第7話 護衛騎士との邂逅




 午後になると、私の負担は大きく減った。信者の多くは午前中に訪れることが多かったため、神像の前に立つ必要もなくなっていった。


(まぁ、おおかた午後は街が賑わっているでしょうね)


 しかし教会が静かになるわけではなく、午後は寄付金をもった貴族が訪問する姿が見られた。暇になった私は、ちらりと背後の神像を見上げた。繊細に彫られた彫刻の像が、変わらず存在感を放っている。


(この何の変哲もない像が、信者や神官……それに神殿の者からすればありがたいものに見えるんでしょうね)


 自分とは無縁の自価値観だなと思うと、神像の傍を離れた。仕事がなくなった私は、バートンに許可をもらって自室に戻ろうとした。


 奥の部屋から貴族が出てくるのが見えると反射的に身を隠した。貴族もそうだが、私は会話が不可能なことを理由に、極力人との関わりを避けている。貴族を送り出すバートンを見つけると、彼の後ろで貴族が教会を出るのを見届けた。


 貴族がいなくなったことを確認すると、あらかじめ書いて用意しておいた小さな紙を片手にバートンへと近付いた。とんとん、と肩をたたくと上機嫌で彼は振り向いた。


「なんだ? おぉ、ルミエーラではないか。お前に朗報だぞ」

(朗報……?)


 許可を求めるよりも前に、バートンが話を始める方が先だった。


「喜べ、青色の騎士が無事ルミエーラの護衛騎士と決まったぞ!」

(思っていたより早いな)


 どうやら貴族と会う合間に、騎士団長にも接触をしていたようだ。


「そういう訳で、その護衛騎士が挨拶をしに来ると言っていてな。部屋に行って待機していなさい」

(……今なのか。休めると思ったのに)


 書いた紙の出番はなさそうだと悟ると、渡そうとした手をすっと下ろした。少し疲れていたこともあって、残念だと思う気持ちは大きかった。


 バートンから改めて説明されたのは、騎士は神殿派遣なので、もちろん私の事情を知っているということ。筆談というコミュニケーションの取り方も、前もってバートンが教えておいてくれたようだ。


 それでも念のため、自己紹介用のスケッチブックを自室に取りに帰った。


 バートンの指示に従って騎士の待つ部屋に向かうと、扉をノックして開ける。そこには、先程見た青色の髪をした騎士が立っていた。来るのを待ち構えていたのか、扉を開けた瞬間目が合ってしまった。


(びっくりした……開けてすぐ目が合うなんて思わなかった)


 目が合ったと思えば、既視感のある笑みを向けられた。


 笑顔を返すのもなんだか違うと思って、ペコリとお辞儀をした。すると、相手もお辞儀を返してくれた。


(……凄く雰囲気の柔らかい人ね)


 先程と今の笑みといい、悪意は全くと言って良いほど向けられていない。一瞬間を空けると、左側に挟んでいたスケッチブックを、両手に持ち変えてめくった。


『はじめまして。私の名前はルミエーラです。ごめんなさい。私は喋ることができません』


 めくってから、自分の書いた文字が若干小さいことに気が付くと、少しずつ騎士の方へと近付いた。


「……」


 彼はさっと文字に目を通すと、すぐに目を合わせて頷いた。


「お話は聞いております。聖女、ルミエーラ様。本日付より護衛騎士になりました。アルフォンス・ディートリヒです。よろしくお願いいたします」


 改めて頭を下げられたので、私も一緒に会釈をした。


(アルフォンス・ディートリヒ……)


 どこかの貴族の出身なのか、その名前には聞き覚えがあった。それだけではない。近付いて顔を確認すると、どこかで見たような気もしたのだ。


(確か彼は二十四歳で私よりも歳上。……何かの資料で見たのかしら)


 そんな違和感を感じると、スケッチブックの真っ白なページまでめくって、尋ねたいことを書き込んだ。


『勘違いだったらすみません。どこかでお会いしたことはありますか?』

「!!」


 そのメッセージを掲げれば、彼は酷く驚いた様子を見せた。目が丸くなり、口が少し開いた状態が続いた。


(どこかって書いたけど、会ってるとしたら教会しかないのよね。私がここからあまりでないから)


 正しくは神殿から禁じられているので出られない、なのだが。

 そう考えていると、彼はふっと笑って感心する素振りを見せた。


「……驚きました。実はこちらの教会には、何度か足を運んでいて。もちろん、騎士の格好はしていなかったので、記憶に残っていられたとは思いもしませんでした」

(そうだったんだ)


 どうやら彼の実家は王都に近いようで、この教会には何度か来たことがあるらしい。


(王都に実家ってことは、お金持ちっぽい)


 勝手な憶測を浮かべながら、感じた違和感の答えに納得していた。


「これもご縁かもしれませんね」


 爽やかに微笑まれると、特に感じることもなかったので、信者にいつも向ける無難な笑みで返しておいた。


 その笑顔を終えると、スケッチブックをめくって、事前に文字が書き込まれて準備ができていたページをめくった。


『何とお呼びしたら良いですか?』

「……呼びやすいようで構いませんよ。できれば肩書きではなく、名前で呼んでいただければ」


 その答えに、少しだけ困惑が生まれた。というのも、聞いておいてなんだが、無難に騎士様と呼ぼうと思っていたからだった。


 しかし、本人にそれを止められてしまったため、何とか他に無難な呼び方をないか模索する。思い付いたところで、さっと書き込んだ。


『ディートリヒ卿、でもいいですか?』

「……もちろんです」


 許可が下りると、じゃあそれでいきます、という意味で私は頷いた。

 恐らく貴族である彼を様付けで呼ぶか悩んだが、取り敢えず騎士らしく卿を付けで呼ぶことにした。


「では私もルミエーラ様と」

(えっ……私は聖女でも構わないのだけど)


 そう思って書き出そうとすると、筆を止めることになった。


「私自身は肩書きで呼ばれるのを嫌っているのに、それを押し付けることはできませんので。ルミエーラ様と」


 そう言われてしまえば、変えさせるのもおかしな話かと思い、名前呼びを承諾することにするのだった。

 

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