エピローグ そばにいるから
チータ達や四神を巡る戦いが終わった後、俺達が最初に行ったことは、光子おばさんと輝美の葬式だった。志摩家に親族はいないらしく、俺達だけで綱吉さんの事務所を間借りすることで、密葬が行われた。
参加者は、俺達と綱吉さん、姉ちゃん、帰国した時任君だけだった。
俺は泣かなかった。みんなと、多くを語ることもしなかった。
何故なら、輝美は形を変えて、確かに俺達のそばにいてくれているから。俺には金翼の欠片を、チータ達には命を与えてくれた。話は出来なくても、笑顔は見れなくても、ずっとそばにいる。そう、本気で思っている。光子おばさんにしても、娘の選択を支持する言葉を遺していったから、苦笑はするかも知れないけど、きっと納得してくれているはずだ。おじさんと二人で守り抜いた娘を、形を変えて存在する彼女の命を、俺はこれからも守り抜いていきたい。
それは、チータ達も同じだと思う。四人とも、寂しそうにはしているけど、泣いたりはしなかった。小さな見た目からは想像できないくらい気丈さ、強さが、彼女達には備わっている。
ちなみに、あれから四人は、元の小学生くらいの身体に戻ってしまった。少し残念な気持ちがあることは否定できないけど、今はまだ慣れないから、穏やかに過ごすためには、このままで良かったって思う。
そう言ったら、四人ともちょっと拗ねてしまったけど。
◇◆◇◆
志摩家の葬儀から、一週間が経過した。
S市における未確認生物によって引き起こされた事件は、世界中を混乱に陥れた。これにより、全世界でUMA対策本部なるものが設立されたということで、世間にも神霊の存在が認知される下地が整うようになっていった。決して良いきっかけとは言えないし、目に見えない恐怖が確かに存在している事実を突きつけられた、と捉える人もいる。しばらくは疑心暗鬼との戦いに巻き込まれそうな雰囲気だけど、それを乗り越えられるのもまた、人間の適応力と信じて、これからも≪シーズン≫の活動は続いていく。
今、俺達はK県Y市内にある、砂浜のある公園にやってきた。まだ海開きではないため、水着美女の姿を拝むことは出来ないけど、ブラブラと潮風を浴びながら歩くだけでも、気分が良いもんだ。
今日は、≪シーズン≫の社内イベントということで、みんなでバーベキューをしに来たところだ。チータ達も、他のみんなと一緒に食事やビーチバレーを楽しんでいる。
今日は事務所のみんなの結束を高める意図もあり、服装はみんな事務所のメンバーであることを表すバナナカラーのTシャツを着ていた。男は七分丈のカーゴパンツ、女性はショートデニムだ。なお、チータ達はサイズが合わないので、いつもの服装だった。
「あれから、どんな感じだい?」
芝生の上に座る俺の隣に、綱吉さんが腰を下ろす。二人で肩を並べながら、海で遊ぶみんなの姿を眺める形になる。
「新しい家は、不都合無いかな?」
「おかげ様で、快適ですよ」
暴走した四神との戦いの後、俺達はS市のレストハウスから離れ、Y市に転居することになった。破壊の余波がレストハウスにも届いており、火事で崩れ落ちてしまったからだ。
早々に私物が消えて無くなったため、多少ショックはあったけど、みんなが無事だったことを考えれば、物の数じゃない。
「金翼の欠片の影響……出ていたりしないかな?」
「……日常生活に、支障はありませんけど」
俺は、左目に人差し指を当て、コンタクトを取り出した。
これは、カラーコンタクトだ。
「金色の瞳……左目にも出たんだね」
「俺、金翼ってのがどんな姿をしてるのか、わかんないんですけど、今の俺と同じ、金色だったりするんでしょうか……?」
輝美から新たな金翼の欠片を受け継いだことで、俺の左目の瞳の色は、金色になっていた。右目の時もそうだったけど、これにより、何か体に違和感が出るわけじゃあない。
だけど、やはり不安はある。肉体に影響を及ぼすのであれば、いずれは体が壊れたり、あるいは誰かに乗っ取られたりするんじゃないかって、邪推してしまう。
だが、綱吉さんは俺の悩みを一笑に付した。
「金翼に意志があったとして、君をどうこうしようってつもりはないと思うよ。女神様らしく、責任感が強い性格だと言われているらしいからね。もしも自分で何かをしたいと思ったなら、君の身体を乗っ取るなんてことはしないんじゃないかな?」
「そう、なんですかね?」
「だけど、仮にそうだとしても、君は欠片を手放すわけじゃないんだろ?」
綱吉さんの言葉に、若干警告じみた響きが含まれる。
「今回の一件で、わかったろ? チータちゃん達を守るには、力が必要だって」
「はい」
「金翼の欠片は、徐々に君の肉体に適応し、徐々に本来の力を取り戻していくのかも知れない。だが、そうとわかっていても、君の中にそれを取り除くという選択肢は生まれない……そうだろう?」
「もちろんです」
「だったら、打ち勝ってほしい。仮に、金翼に肉体を奪う企みがあったとしても、君はそれに負けてはならない。それを許すということは、今の世界の終焉を意味するからね」
前に話してもらった、世界のシステム。あれが事実だということを、俺は身をもって思い知った。
世界を破壊し尽くす勢いの四神だったけど、俺の中にある金翼の欠片をもって発動する『創造』のスキルは、そんな相手を容易く撃破した。
このスキルは、とんでもない。ただでさえ常識はずれな神霊、そいつがもつスキルという力を、圧倒的に凌駕する可能性を秘めている。俺自身、今以上に自制心を身に着けないと、いずれ自分自身が暴走してしまうような気がしている。
ひとまず大きな問題は解決したとはいえ、神霊絡みの事件とは、今後も関わっていくことになるだろう。俺自身が火種にならないようにするためにも、これからも≪シーズン≫のバックアップを受けながら、戦っていく必要はあるだろう。経験を積めるし、何よりお金を稼がなくちゃいけないからね。
「俺、負けませんよ。みんなと幸せになりたいって、今はそう思ってますから」
「良い言葉だ。その言葉、信じるよ?」
「はい。それが、あなたの目的と一致してることって、俺も信じます」
俺は、首飾りのようにして所持していた銀竜の爪を、綱吉さんに差し出した。
「これ、返しておきます。いつまでも持ってるわけにもいかないでしょう?」
綱吉さんは、首を横に振った。
「それは正式に君に託すよ。それで、僕の意思は伝わるはずだ」
「はい……」
その通りだった。金翼の欠片が増えたことで、俺は気付いてしまった。
この銀竜の牙は、綱吉さんが身を切る《・・・・》思いで俺に託してくれた。
――「文字通りの意味で」、だ。
自らの力の一部を切り離すことで、彼にどんなメリットがあるかはわからない。だけど、現世界の混乱を収束させることが彼の役割ということであれば、俺は一番便利な駒として認識されてしまったことになるだろう。「激務が待っていることを覚悟しとけ」――そう言われているように思えてならない。
「でも、大丈夫なんですか? 確かに、銀竜の牙があったおかげで四神にはスムーズに勝てましたけど……」
「今の世界を――僕が管理するこの世界を守るためなら、なんだってするさ。それに、金翼の欠片が他にあって、それを悪用する輩がいる可能性を考慮すれば、相応に備えはするべきだからね」
「……わかりました。これからも、よろしくお願いします」
俺が首飾りをし直すと、綱吉さんは俺の肩に軽く叩いた後、酒を飲んで騒ぐ仲間達の輪に加わっていった。
「あ、みつけたー!」
肉串を両手に持ったフーコが、こちらに駆け寄ってきた。遅れてチータとスゥ、シェンもこっちに来る。遅れて、両手に缶ビールを持った姉ちゃんもやってきた。
「おにーちゃん、リーダーさんと何話してたのー?」
「ん? これからコキ使ってやるぞって言われてね」
「順当だろ」
姉ちゃんは、右手の缶ビールを一気に飲み干した後、俺を指差す。
「お前はリーダーに選ばれた、ウチのエース的存在だからな。エースはコキ使われるもんだー。そして、そんな便利な男の上司である私の評価もうなぎ登りってな! いえ~い!」
「うげー!」
「わぁー……」
シェンとスゥが姉ちゃんに掴まり、ヘッドロックをかまされていた。
「まったく、これが上司とかウソだろう……?」
「でも、ボク達のような若輩者を取りまとめてくれるというのは、素直にありがたいことだと思います」
パエリアを乗せた皿を持ったチータが、俺の隣に腰を下ろした。
「あ、フーコも!」
チータに続いて、フーコが俺の膝の上にお尻を乗せる。
「楽しめてるようで何よりだよ」
「皆さん、良い人達ですね。ボク達の事情、ちっとも気にしていないようでした」
「ってことは、もうお披露目したの?」
「はい」
チータは右手に神力を集中させ、『水操作』のスキルを発動。掌の上に発生させた水を青い玉のように凝縮させ、そこから神霊を召喚した。マフラーくらいのサイズになったけど、その姿は紛れもなく青龍だった。
『ギュゥ……』
「あの時、ウルトラナイトになった秀平さんが青龍達を受け入れてくれたおかげで、みんな助けることが出来ました」
合体四神人を倒し、光の粒子となって消えるはずだった四神は、ウルトラナイトの装甲に取り込まれ、中で新たなる神核を形成した。それを、チータ達が受け入れることで、彼女達は再び神霊子の
もっとも、それは俺が望んでしたことではなかった。
「四神たちと君らの気持ちがおんなじだったから、出来たことだよ。俺じゃどうにもならんかったし」
「そう、ですね……うん、そう思いたいです」
「シロちゃん、これからもいっしょだよーっていったら、よろこんでくれた!」
フーコが俺の膝の上でゴロゴロし始めると、シェンが背中から、空いた腕にスゥがしがみ付いて来た。どうやら、姉ちゃんから解放されたらしい――っていうか、砂浜の上で大の字になって寝てやがる! 他人のフリをしたいところだけど、着ている服が同じである以上、知人であることは一目瞭然だ。
しょうがないから、みんなに手伝ってもらって、ベンチで寝かしつけた。世話の焼ける人だよ、まったく。
「ったく、先が思いやられるよ……」
「そんなことない」
スゥが、俺の腕を引っ張り、微笑む。
「みんな一緒だもん。何も怖くないよ」
「スゥ……」
「そうですね」
今度は、チータが俺の手を握った。
「みんなが一緒で、あなたがそばにいてくれれば……ボク達は幸せです」
「フーコもー!」
「めんどくせーのも無くなったしな! これからも手伝ってやんぜ!」
フーコとシェンが前後からしがみ付き、揺らしてきた。
「ダメ。シュウはわたしといっしょ……」
「ちょ、余計なことしないでよ!」
それを真似してか、スゥとチータまで腕を引っ張ってきた。前後左右から体を揺らされ、さすがに戸惑ってしまう。
だけど、嫌ではない。確かにこれは笑みがこぼれてしまいそうになる。
守りたいと願い、ここまで戦い、導き出した答えが今ならば、きっとそれは良い結果なんだろう。この何気ないやり取りこそが幸福であるということを、俺は改めて知ることが出来た。
(ありがとう、輝美。君が遺してくれたもの、これからも背負って生きていくから)
そして、ここにはいない――だけど誰よりもそばにいてくれる輝美の存在を胸の内に感じ取りながら、俺は少女達の背中を押し、食事をとりに行った。
ただ、そばにいてくれれば ~完~
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これにて、本作の締めとさせて頂きます。ネガティブをエネルギーに変えて仕上げた作品ということで、少し胃もたれするような展開ばかりだったと思います。だけど、人間が成長をする過程で最も幸せを感じやすいとは何かと考えながら浮かび上がった展開だったということで、書きながら自分の気持ちも上向きになっていくのを実感しました。
少しでも楽しんでもらえたら、それ以上のことはありません。
ここまで読んでくださった方、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
ただ、そばにいてくれれば ~ダメなぼくが、未知の能力をもった子ども達を保護する話~ すはな @1180117
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