第4話 生誕祭の意味
もういっそのこと、生誕祭なんて忘れてしまえばいいのに。そんな思いもむなしく、当日が訪れてしまった。
(そもそも、教会側として儲けられる行事を忘れるわけないわよね)
教会にとって生誕祭とは、聖女の生まれた日だからおめでたいと、金稼ぎをする日でもあるのだ。
年に一度しかない日を教会が逃すわけもなく、例年通り教会に加えて周辺の街までお祭り騒ぎだった。
窓の外から見える街は至るところまで装飾が施されており、完璧なお祝いムードだった。
(街の人も便乗して儲けようとするんだから……一体誰のためなのかしらね、この生誕祭)
もはや利益を求めた者達のための日であり、そこには私の意思など必要なくなっていた。だが抵抗する術はないため、大人しくソティカの用意してくれた衣装に着替える。
「まぁ! とっても綺麗ですよ」
素直に喜ぶことはできないが、着飾ってくれたお礼の意を込めて笑顔でペコリと頭を下げた。
「ふふふ。今日の主役は聖女様ですから、存分に楽しんでくださいね」
(楽しめる要素はないと思うけどね)
苦笑いに近い笑みを浮かべながら、うんうんと二回頷いた。
ソティカは神殿派遣だというのに、全く私を卑下することなく尊重して扱ってくれる。だから私もコミュニケーションを疎かにすることはしない。
スケッチブックを使うべき時は使うし、表情で伝えられる時は伝えるのだ。それはもう、積極的に。
「本当に綺麗な金髪ですね」
そう言いながら、ソティカは私の髪にくしを通す。
聖女の象徴とも言わんばかりのこの髪色は、眩しく輝くほどだった。神に唯一感謝することと言えば、綺麗な容姿をくれたことだろうか。神とお揃いなのが解せないが。
私の髪色は元々こんなに綺麗でなかった。くすんだ色の髪は、神殿に入ってからあの神とお揃いの色になったのだ。
あぁ、これも祝福かと鼻で笑ったのは私だけが知る話。
「今日は結わずにそのまま下ろしましょうか」
反対する理由もなかったので頷いた。
ソティカとの和やかな時間を過ごしていると、それを邪魔するように誰かが中に入って来た。ノックもなしに。
「ルミエーラ! 準備はできたのか!」
もちろんその問いに答えることはできないので、相手を認識するとゆっくりとお辞儀をする。
ソティカも一緒に頭を下げた。彼女は神殿出身の人なのだから、立場ではほぼ同等になる神官長になど、頭を深々と下げなくてもいい。しかし、毎回丁寧に礼節を守っている。その所作にさえ、彼女の性格の良さがにじみ出ていた。
「できたのなら早く来なさい。今日はやらなくてはいけないことが、山ほどあるんだからな」
そんなソティカとは真逆なほど、お金のことしか考えてない神官長ことバートンは、ふんっと鼻息をこぼしながら偉そうに告げた。ふくよかな姿がさらに横柄な態度を助長する。
(……仮にも主役に何をやらせるつもりなのかしら。お祝いなら私の意思を尊重して、休ませてくれませんかね?)
ため息をつきたいのを我慢して、今度は了承の意味の会釈をした。
基本的に神官長の言うことには従順でいた方が得がある。特にこの教会の責任者でもあるバートンからは不興を買っても利益がないので、本当に嫌なこと以外は頷いているのがベストだ。
幸いにも、ある程度は私のことを尊重してくれるため、とっても悪い人というわけではない。まぁ、どこにでもいるようなちょっと嫌な上司くらいだろう。
「行くぞ、ルミエーラ」
そう言うとバートンはくるりと体の向きを返して、来た道を戻るように歩き出した。
本当ならスケッチブックにいってきますと書きたかったところだが、待たせると小言を言われそうなので、ソティカに手を振ってその場をあとにした。
「いいか? 今日は聖女の生誕祭なのだ。とびきり愛想良く! 信者に神々しく振る舞うのだぞ」
(なるほど、献金をぶんどれと)
バートンの思惑では、私が神々しくあれば誕生日というめでたい日が重なって、お金を出して願いを叶えようとする信者が増える、というところだろう。
というのも、教会は毎年私の生誕祭の日に、せっせこ装飾品を用意しているのだ。曰く、この装飾品を身につければ神のご加護があると。
そんなはずはないのだが、そういう物にすがりたくなる信者の気持ちもわからなくはないし、とんでもなくぼったくっているわけではないので、口を出さないでいる。
ちなみに、この装飾品を買うために出たお金のことを私は献金と呼んでいる。
神への冒涜になる? そんなこと神を嫌いな身からすれば正直どうでもいい話だ。
(まぁ、本当の目的は寄付金を集めることでしょうしね)
信者が溢れかえり、教会に人が集まっている様子を見せることで、慈悲深い貴族から寄付金をもらうことも忘れないのがバートンの策略。
寄付金に関しては完全に大人の事情で、私の#管轄__かんかつ__#外でもあるのであまり知らない。悪いことをすれば神殿にバレるので、そんな目立つことはしていないと勝手に考えている。
「それと。今日はあれを決めなくてはならない!」
(……あれってなんですか)
びしっと人差し指を差してカッコつけるのはよいのだが、何一つ内容が伝わっていない。その割に声だけ大きいのだから、あきれたくなってしまう。
「ルミエーラ、お前は今年で成人となる」
(えっ……もしかして結婚話?)
視線が物凄い早さでバートンの後頭部を捉える。
「ということは、間違いなく婚約の申し出が増えるだろう。だが、神殿としてはまだ嫁がせるには早いという判断だ」
(よしっ!)
バートンの言葉に、小さくガッツポーズをする。
「それでもお前につきまとう輩や、しつこく接触する者が現れるだろう。何せ聖女だからな」
(……そうですね)
そんなことを言っているが、教会の警備体制は万全だ。だからバートンが何を言いたいのかわからなかった。
回りくどい説明よりも結論を早くしろ、という視線を向けた。
「つまり、専属護衛をつけることにした!」
その高らかな声に、思わず目が丸くなる。
(……何ですって!?)
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