雄は足元を見た。だが、レールがない。あるのは、ただのアスファルトだけだ。まさか、ここは廃線跡だろうか?
進んでいくうちに、ホームらしきものが見えてきた。それを見て、ここは廃線跡なんだと確信した。だとすると、サイクリングロードの入口にあった段差は、ホームだろうか?
「あれ? ホーム?」
哲雄は立ち止まった。そのホームは石造りで、駅舎だったと思われる建物は古めかしい。何年前に建てられたんだろう。
「ここって廃線跡なんだな」
哲雄は再び進み出した。左に大きくカーブすると、登り坂になり、山のすそ野に差し掛かった。この辺りになると住宅地を離れ、林の中に入った。小鳥のさえずりが聞こえ、住宅地とはまた違った魅力がある。
哲雄は左に目をやった。高台から海が見える。とても美しい。海を見ると心が晴れやかになる。どうしてだろう。
「海だ!」
哲雄は更に先に進んだ。その先には島式ホームの跡もある。ここでは行き違いが行われたのだろう。左には駅舎と思われる古い建物もある。一体どれぐらいの人が行き交ったのだろう。サイクリングロードを行き交う人々は、その建物の事を知っているんだろうか? そして、ここに鉄道があった事を知っているんだろうか?
しばらく進むと、田園地帯が見えてきた。その先には漁港がある。そして下島(しもじま)という港町の先は海だ。とても眺めがいい。港町にサイクリングロードの終点があるらしい。
サイクリングロードは山のすそ野を抜け、下り坂になり、田園地帯の中を進んでいく。とてものどかな風景だ。こんな中を電車が走っていたんだと思うと、乗ってみたかったなと思ってしまう。
哲雄は田園地帯を過ぎ、下島にやって来た。下島は静かな港町で、高齢化による過疎化が進んでいるという。
「もうすぐサイクリングロードの終点なのか」
サイクリングロードの終点が見えてきた。そこは駅の終点だった所のようで、構内がとても広い。ここは車両基地だったんだろうか?
「あれ? ここは?」
と、哲雄は終点付近に真新しい建物があるのに気が付いた。つい最近建てられたようだ。
「博物館か?」
哲雄は振り向くと、そこには車庫があり、そこで使っていたと思われる電車が留置されている。電車は大切に保管されているようで、錆が見受けられない。
「車庫?」
その電車は、いつも乗っている地下鉄に比べて小さい。そして、それを支えているレールも狭い。
「あれ? ここって」
と、そこに老人がやって来た。どうやらこの建物を管理している人のようだ。
「ここは鉄道博物館だよ」
「ふーん」
哲雄は鉄道博物館に行ってみようと思わなかった。鉄道にはあまり興味がないようだ。
と、老人は何かを思いつき、哲雄に話しかけた。老人は笑みを浮かべている。哲夫に興味があるようだ。
「見てみます?」
「は、はい」
誘われるがままに、哲雄はその博物館に行く事にした。本当はそんな予定はなかったのに。暇だから、行ってみようかな?
哲雄と老人は博物館に入った。博物館は無料で、数人の見学者が展示物を見ている。今さっき通ってきたサイクリングロードの風景も写っているかもしれない。それと照らし合わせながら見てみようかな?
最初に目に入ったのは、電車の写真だ。あの車庫にあった車両だ。塗装は違うけど、外観がそのままだ。
「こんな電車が走ってたんだね」
その電車は、海沿いの線路を走っている。島式ホームだった所には、レールが敷かれていて、行き違いが行われている写真が写っている。こんな風景の中を、電車が走っていたんだな。
「あっ、ここ?」
「どうしたんですか?」
哲雄はその風景を見て、気が付いた。今さっき、サイクリングロードで通った道だ。まさかここの昔の写真が残っていたとは。
「今さっきサイクリングロードで通ったんだ」
「へぇ、そうですか」
その後も、様々な展示物を見ていく。使われていたタブレット、行先表示板、信号機、踏切。ここにはサイクリングロードを走っていた鉄道の全ての思い出が詰まっているようだ。
「あそこに電車が保存されてるんですよ。間近で見ます?」
サイクリングロードの終点に展示されている電車の事だろうか? 間近で見る事ができるんだろうか?
「はい」
哲雄はその電車を間近で見る事にした。近くで見たが、地下鉄の車両に比べるとやや小さい。
「こんなのが走ってたんですか」
「はい」
哲雄は足元を見た。間近で見て改めて思ったが、やはり細い。そして狭い。
「レールが細い」
「でしょ? これが軽便鉄道なんですよ」
軽便鉄道は1067mmより小さい線路幅の鉄道で、一般的にはこのように762mmが多い。線路の幅だけではなく、電車自体も小さく作られている。そのため、建設費が少ない。昭和の初めまでは建設されたものの、その後は建設されなかったという。だが、軽便鉄道は輸送力に限界があり、最高速度も遅い。モータリゼーションの影響を受け、ほとんど廃止され、今では三重県と富山県にわずかに残るだけだという。中には、レールの幅を1067mm以上にした軽便鉄道もあるという。
「でも、どうして消えちゃったんですか?」
「車社会ですよ。軽便鉄道は遅いから、車社会では太刀打ちできないんですよ」
老人は寂しそうな表情だ。その老人は、軽便鉄道に勤めていた。廃止になると聞いた時には、寂しかったそうだ。親しまれてきた鉄道が消える。それだけでこんなに寂しくなるのは、どうしてだろう。
「そうなんですか」
「厳しいけれど、これが時代の流れなんでしょうか?」
老人はため息をついた。その視線の先には、道路があり、車が走り去っていく。その中で、軽便鉄道は時代に取り残されて廃止された。
「うーん・・・」
哲雄は考えた。僕もつい最近、運転免許を取った。車に乗れないと、いろいろと不便だからだ。そんな時代の流れで、鉄道は消えていくんだろうか?
海沿いのサイクリングロード 口羽龍 @ryo_kuchiba
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