第3話
「休戦、だと?」
「そうです。一時休戦をし、森に不可侵の境界線を引きましょう。お互いにルールを決め、殺し合いをやめるのです」
「何をふざけたことを」
彼はもちろん、騎士団の誰も、国民の誰もが考えたこともなかったことだろう。この戦いは、どちらが絶滅するまで続くに違いない、続かなければならないと思っていた。
「どうしてもと言うのであれば」
魔女は右手を水平にかざした。
それを合図に金属がぶつかり合う音が彼らの周囲から聞こえた。
「囲まれてます!」
傭兵が叫ぶ。
研ぎ澄まされた騎士の感覚でも生き物の気配がまったく感じられなかった。
森の間から現れたのは、甲冑を着込んだ人間達だった。右手には剣を持っている。しかし、彼らの甲冑は割られ、汚れ、剣は刃先がぼろぼろになっている。兜で隠れて顔は見えない。その場で確認できるだけでも二十人はくだらない。
騎士にはそれらが誰であるかすぐにわかった。兵士達もその姿が横にいる者と同じであることから察していた。
「貴女はなんてことを!」
不死の騎士団。
居並ぶのは彼のかつての仲間だった騎士達だった。
今は骸の騎士団として、彼女の傍にいる。
「貴方の言いたいことはわかります。犠牲を増やさないための苦肉の策です。どうか、許してください」
月光を浴びる魔女の表情は騎士からは見えない。
「許されるわけがない!」
彼が魔女の騎士団に気が付かなかったのも当然だった。彼らは誰ももう生きてなどいないのだ。
首を刎ねられ絶命した騎士はその場に捨てられる。死を免れた騎士を運ぶのに手一杯で、墓地まで連れ帰ることも埋めて弔う余裕もなかった。いずれ魔物に食われることも仕方ないと諦めて放置していた。
その死体を魔女は自身の魔法で蘇らせ、配下の騎士団を結成していた。
彼にとって、それは騎士への冒涜だ。
彼は戦い続けるだけの騎士に名誉など必要ないと思っていても、強制された生から逃れた彼らにはせめて安住の地を与えてほしかった。
生きているだけで、あの苦しみを繰り返したのだ。
死してなお、戦い続けなければいけないとしたら救いがなさすぎる。
「彼らに個々の意識はありません。でも、剣技は以前のままです。貴方達の今の戦力では対抗することはできないはずです。それでも戦いますか?」
「くっ」
一人一人が彼と同等の能力を持つ骸の騎士達と、向かい合うことさえはばかれる竜、そして魔法を操る魔女、どれ一つをとってもまず撤退を考慮する戦力差だった。
「どうしますか。拒否をするならいくら貴方でも、私は私の力で、彼らに剣を振るってもらうことになります」
「ただの脅迫ではないか」
「そうとってもらって構いません。まずは話を聞いていただきたいのです」
屹然とした態度に、彼は剣を下ろした。
「ありがとうございます。まずは申し出のお知らせです。手始めに、敵意がないことを明らかにするためにやってきました」
「そのためにわざわざ……」
「果実酒と、蜂蜜酒も用意してあります。申し訳ありませんが、肉は用意していません。代わりに森で取れる木の実や山菜でよければ豊富にあります」
「それが毒ではないと言い切れますか」
「攻撃の意思があれば最初からしています」
「しかし、そんなことを信じろと言われても」
「そうですね、確かにそうです。では」
魔女が竜を地面まで下ろす。静かに着地したつもりだろうが、地響きが彼の足元まで伝わってきた。
魔女はそこから飛び降りて、つかつかと彼の前まで歩を進める。魔女と知って誰も手を出そうとする者はいない。
魔女が彼の正面に立ち、彼は剣を構え直す。徒手であることを示すように魔女は両手を広げた。だからといって魔女は何ができるかわからない、彼は剣を下げない。
「貴方が私を信用できないというのであれば、貴方の剣で首を刎ねてください。その覚悟はあります」
それは、聖堂で見る彼女と同じ真っ直ぐな瞳だった。
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