彼は勇者

物書きのマグニエ

口述

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俺の名前は……何だっけ、ああそうだ、勇者様って呼ばれてたわ。


まああんま覚えてねえけど、ある日俺は異世界に呼ばれたのだー



その王様曰く、この世には実はいちいち数えるのが面倒になるくらい沢山の並行世界があって、俺達がいるのはその並行世界の中の一つなんだって。

一番最初の、俺が普通に暮らしてた世界では安い妄想とかオカルトで片付けられてたけど、本来は並行世界が存在するとか、魔法が存在するってのは当たり前の事らしい。


そんなわけで、そんな異世界の王様が俺に言って来たんだ。


世界を渡る過程で膨大なエネルギーが流れ込み、その体に何か変化を起こしている筈だ、その力を使って、私達を助けて欲しい。って



俺に起きた変化は何だっけな……手から強い火が起こせるみたいな、なんか、そういうのだった気がする。


そんな感じで全く知らない世界に呼び出されて、すげえビビったけど

それでも最初の頃は、俺なりに頑張ってたんだ。


自分の五倍くらいデカいバケモノが襲って来ても怯まずに立ち向かった。

後ろには自分と同じ人間が沢山いた。

確かに意味分かんないくらい急な事だったし、正直イラついたよ。

なんで俺が? って


けど同時に、自分に力があるなら、守りたいって思った。

その為なら何度だって立ち上がった。


ところで話は変わるんだけど

異世界召喚ってのはごく稀な例外を除くと、ある程度の範囲の並行世界で最も強い存在が呼ばれるらしい。

素人よりプロが来た方が嬉しいからな、よくよく考えりゃ当たり前の事だと思うよ。


俺は最初に一回、そん時は完全に例外で呼ばれて、そんでたまたま幸運に恵まれ、結果として魔王に勝利した。


そしたらまあ他にも理由は色々あったんだけど、とにかく世界? から『強者』であると思われたらしくってさ


前回は確か


そう、ちょうど百回目。


改めて言うんだけど、初めの頃は本当に頑張ってたんだ。

何度も死にかけたし、凄く怖かったし、痛かった。

けどさ、流石にさ


世界を救うとか、勇者様とか。


うん、分かってるよ。


皆怖いんだよな

皆痛いのは嫌なんだよな、俺もそうだから分かるよ。

強い人に助けて欲しいよな、分かるよ、本当に分かる。


だって俺もそうだから。


斬られたらさ、俺だって痛かったんだ。

魔法で治せるけど、治せるだけで、痛かった。

自分の五倍くらいデカい奴が毎回襲って来るんだ。

全部怖いよ、確かに俺は強かったけど、そんなの関係ない。

デカいってのは、それだけで怖いんだよ。


ずっと痛くて、ずっと怖くて、ずっと助けて欲しくて。


お前達はそれでも、俺を頼るんだ。


俺は強いから、俺は助ける側だから。

お前達は俺を助けてくれない。

だって俺の方が強いから。

強い奴は弱い奴を守るんだよ、それが当たり前なんだろ?

60回目くらいからは、たまにしか苦戦もしなくなった。

だから俺が皆を守るのは当たり前。

でも、たまに苦戦するんだ。


世の中って広いよなー

たまに凄え酷い奴がいてさ。

俺の指をほんの少しずつ……ハハ……


けど大体そういう奴って油断してるから、実はチャンスなんだよ。

だからそういう時は、無力なふりして耐えた方が早く殺せるんだ。

あれは多分一番正しい選択なんだよ


分かってはいたんだよ? 本当に分かってたんだけどさ


気付いたら俺は、剣を手放してた。




2/3




目が覚めたらエルフの女がいた。

乳がデカくて金髪だった。

同じような感じの女を20回くらい見た覚えがある。


12〜3回目くらいの時に気付いた事なんだけど、男なんて大抵性欲で動くから、姫様とかも大体召喚に立ち会う時だけは谷間の見える服とか着てるんだ。

何なら頼んだら普通にヤラせてくれる。

女何十人か集めて全員裸にして囲まれてえとかも余裕で叶う。

世界が救われるんだったらって、大体何しても許された。


まあすぐに虚しくなってやめたけど。


なんでそんな事したんだって?

……覚えてねえや、まあ俺がクズだっただけなんじゃないかな。

勇者らしくない奴が力を持っちゃったから、腐った人間性が表に出ただけなんじゃね。

少なくとも俺は、俺の事を勇者なんかじゃないと思ってる、けど代わってくれる奴はいなかったんだよな。


まあ実際のところさ、力が強けりゃ全部許されたよ。

多分羨ましがる奴結構いるんじゃねえかな。

酒池肉林ってやつよ、そんなんで自分を不幸だとか言ってんじゃねえって、多分皆がそう言うくらい恵まれてた。

恵まれてたから、俺は文句言っちゃいけないって、分かってるけど


あれ、ごめん、何の話だっけ。


あーそうそう


あの女はソフィって名前らしい。

すげえ嬉しそうに、成功したんだわ! って

ああいう笑顔も、多分50回くらいは見た気がするな。


大抵はエロい事させてって言ったらすぐにクソを見るみたいな目になるんだけど。

まあヒーローは穢れの無い聖人君子じゃないと嫌だよな、俺も助けられた後に金ちょうだいとか言われたらガッカリすると思うから、気持ちは分かるよ。


まあけど一応、まだギリギリ、頑張らなきゃなって思ったんだ。


どうだっけ、思ったと思う。




3/3




あの日、ソフィは、腹を岩に貫かれながら、こっちに助けを求めてた。


なんでなんだろう

自分でも驚く程、冷たい声が出た。


「なんで」って何だよその質問は。って顔してた。

痛いのは嫌だから、死にたくないからって言ってた


必死な目、泣きそうな目、怯えてる目。

見慣れた目



何で俺は、可哀想な目にあった奴らを、可哀想だと思ってたんだろうって

ソフィの頭に足を乗せながら、そう思っちゃったんだ。


ああけど、別におかしいって思ってたわけじゃねえよ?

多分あいつは正しい、いや、正しいのかは分からないけど、少なくとも普通だった。

きっとあれが普通の感情で、実際他に手が無くて、俺も同じ立場になったら同じ事を言うんだよ。

だから俺が頼られるのは、普通で、


普通だから、


俺は強いから、


普通だから助けなきゃいけなくて、強い奴が助けるのは当たり前で、


俺が傷付いたら皆心配してくれて、俺が痛い思いしたら心配してくれて、

皆優しくてだから助けなきゃって思って、泣きたくても代わってくれた人は誰もいなくて痛くて怖くて苦しくてあの女と同じだったのに誰も助けてくれなくて俺が俺を助けるしかなくて必死に足掻いて必死に強くなってそしたらもっと頼られてもっと痛くてもっと怖くて頑張んなきゃってもっともっともっともっと



……何処まで喋ったっけ。



ああそうだ、踏み砕く音を聴きながら、今までに出した事がないくらい、大きな声で笑った。


あれは久しぶりに、楽しかった気がする。




そっからはアンタらも知ってるだろ?


襲って来た奴を柱に吊るして、街を何個かぶっ壊して、村の女攫ってみて、そいつらの目の前でガキ殺して。

そんでアンタらが来て、今ここってわけ。


ほら、こんな奴は殺した方が良いだろ?





……とっくに分かってた。



俺はただの奴隷だ。


強い奴ってのは、弱い奴の奴隷なんだ。


弱い奴の上に強い奴がいるんじゃない。


逆だ


弱い奴ってのは、強い奴を使う権利があるんだ。

強い奴は、助けを求めちゃいけない、だって強いから。


世の中はそういう風に出来てる。


アンタもそうだろ?


お、そろそろ斬る? 俺の首


良いぞ、別に。





……なあ、お前も呼ばれたんだろ?


俺が来た時、俺が倒さなきゃいけない存在は、どこにもいなかった。


ようやく俺は勇者じゃないって思って貰えたのかな。

不安で咄嗟に……いや、良い


俺はやっと終われるんだ

なあ、最後に教えてくれよ。




俺は、どうして





□/□





……なんか、変わった服の老人がいるなあって思ったんだよ。

日本じゃあんま見かけねえ顔付きしてるけど、外人か? って

なんかブツブツ言っててパッと見やべー奴なんだけど、座り込んでるの、道路だったんだよな。

これほっといたら轢かれそうだし流石にか? ってさ、普通に思うじゃん。

そんで、へいへーい、大丈夫っすかー? って屈み込んで声をかけた時だよ。


俺の足元が突然光り出したんだ。

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