救国大臣日本を救う

輪島ライ

救国大臣日本を救う

 時は令和X年。色々な意味で混迷を極める日本に宇宙からの侵略者が現れた。


 東京湾に降下してきた機動要塞は多数の円盤を放出し、指令塔らしき巨大円盤からは日本語によるアナウンスが流れ始めた。


『我々は機械生命体ジャジメント! 人類の代表者との対話を望む者だ!!』


 巨大円盤は千代田区永田町の国会議事堂を目指して飛行し、緊急出動した米軍の戦闘機を怪光線で撃ち落としつつ市街地の上を飛んでいった。



 東京都内とついでに関東一帯がパニックに陥る中、環境大臣の和泉いずみ真志郎しんしろうは内閣総理大臣に呼び出されていた。


「首相、私に何か御用でしょうか」

「和泉君、これから君に一大使命を伝えたい。大変な難題だが引き受けてくれるか」

「もちろんです! 何なりとお申し付けください」


 弱冠40歳にして環境大臣を務める和泉大臣は生真面目さとバカが付くほどの正直さだけが取り柄であり、深刻な表情で話した総理大臣に笑顔でそう答えた。


「謎の円盤の来襲に対し、我々はこれから皇族の方々と共に政府首脳部を近畿地方まで避難させねばならない。避難に際しては私が責任者を務めるから和泉君には私の代理として侵略者との対話をお願いしたい。人類の代表者になってくれるか」

「承知致しました。ハッピーでセクシーな対話で武力衝突をクールに解決して参ります」


 和泉大臣はそう言うと総理大臣に代わって首相官邸に向かい、厄介事を上手く彼に押し付けた総理大臣は速足でリムジンへと乗り込んだ。



 宇宙からの侵略者はあっという間に首相官邸に巨大円盤を降下させ、円盤から現れた円筒形の機械生命体は駆け付けたマスコミの車両とヘリコプターを怪光線で殲滅せんめつすると正面玄関から首相官邸に侵入した。


「貴様が日本国の代表者か?」

「その通りです。ようこそ宇宙よりおいでくださいました、私は環境大臣を務めます和泉真志郎と申します。どうぞ、そちらの席におかけください」


 円筒形の機械生命体はホバリングで飛行すると来客用のソファに腰かけ、向かい側に座る和泉大臣と対話を始めた。


「まず言っておくが、我々はこの星を侵略しに来た訳ではない。だが高次生命体として人類の危険性を察知し、対話の結果次第では人類を滅ぼすことも考えている」

「それは急な話ですね。なぜ人類を滅ぼすというのですか」

「地球に生きる人類は宇宙にもろくに進出できていないにも関わらず、狭い地球上で人類同士憎み合い殺し合っているではないか! 思想対立による冷戦が終わったと思えば今度は宗教対立による侵略戦争が続き、未だに民族浄化を行っている経済大国さえある。集団安全保障も核抑止力も機能不全に陥り、世界大戦が起きなくとも人々は世界中で傷つけ合い殺し合っている。このような種族がいつか宇宙に進出すれば他の惑星を滅ぼしにかかることは明白ではないか!!」

「な、なるほど……」


 和泉大臣は小学校以外の受験をしたことがないので集団安全保障とか核抑止力という言葉はうろ覚えで民族浄化というものが何なのかもいまいち分かっていなかったが、目の前の宇宙人は理論武装をしてここまで来ているということは理解できた。


「だが地球上にも一応の平和を維持している地域はあり、この日本という国はアメリカと中国の両者に対する戦略的外交で戦乱を回避しているという。日本国の代表者と対話を行い、人類にも更生の望みがあると判断すれば我々も猶予を与えるつもりだ。そこで聞くが、なぜ人類は何かと対立をやめられないのか。政治思想や宗教といったものはお互い殺し合うほど大切なものなのか?」


 クリティカルな問いを投げかけた宇宙人に、和泉大臣はしばらく考えてから口を開いた。



「……人類が対立をやめられないのは、それは人類があくまで動物に過ぎないからでしょう。すなわち野生的、プリミティブな生物ということです」

「ほほう、それはどういうことだ?」

「人類は動物に過ぎないから、対立をやめることはできない。これはどういうことかというと、人類同士の争いがなくなることはないということです。言い換えれば、人類同士が争わないということはあり得ないということです」

「……?」


 和泉大臣の主張する論理に機械生命体である宇宙人は演算処理能力の限界を超えて沈黙した。


「政治思想や宗教が人類を争いを駆り立てるのは、それはすなわちポリティカルな思想や宗教は人類同士が争う原因になるからです。これは確かに問題ですから、私たちは政治思想や宗教による人々の対立を解決せねばならないと思っています。つまり、人類同士の対立をどうにかしないといけないということです」

「それは、つまり……?」

「人類が宇宙進出を始めるのがいつかは分かりませんが、私の中で例えば100年後ということを考えた時に、100年後の自分は何歳かなと考えるのです。140歳というと現在の常識では寿命で死んでいますが、人類の理性と英知により私はその時まで生きて人類の宇宙進出を見届けることができる可能性があります。だからこそ人類に対して果たせる責任もあると思うのです」

「そういう……こと……か……」


 人類の輝ける未来について語った和泉大臣に、宇宙人は機械頭脳のオーバーヒートによりその生命を終えようとしていた。


「私は、人類は今のままではいけないと思います。だからこそ人類は今のままではいけないと思っている。その上で、世界平和のような大きな問題は楽しくかっこよくセクシーに解決していきたいのです。これをあなた方に対する人類全体の返答とさせて頂いても構いませんでしょうか」

「ああ、分かった。貴様らの、価値を認めよう……」


 宇宙人の司令官はそこまで話すと生命機能を停止し、司令官が人類に敗れたことを察知した宇宙人たちは地球上から撤退していった。



 大いなる対話で人類を滅亡の危機から救った和泉大臣はそれから世界の救世主として扱われるようになり、次期総裁選では満場一致で内閣総理大臣として選出された。


「和泉総理! 宇宙人に仰ったという楽しくかっこよくセクシーな解決とはどういうことなのですか?」

「それをどういう意味かと説明すること自体がセクシーではないと思います。次の方、どうぞ」


 総理大臣就任を記念した記者会見で和泉大臣は新聞やテレビの記者からの質問に答えていた。



「もし人類が宇宙に進出したら、和泉大臣はまず何をすべきと考えますか?」


 人類の宇宙進出に関する質問に、和泉大臣は満面の笑みを浮かべると、


「ステーキ、やっぱり宇宙人とステーキ食べたいですね。毎日でも食べたいね!!」


 宇宙平和のための第一歩について、この上なく素晴らしい理想を語った。



 (完)

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