海とヨットとサンドイッチと

西しまこ

第1話

 風に誘われて、海まで来た。

 サンドイッチとコーヒーを持って。

 砂浜にレジャーシートを広げて、座る。

 風が気持ちいい。少しひんやりした、春の風だ。


 海を見ると、ヨットが浮かんでいた。ヨットって、滑るように走るんだ。音もなく滑るように静かに進む。海にはいくつもヨットが浮かんでいた。

 ヨットの帆は三角形だとずっと思っていたけれど、五角形のや楕円に近いものもあった。


 平日の昼間の休みはご褒美みたいで、わたしは、今日はのんびりと一日を過ごすことにした。レジャーシートに座って海を眺めたり、本を読んだり、寝転んだりする。

 砂浜を散歩するひとを眺めたり、遠くの山を見たり、海の色を見たり。


 仕事で、ほんの少し失敗をしてしまって、別に責められたりしたわけではないけれど、ほんの少し落ち込んでいた。

 ほんの少し。


 ほんの少し、物事がうまくいかないことが溜まっている。

 友だちからの返信がない。つきあっているひとすれ違っている。ケンカをしたわけではない。仲たがいをしたわけでもない。でも、なんとなく、人間関係にひっかかりがある。そんなときに仕事でも失敗をしてしまって、ほんの少し、落ち込んだのだ。


 ヨットは何艘も海の上を滑っていた。

 静かに。

 少し風に揺らいだりしながら、海上をゆく。

 空に巻雲が薄く広がり、午後からの雨予報が信じられないくらい優しい顔をしている。

 波が砂浜にあたって、白い泡をたてた。波音すら、穏やかな春の日。

 ほんの少し。

 人間の、わたしの、物思いなんて優しく掃いてしまいそうな。


 コーヒーをひと口飲み、手を拭いてサンドイッチを食べる。

 ハムとチーズときゅうりだけの簡単サンドイッチ。でもおいしい。きゅうりはたっぷり。しゃきしゃきしている。

 サンドイッチを二つ食べ満足して、スマホを見る。

 あ。返信だ。りこからの。


 ――返事遅れてごめんね。ちょっとバタバタしていて。今日の夜、会える?

 ――大丈夫だよ。

 待ち合わせ時間と場所を決めて、スマホをしまう。


 りこに聞いてもらおう。

 もう終わりそうな恋のことを。何があったわけでもないけれど、なんとなく駄目な感じがすることを。仕事で失敗した話も。

 だけど、今日の海とヨットとサンドイッチの話もして、出来るだけ前向きに話したい。

「話したいことがある」なんて言ったら、たいてい悩み事だと思うよね。でもいつも聞いてくれる。ありがとう。きっと大丈夫。


 わたしは立ち上がり、レジャーシートの砂を払って畳んだ。




   了



一話完結です。

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