悲願の木

この町には悲願の木といわれる大きな桜の木が存在していた。

いわく、その木は願い事を叶えてくれるそうだ。

だからついた名前が悲願の木。


俺はその木の前に座っていた。

俺とこの木は切っても切れない縁があった。

その縁とはこの木に命を救ってもらったことだった。


「ありがとうございます。」


俺は木の下で膝をついて悲願の木に礼を言っていた。

理由は簡単。

この木のおかげで俺は最愛の人と結婚することができたからだ。

その最愛の人、涼葉は言っていた。

この木には神様のようなものがいたって。


今日は涼葉と結婚式を挙げた日の翌日だ。

昨日はあの後隆介と柚木を家に招いてパーティーをした。

みんなは疲れて家で寝ているが俺はなんだか早く目が覚めてしまったためここにきているというわけだ。


「おぬしであったか。」


一が悲願の木の前でひざまずいているといきなり男とも女とも判断がつかない声が聞こえてきた。


俺が顔を上げるとそこには中性的な顔立ちをした子供が立っていた。


「もしかして、あなたが神様ですか?」


その子供は涼葉が言っていた特徴と一致していた。

つまりこの方が俺を生きかえらせるチャンスをくれた方ということになる。


「ああ。いかにも。おぬしはわしが少し前に過去に送った女の思い人か?」


表情の変化はないく感情の起伏を感じられない声でそう聞いてくる。


「はい。恐らくそうです。あなたがチャンスをくれたおかげで俺たちは無事に結婚することができました。本当にありがとうございます。」


「いいんじゃよ。あれはわしの気まぐれのようなものだしのう。それより、おぬしら結婚したのか?」


「はい。先日式を上げました。」


「それはめでたいのう。これからもあの女を大切にするのじゃぞ?おれほどまでに健気な女はなかなかおらんからのう。もし、彼女を泣かせるようなことがあれば天罰を与えてやるからな。」


「もちろん泣かせる気はありませんが肝に銘じておきます。」


「わかればよい。それではな。」


そういうと神様はチリのように消えてしまった。




俺は悲願の木を後にして家に帰ることにした。

そこには俺にとって大切な人たちがいる。

かけがえのない妻

気さくな親友

なんだかんだでいつも優しい幼馴染


みんなが待っているあの家に帰ろう。



「お帰り一君。どこに行ってたの?」


「ただいま涼葉。いや、前に涼葉が言っていた悲願の木の神様にあいさつしに行ってたんだ。」


「会えたの?」


「ああ。会えたよ。いままでの感謝と俺たちが結婚したことを報告しておいた。」


「何か言ってた?」


「祝福してくれてたよ。」


「そっか。」


そういって、涼葉は笑顔になる。


「そういえば隆介と柚木は?」


「二人なら部屋でまだ寝てるよ。」


「そっか。起こしたら悪いし二人で朝食でも作るか?」


「そうしよっか!なんか新婚さんみたいでいいね!」


涼葉が無邪気に笑う。


「実際俺達昨日結婚したばかりの新婚だしな!」


「確かに!」


俺達はそういって笑いあった。



「おはよう。一。」


「おはよう。」


朝食を作り始めてから少しすると部屋から隆介が出てくる。


「おはよう。月風さん」


「はい。おはようございます。清水さん。でも、私はもう月風ではないですよ?」


少しいたずらっぽく言う涼葉


「そっか。確かにそうだな。じゃあ、おはよう涼葉さん。」


「おはようございます。」


俺は二人のそんなやり取りを見つめながら昔のことを思い出していた。

あの時テストを頑張ったからこの二人がこんなにも仲よくなれたんだと思うとなんだか感慨深くなる。


「あ、おはよう!一に涼葉ちゃん!」


次は柚木が部屋から出てきた。


「ああ。おはよう柚木。」


「おはようございます柚木ちゃん。」


そんなこんなでみんながリビングに集まったため朝食をとることにする。


「にしても。これでここにいる全員が結婚したことになるのか。」


感慨深そうに言葉を漏らす隆介


「だな。なんかここまで長かった気がするわ。」


俺も少し笑いながら隆介に同意する。


「そんなこと言ったらこの中で私が一番苦労した気がするよ~」


「確かに!涼葉ちゃん一のために頑張ったもんね。」


「そうだよ!それなのにあったとき開口一番にすいませんがどちらさまですか?って言って来たんだよ!?ひどくない?」


思い出して怒りが込み上げてきたのかプンプンしながら涼葉は柚木に愚痴をこぼす。


(本当に申し訳ない。)


俺は心の中でそう思うがいま口をはさんでいい雰囲気ではないためここは口をつぐんでおくことにする。


「お前散々な言われようだな。」


隆介が耳打ちしてくる。


「いや、あの件に関しては完全に俺が悪いから弁明の余地がない。」


そんなこんなありながら俺たちは朝食を終えて遊びに行くことにする。

今の季節は春。

暖かい日差しに包まれながら俺たちは悲願の木に来ていた。

俺は早朝に一度来ているがみんなで話し合った結果俺たちは悲願の木の下でお花見をすることになった。


「本当に悲願の木の桜はきれいだな。」


隆介は満開の桜を眺めながらつぶやく。


「だな、俺もさっき来たがやっぱり今位の時間帯のほうが桜は綺麗に見えるな。」


俺も今満開に咲いている桜をみてしみじみと思った。

朝来たときは少し薄暗くあまりよく桜を見ることができなかったのだが

今は太陽が昇っており日差しも暖かい。


「そうだね。私も久しぶりに来るかも。」


「そうなの?涼葉ちゃんは結構ここにきてるイメージがあったんだけど?」


「そんなことないよ?私がここに通ってたのはこの次元に来る前の私だから今の私はあんまりここに来たことは無いの。それに少し不安だから。」


涼葉は少し暗い顔で言った。


「不安って?」


「もし、もう一度悲願の木に行ってしまったら、今の生活が全部なくなってしまうかもしれないと思っちゃってね。そんなことが起こるかもしれないと思うとどうしようもなく不安になるの。」


「そんなことないだろ?俺は今もちゃんとここに立ってるし今の俺がいなくなることは無い。それは安心してほしい。」


そういって俺は涼葉を抱きしめる。


「本当に?」


「本当だよ。約束してもいい。」


「じゃあ、約束だよ!」


俺達は抱きしめあいながらそんな会話を繰り広げる。


「お前ら、俺たちがここにいるの忘れてないか?」


「ほんと二人ともバカップルだよね~」


二人が呆れたように言う。


「お前らだけには言われたくないんだが?学生のころ俺たちの前で散々いちゃいちゃしてただろーが。」


「そうだよ!柚木ちゃん達も十分バカップルだよ!」


「たしかにそれはそうかも。」


「違いねぇな。」


「「「「あはははは」」」」


そんなやり取りで四人は笑いあった。




それから俺たちはしばらくお花見を楽しんだ後解散することとなった。


「俺たちは先に帰るけど一たちはどうする?」


「ああ、俺と涼葉はもうちょっとここにいるよ。」


「そうか。またな!一。」


隆介はそういうと手を振りながら歩き出す。


「またね~涼葉ちゃんと一~」


柚木も手を振って歩きだした。


「どうしてここに残ることにしたの?」


涼葉は少し疑問に思ったようで上目使いで俺に聞いてくる。


「いや、改めて涼葉に感謝を伝えておこうと思ってな。」


「感謝?何に対して?」


「俺を生きかえらせてくれてありがとう。俺を好きになってくれてありがとう。俺と結婚してくれてありがとう。」


俺は思ったことをそのまま涼葉に伝えた。


「うん。」


涼葉は短くうなずくだけだったがその瞳には少し涙が浮かんでいた。


「わたしもね。一君にずっと言いたかったことがあったの。」


涼葉は俺の目を見て話し始める。


「私を助けてくれてありがとう。私と付き合ってくれてありがとう。私と結婚してくれてありがとう。これからも末永く宜しくね。」


涼葉は涙をこらえながら言葉を紡いでいた。


「ああ。こちらこそこれからもよろしく頼む。」


俺達はこの日満開の桜が咲き誇るこの地で俺たちはこれから先も一緒にいることを誓った。

そう、一度はここで終わった物語。

だが、今この地で俺たちの物語が始まろうとしていた。

きっと、これから先辛いことや苦しいことがたくさん待っているのだろう。

でも、きっと俺と涼葉なら大丈夫だという謎の自信があった。

それはそうなのだろう。

だって一度死んですべてをあきらめたのにこんな奇跡が起こるのだ。

ならばこれから先のどんな苦難でも俺たち二人ならば乗り越えられると思う。



「一君。」


「涼葉。」


俺達は見つめあって、そのままキスをした。

結婚式を含めるとこれで二度目となる。



…………………………………………………………………………………………………


俺はずっとその光景を真っ白な世界で見ていた。

その光景はとてもまぶしくて、なんだか妬けてしまう。

でも、きっとこの結果が正しかったんだと思う。

だって、今見える月風さんは俺と一緒にいたときよりも楽しそうで幸せそうだったから。


そんな時だ。

この真っ白な世界の一部が突然光りだしたのは。


「こんなところにおったのか。」


そこにいたのは”俺”が神と称した人物だった。


「あなたは?」


だが、そんな人がここに来るはずがない。

だから、俺はこの人が誰なのか尋ねてみることにした。


「おぬしは知っておるだろう?わしは神と呼ばれる存在じゃよ。」


中性的な声で少年とも少女とも判別がつかない神は言った。


「そんな方がどうしてこんなところに?」


「いや、おぬしにもチャンスを与えたくなってな。」


神は突然そんなことを言い始めた。


「チャンス?」


「いかにも。こんな真っ白な空間で何もせずに過ごすくらいならわしの提示するチャンスに乗ってみる気はないかのう?」


「じゃあ、そのチャンスとやらに縋らせてもらおうか。でもいったい何をするんだ?」


「簡単じゃよ。おぬしを別の人間に生まれ変わらせる。残念だがおぬしの人格は消えてしまうが一生ここにいるよりはましじゃないか?」


神様は俺に向かってそう告げる。


「確かにそうかもですね。本当にお願いできるんですか?」


「もちろんじゃ。これもわしの気まぐれ。あの若者二人が幸せになっておぬしだけがこの空間で一人だなんてあんまりにもかわいそうじゃろう?わしはハッピーエンドが好きなのじゃ。」


神様はそういって笑う。


「じゃあ、お願いします。」


「いいじゃろう。それではおぬしのこれからの人生に幸多からんことを。」


神様がそういうと俺の視界は白に染まる。

そして

五感が無くなり意識もなくなった。



…………………………………………………………………………………………………


「ありがとうな。」

俺も口からは自然とそんな言葉が出ていた。


「いきなりどうしたの?一君。」


「いや、なんか今まで胸の中にいたもう一人の俺がいなくなったような気がしてな。」


「そうなの?」


「ああ。なんでかはわからないけどいなくなった気がしたんだ。」


「だからお礼を言ったの?」


「あいつがいなかったら俺は君と会えなかったからな。」


「そうだね!」


そういう涼葉の後ろには一つの桜の花びらが空に向かって飛んでいた。

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黒髪元気ヒロインを救ったのはボッチ陰キャでした 夜空 叶ト @yozorakanato

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