第2話
いつもはこの時間のニュースなんて見ない。隣の家の石沢くんの家でプレステか、野球とかをして晩ごはんまでの時間を潰す。けど、そのパネルの中の写真の上にあった「養豚場では・・・」という文字が横切ったせいで、僕はテレビの前のソファに座り、おばあちゃんと一緒にニュースを見た。
「大人になってから漢字の読み間違えをするのは、とっても恥ずかしいぞ。」
なんかのニュースで漢字の読み書きが話題になって以来、70歳まで小中学校の国語の先生をしていたおじいちゃんから、漢字の書き取りをよくやらされた。やらされたとは言いながら、学校の漢字テストの得点が上がってきて、ほとんど間違えなくなったことは嬉しかったし、そのテストの点を見ておじいちゃんはよく褒めてくれた。今でも漢字の勉強は好きだし、得意だ。
おじいちゃんはテレビの前の銀色の四角い縁の中で、照れ臭そうに笑っている。ふだん、写真を撮られるようなことがなく、病気にかかる予定なんてなかったおじいちゃんには、遺影用の写真なんて当然なかった。残っている写真は、おばあちゃんに無理やり腕を組んで引っ張られて、イヤイヤ取らされた家族写真くらいだった。
その写真を葬儀屋さんがパソコンかなんかでどうにかいじくって、遺影は出来上がった。全身が写っているものしかなかったため、まずはおじいちゃんの顔から胸あたりまでの部分を拡大、そして白のYシャツは黒く塗りつぶされていた。おじいちゃん顔の輪郭はぼやけていて丸々として、そして塗りつぶされたYシャツは膨張していて、大きな肩幅が強調されていた。この写真を見たお兄ちゃんの友達は、「元ラグビー選手?」と言っていたらしい。
おじいちゃんに見つめられながら、僕はニュースを一点に集中しながら見ていた。
ー「養豚場では・・・」ー
今度ははっきり見えた。パネルは左上から説明されていき、「養豚場」の文字がすぐ下に見えるまでに説明は進んでいる。
漢字テストの時、漢字が読めないときの気持ち悪さは独特だ。どこかで見たことあるのに、なんだか気持ちよく読めない。たしかこういう風だったような、という読み方を想定すると、それもしっくりこない。この漢字にふさわしい読み方があったはずなのに、思い出せない。それでいて、いざ答え合わせをすると、これこれ!と飛び跳ねるながら、なんで思い出せなかったんだろうと悔しくなる時もあれば、しっくりこない時もある。お前、そんな読み方だったっけ?そんなの無理やりだよ、と答えのプリントを睨みつける。「骨身」の読み方って、「こつみ」でも「ほねみ」でも大して変わらない気がするし。
その気持ち悪さは、おじいちゃんのおかげで今ではほとんど感じなくなった。漢字が出題されるクイズ番組は大好きだし、ほとんど読める。けど、漢検とかは興味が湧かなかった。漢字が読めない時の気持ち悪さを失くすため、つまり健康になるために僕は漢字を勉強していた。
漢字を読めたことで気持ち悪くなったのは、初めてだった。
「そして、豚インフルエンザが発生した海外の“ようとんじょう”では以下のような対策がとられています。一つはさつしょぶんされ・・・。」
説明は続く。その漢字を見たときに、すでにわかっていたような気がしたが、確かめたかった。だからもう見たくなかった。家の中、屋根の下にいることが耐えられなくなり、僕はソファーから立ち上がった。さっき脱いだばかりのヘタレた黒い運動靴を、かかとをつぶしたまま履いて、家の玄関から勢いよく外にでた。
ひとり相撲 @leo_jungletaitei
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