第5話

 ――ナタリオン自慢の手料理はアイバン達の舌にも合い、堪能できた。酒場エヴァンリッジ亭での聞き込みで、わずかながら希望の持てる情報を得られたことも、気分のよさに輪を掛けていた。

 満ち足りた気分で眠りに就いたアイバンとエイチだが、その安眠はあまり長くは保たれなかった。深夜三時過ぎに、窓外の騒がしさから目を覚まさざるを得なくなったのだ。

「エイチさん。これってもしかして」

「どうやら始まったようだ」

 身支度を整えていると、部屋の扉がノックされた。続いて切羽詰まった声で、ナタリオンが聞いてくる。

「夜分に大変失礼をいたします。ご容赦を」

「外が騒がしいが、何があった」

 エイチが扉を開け、予め用意していた質問を投げ掛ける。

「その前に、明るくさせていただいて、お部屋の中を拝見……。まさかとは思いますが、誰かが忍び込んだり、あるいは誰かを匿ったりはしてないでしょうね」

「当然だ。忍び込める隙間なんてないし、窓も閉まっている。ここには知り合いがいないのだから、匿うこともない」

「ああ、ではここも違うか」

「何があったのか聞いているんだけどな、ナタリオン」

「実は……神隠しが起きたようで。高齢者がまとめていなくなったんですよ。七十人以上がね」

「普通ならあり得ない事件だ。だから、我々どちらかの能力のせいではないかと、疑っている訳かな?」

「滅相もない!」

 首と両手を振り、激しく否定するナタリオン。

「ともかく、奇妙な事件が起きたとお伝えし、念のため、気を付けてくださいと注意を促したかった。それだけでさあ」

「百歳以上の人がいなくなったと言ったね?」

「はあ、それが」

「ということは、オルドー家の祖母をお祝いする話もなくなり、国の使者も断る?」

「あ、いや、どうかな。自分は皆目分からんので……。でもま、きっとそうなるんじゃないかと」

「そいつは残念だ」

 言葉の通り、さも残念そうにうなだれるエイチ。

「国からの遣いが来ないとなると、我々も村にとどまる理由がなくなってしまう。悪いんだが、明日以降の宿泊、取り消せるかな」

「そのくらいならかまいやせん。手数料もいただかない。元の状態に戻す。簡単なことだ」

 手振りを交え、笑みをなすナタリオン。どこかしら緊張感の漂う笑顔なのが気に掛かる。

「目が覚めてしまった。我々も捜索に加わろうか」

「いや、そこまで迷惑は掛けられん。まさかとは思うが、さらわれたんだとしたら、犯罪絡みだ。客を危険な目に遭わす訳にはいかん」

「では、枕を高くして眠っていればいいと?」

「もちろん」

 胸を叩くと、ナタリオンは足早に廊下に出て行った。エイチは開け放たれたままのドアを閉めると、アイバンに囁き調で言った。

「あれほどお客を気に掛けていながら、扉を閉め忘れるとは、よほど急いでいるらしい」

「芝居がかっているように感じた」

 アイバンは感想を漏らすと、窓の方をちらと見、低めた声で続ける。

「エイチさんの推測、的中したみたいですね。ネスコート村に百歳を超える高齢者は一人も存命しておらず、食中毒で亡くなった四人の高齢者がその身代わりを務めていた、という」

 一人二役ならぬ、四人七十数役の欺瞞。大した変装・メイク技術なしでこんなことが可能だったのは、国の使者の任期が高々二年であること、顔を合わせるのが誕生日当日だけであること、高齢者は見分けづらいこと等が挙げられるが、最大の要因はチェックの甘さだろう。身内が届け出ぬ限り、死んでいても事実認定されず、ずっと健在と見なされる。

 一人芝居なら、じきに周囲に気付かれよろう。だが、その周囲も全て共犯なら、露見の恐れは格段に低くなる。

「動機も推測通り、お金でしょうか」

「直接聞けば教えてくれるかな」

 冗談めかして答えたエイチ。

 この村の遠景を視界に捉えたときから、違和感はあった。典型的な農村なのに、一部の建物はやけに近代的でしかも新しい。村が潤っている証だ。百歳超の長寿者を大勢抱えることで、助成金やら補助金やら、名目はともかく、国からのお金がたんまりと流れ込んだのだろう。

 国をだますつもりは当初はなかったに違いない。想像するに、恐らく――あるとき、誕生日を目前にして百歳超の老人が逝ったのだろう。今から使者を追い返すのは面倒だし、礼を失することになりかねない。祝い金も惜しい。そんなちょっとした欲から、身代わりを立てることを思い付いた――そんなところか。

 一度成功すると味を占め、同じごまかしを重ねる内に、習慣化していった。

「僕らが告発しなくても、いずれ白日の下にさらけ出されていたさ。百歳超の村人が百や二百にもなれば、長寿の秘密を調査しようという話がきっと持ち上がる。村に調査隊が派遣され、悪事が明らかになる……それに比べれば、現状の方がましな幕引きかもしれない」

 そこまで言うと、ベッドに戻り掛けたエイチ。だが、その動作をやめて、言い直す。

「幕引きではなく、幕開けになるだろうね。この国の警察だって、集団神隠しを信じるほど甘くはない」


 次の目的地、シャンバ市に入ったアイバンとエイチは、久しぶりに新聞を購入した。新聞の販売そのものを、地方の村々では見掛けないことが多い。

 ネスコート村の醜聞が明るみに出てすでに数日が経過しており、関連記事は続報の形で載っていた。

 曰く――他の市町村でも同様のことが行われていないか、百歳超の年齢層を中心に、高齢者の身元と所在の徹底確認が各所で進められている――。


――終

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この想い、必ず彼女に届ける!:ネスコートの村人大量消失事件 小石原淳 @koIshiara-Jun

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