童謡小説
葉月瞬
森のくまさん
ある日少女が森の道を歩いていると、熊の鼻先に出くわした。咄嗟に悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。
熊は少女の後を追いかけ、走った。だが、意外にも少女の逃げ足は速く、いくら走っても追い付けない。
熊は機転を利かせて、少女に声を掛けた。
「お嬢さん、お待ちなさい。ちょっと落とし物ですよ」
その言葉を聞いて少女は振り向く。
「落とし物?」
熊が
「あっ」
と口に手を当て驚く少女。耳に手をやれば、確かに片方のイヤリングが無くなっている。母が十歳の誕生日に贈ってくれた、大切なイヤリング。お祖母ちゃんの形見なのよと話してくれた夜の伽話。それらがいっぺんに鮮明に頭の中を駆け巡って、涙が止めどなく流れた。
「ありがとう」
少女はにこりと微笑む。
踵を返して熊のもとに駆け寄ると、落とし物を受け取った。危うく家族の大切な思い出や、自身の大切にしてきた想いをいっぺんに失って喪失感に咽び泣くところだった。熊はそういう意味において恩人——否、恩のある熊だった。
翌日、少女が森に行くと花畑の真ん中で蹲って横たわっている熊がいた。声をかけたが返事がない。目を見開き、額から血を流しているだけだ。
少女は花を摘み、熊の体に被せるように散らした。
青空はどこまでも抜けるようで、森はどこまでも静かだった。
童謡小説 葉月瞬 @haduki-shun
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