第3話 神を嫌う者



 世界のどこを探しても、神のことを嫌う聖女は私しかいないと思う。


 転生前、平凡な会社員だった私にも青春があった。何気ないことを話して楽しむそんな時間が大好きだった。

 元々お喋り好きもあって、感受性も豊かな方だったと思う。


 だからこそこんな欠陥チートを与えた神のことは、一生好きになれそうに無いのだ。


 そんな神を嫌い続けて早二十年が経とうとしている。体感的には、はるかにそれ以上経っている気がするが、それほど一日を長く感じているのだと思う。


「そう言えば聖女様。そろそろお誕生日ですね」

(……あ、そうだった)


 ソティカの言葉を聞くまで、頭の片隅にすらなかったことを思い出した。

 ソティカは神殿から派遣されている人材なので、私の事情をよく知っている。喋れないことも、無能なことも。


 ソティカの言葉を受けてから、スケッチブックに文字を書き出した。


『忘れてた』

「今年はとても大切な日なのですから、忘れないでくださいね」

(……?)


 意味がわからず首をかしげれば、すぐさま答えを教えてくれた。


「今年は二十歳、聖女様が成人されるお歳ですよ」

(成人……)


 成人したら何が変わるのか今一わからなかったが、ソティカの次の言葉でお菓子に伸ばしていた手が止まった。


「成人となれば、婚姻の申し入れが解禁になりますね。聖女様は一体どなたとご結婚なさるのでしょうか」

(何ですって……!? 解禁? 結婚? どれも聞いてないっ!)


 思わず目を見開きながらソティカを見れば、彼女は楽しそうに話を進めた。


「成人になるまではという理由のもと、神殿側が婚姻の申し入れを断っていましたからね。解禁となれば……どれほど殺到されるのでしょうか」


 ソティカの口から婚姻と聞いた瞬間、スケッチブックに自分の思いを書きなぐる。


『結婚したくない!』

「あらあら……今は想像がつかないだけで、とても良い人と巡り遭えると思いますよ」

(くっ……!)


 穏やかに返されてしまったが、したくないのが本音だった。スケッチブックを握る手に力を入れながら、顔の前に持ってきて表情を隠す。

 こんな面倒な能力を持ったまま、誰かと結婚生活なんて到底想像できない。


 万が一にでもバレれば、悪用されかねないというのに。


 それが理由で神殿にも教会にも、チートと話せることを黙っているのだ。ましてや結婚など、無理難題にも程がある。


(はぁぁぁ……すっかり忘れてた)


 結婚で生じる利益に、私の意思はまるで関係ない。全て決めるのは神殿、もといあの大神官だから。


「聖女様のお誕生日ですから、大神官様もお越しになるんでしょうね」

(……会いたくない)


 五年程前、新たな若き大神官が誕生した。私を見つけた元大神官は年齢を理由にその座を明け渡したと聞く。

 

 この交代で、私は大神官が警戒対象へと変わった。今までの大神官は良くも悪くも放置していくれていたのだ。


 それなのに。


 代替わりした新たな大神官ーールキウス・ブラウンは私のことを怪しんでいるのだ。聖力があるのに使えないのはおかしいと。全くもってその通りなのだが、世の中には例外があるということを受け入れてほしい。


 使えないものは使えないと言い続けているのに、会う度に状況を聞いてくる彼は、もはや私の力を知っているのではないかと恐れるほどの対応。


 とにかく、ルキウス・ブラウンだけには隙をみせてはいけない。彼にも、誰にもこの力は知られる訳にはいかないのだから。


「聖女様。今年の生誕祭はどのようなお召し物に致しましょうか?」

 

 毎年必ず私の意向を尊重して尋ねてくれるが、申し訳ないことに希望はない。その上今年が節目だと聞くと返事を書く筆が重く感じた。


『なんでもいいよ、任せる』

「かしこまりました。……それでは今年は気合いをいれてご準備致しますね! このソティカにお任せください!!」

(いや、気合いは入れないで!?)


 慌ててその思いをスケッチブックに記す。


『地味なやつで!』

「なりませんよ。今年は特におめでたい年なのですから」

(うっ……)

「ですが、聖女様のお望みにできるだけ沿えるよう頑張りますね」


 優しく微笑む彼女に、今度はペコリと頭を下げるのだった。


「そうと決まれば早速準備ですね!」


 パンッと手を叩くと、上機嫌でソティカは準備に取りかかった。


 感謝の言葉くらい、声に出せばいいのに。自分自身に、その程度の言葉も言えないのかとあきれを感じてしまう。


 自分でもわかっているのだ。


 喋れる言葉とそうでない言葉があるはずだということは。けどそれでも声を出さないのは、あの日のトラウマと、きっと私が必要以上に自分の欠陥チートを恐れているからだと思う。


 それにもう慣れてしまったーー訳ではない。


 私は喋りたい。そんなことなど一切気にせずに、何にも配慮せずにただ自由に声を出したい。その思いは年々弱まるどころか強まり続けている。


 働けられるような年齢になって教会を出なかったのも、面倒な大神官が現れたのに対応を続けるのも、全ては自分の欠陥チートを消すため。


 神の贈り物? 祝福? 転生特典? そんなものは知ったことではない。苦しめるような力のことをそうは呼べない。私は何にも縛られることなく生きたい、この力とはおさらばしたいのだ。


 答えがあるとすれば、それは間違いなく神殿だろう。もしかしたらルキウス・ブラウンが知っているかもしれない。とにかく、願いを叶えるために私は絶対に諦めないことを決めているのだ。


 いつの日か、自由が訪れることを願って。

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