非モテのエピソード自販機

ちびまるフォイ

自販機にまつわるエピソード

エピソード自販機って知ってる?


知らないよな。

まあ、俺もこないだまで知らなかったし。


「あったか~い」とか「つめた~い」があるだろ。

それが「おもしろ~い」になっているのがエピソード自販機なんだよ。


見た目は普通の自販機なんだよ。


俺も最初は間違って買っちゃってさ。

普通に缶出てくるわけ。


で、開けたんだよ。缶。


中に飲み物は入ってなかったんだけど

フタ開けたら頭の中にエピソードと体験の記憶が流れてきたんだ。


なんていうんだろう。


前世の記憶を取り戻したりすると同じ感じなのかな。

いや前世しらんけど。



んで、翌日の学校で頭に流れてきたエピソードを話したんだ。


そしたらもうバカうけ。


ネットで適当に仕入れた話を語り聞かせるのと、

体に染み込んだ実体験を話すのとではリアリティが違うだろ。


俺じしんはそんな体験したはずないのに

エピソード自販機で得た経験が実体験みたく話せたんだ。



4月のクラス替えからまだなじめてなかったんだけど。


そこからクラスでおもしろエピソード持ってるやつとして、

スクールカーストもぐんと上がったわけ。


気分よかったよね。


普段、クラスのすみっこで黙ってることしかできないのに

その日に限ってはみんな俺の話を聞きに来たんだぜ。


女子と話せたのもはじめてだったなぁ。



……え? オチを聞かせろ?



このしゃべりの感じでだいたいわかるだろう。


失敗だよ、失敗。


俺の悲しい失敗談の愚痴を聞いてほしいってだけさ。



どこまで話したっけ?


ああ、そうクラスのヒーローになったってところだっけな。



エピソード自販機のおかげで大人気の味を知ったから

そっからはもう破産覚悟で自販機でエピソード買いまくったね。


どのエピソードを話してもバカウケだったよ。


笑い話じゃないエピソードもあるんだけど

みんな目をキラッキラさせて話を聞きに来るんだから。


俺の話を聞いた人が別の人に話す、みたいな感じで

どんどん俺の名前が広まっていったわけ。



学校で一目置かれるためにはニ枚目路線じゃムリ。


でも三枚目、面白いやつ枠では俺は学校内でイチだったね。


もう最高だよ。

ほんと春が来たって感じ。


でね、ふふふ、実は彼女もできたんだよ。



悪かったって。たしかに教えなかったけどさ。

まあ聞いてくれよ。


結局モテるやつなんて、イケメンかどうかだけでなく

他の人に持ってない素質があるかどうかなんだと思ったよ。


俺でいうと「おもしろい」って部分がズバ抜けてたから

女子も俺を意識するようになって、好きになってくれた……みたいな?



彼女も俺のそんなところが好きみたいでさ、

はじめてのデートも約束したんだよ。


もうウッキウキ。


うまくいけばキスもできるじゃないかなって。


最高のデートプランを考えてたらさ、ふと思ったんだよ。

このままのエピソードだけでいいのかって。



はっきり言ってさ、俺ってこれまで女子とろくに話してなかったし

エピソードが尽きたらもう無言まっしぐらなわけ。


俺のおもしろさを好きになってる彼女の好感度もガタ落ちじゃん。


いまやエピソードは俺のアイデンティティであり大黒柱。



そんな状況でだよ?


もし、俺以外の別の人がエピソード自販機を使ってたらどうする?

そのエピソードが彼女の耳に入ったら?


別の人のエピソードを俺がいけしゃあしゃあと、

自分のおもしろエピソードとして披露するようにみえるんだぜ。


好感度ガタ落ちどころですまされないよ。



焦ったね。めっちゃ焦った。


いや、だってあの駄菓子屋のよこっちょにあるんだぜ。

お前もわかるだろ? バチバチの通学路なんだよ。


今はまだきづかれてないってだけで、

彼女や彼女にちかい人がエピソードを買い始めたら終わりなんだよ。



そう思ったら居てもたってもいられなくってさ。


なんとか誰も聞いたことないエピソードを集めようと地方に行ったんだ。


ああ、そうそう。

はしょっちゃったけど、エピソード自販機のことも調べててさ。


なんか地方では「ご当地エピソード自販機」ってのもあるらしくって。


そこで買ったエピソードならカブることないだろう?

わざわざそれ目的で旅行する人なんていないし。



デートまでの日取りも多くはなかったから弾丸旅行だよ。


行って帰ってくるだけ、みたいな。



ストリートビューで自販機の位置を確認してさ、

バスを乗り継いで自販機のところまでいったよ。


そんで、エピソードを大量に買ったんだ。


もう両手いっぱいのエピソードで重かった。



でも、これだけのエピソードを仕入れたら彼女は退屈しないなと思ったよ。


ましてご当時自販機だぜ?

似たような話を聞いたっていうこともない。


俺のエピソードに夢中になってメロメロになったら

キスもまったなしなわけよ。



片道なん時間もかけてやっと家に戻ったときはクタクタさ。


明日がデートだってのに風呂にも入る余裕なくて。

そのまま2階の部屋にあがって寝ちゃったんだ。


で、翌日のデート当日だよ。


昨日は疲れて頭まわらなかったから気づかなかったけど。

あんだけ買い込んだエピソードがなかったんだ。


青ざめたね……。


必死に記憶を辿ったら、帰りのバスで座席に荷物置いたんだよ。

ガラッガラだし、それに重かったし。


疲れもあって寝ちゃったんだ。

慌てて降りるバス停で駆け下りたのはよかったけど

座席に置いているエピソードたちは置き去りさ。


ああ、もうサイアク。


結局、そのままでデートに行ったのさ。





結果? そんなのわかりきってるだろ。


話すエピソードなんてないから、

お互い地蔵のように黙っちゃってさ。


気まずそうにした彼女が逃げるように帰っていったよ。


なんかもう死にたくなったね。


エピソードがあればこんな結果にならなかったのに……。




「地方の自販機にまで買ったのにバスに忘れちゃった!

 っていうエピソードを話せば良かったじゃん」



……。


……。



お前さあ!! そういうことはフラれる前に教えてくれよ!!!

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