凍山村

宵闇(ヨイヤミ)

不動産屋

俺の名前は西澤貴志、二十二歳。元々は山の麓にある村に住んでいたが、都会への憧れから高校卒業と同時に都内の企業へ就職した。

それからというもの、毎日サービス残業三昧で、心身共に疲弊していた。こんなことなら最初から地元で適当な職に就いて、のんびりしておけばよかったと後悔した。

俺は上京して三年程経った頃に会社を辞め、田舎に引っ越すことにした。最初は地元に帰ろうと思ったが、両親には田舎を出る時にもう戻らないと啖呵を切ってしまった。それで就職した会社がブラックだったからとのこのこと帰ってしまっては、いい笑い者だろう。

 もし住むなら、山奥にある人口も少ない様な所に行きたい。都会に来てから、大人数の人に囲まれているような生活だったものだから、次は少人数のところでゆったりと、のんびりとした暮らしをしたい。


「どっかに希望に合うとこねぇもんかなぁ」


 そう言いながら歩いていると、一軒の不動産屋が目についた。外見はとてもボロく、見た感じ店内は暗くなっている。


 「何だこの店。やってるのか?」


 そろりそろりとガラス越しに中を覗くと、中には一人の女性が立っていた。白色のワンピースに、その服から完全に浮いてしまっている長い黒髪、そして赤い帽子を被っている。

 店内が暗いせいか顔はよく見えないが、彼女は確かにこちらを『見ている』のが分かる。


 「あの、俺…」


 気が付けば俺は、店の中にいた。さらに不思議なことに、どれだけ中を見渡しても先程の女性はどこにもいない。


 「確かにここに居た。俺の方を、じっと見つめてきていた。俺はどうして中に居るんだ? 彼女はどこに行ったんだ!」


 俺は確かにあの女性を見た。この店の外から、ガラス越しに、彼女をこの目で確かに見た。


 「とにかく、こんな所さっさと出よう。何だか気味が悪い」


 入り口へ向かうと、ある異変に気付いた。ここの扉は自動ドアになっている。ドアに近付いたり触れたりしても、ドアは一切動かない。

 俺が店内にいるということは、このドアから入ってきた可能性が高い。そもそも店内に入った記憶が無いため、『絶対にここから入った』と断言することは出来ない。もしかしたらこの店に裏口が入って、俺はそこから入ってきたかもしれない。


 「どっから出ればいいんだよ…」

 「そこに誰か居るのか?」


 そう声をかけてきたのは、一人の男性だった。白髪混じりの頭にヨレヨレのシャツ、歳は五十代後半程だろうか。閉まっているはずの店内に居る俺を、不審な目でじろりと見つめてくる。


「あ、いや、俺気が付いたら店の中に居て。女の人が、俺の方見てた気がして…」

「女の人? 白いワンピースで、頭に帽子を被っていたか?」

「はい。どうしてそれを?」

「まぁ、なんだ。とにかくそこに座りなさい。どうせ住む所を探してるんだろう」


男性はこの店の店主で、俺の希望条件を聞いた上である村を勧めてくれた。その村は『凍山村』という所で、山奥にある人口約二百人程らしい。

 都内にあるらしいが、かなり山奥にあるため村人以外の人はまず居ないとか。


 「本当にそこ大丈夫なんですか? いくら山奥でも一人くらい誰か来たりはするでしょう…」

 「まぁ、あの村は結構山奥にあるし。それに行く道も途中から獣道になってるから。そんなところ歩こうなんて、誰も思わないでしょ」

 「因みに家賃ってどのくらいなんすか」


 店主はファイルから数枚紙を取り出した。その紙はどれも古びていて、少々変色している部分もあった。


 「ここなんてどうだ。八畳と六畳の二部屋にキッチン。それに風呂とトイレ別。これで家賃は四万だ」

 「四万? その辺のアパートでも、安くても六万くらいはいくぞ。あまりにも安過ぎやしないか?」


 紙に書いてある間取りを見る感じ、一エルディケーだ。しかもキッチンが、マンションやアパートにしては広い。戸建てのキッチンと大差無いと思う。


 「どうだ、この部屋。田舎の方だから、きっとこんなに安いんだろ」


 それから店主は、他の物件の間取り等も見せてくれた。そのどれもが、良い条件の割には安過ぎる家賃だった。

 だが店主が見せてくれた村の写真は、かなり普通の田舎のようだった。広い畑に綺麗な川、そこに写る村人達は皆笑顔だった。

 時期になると山菜も採れるらしい。山の中にはキジも居て、時々狩って食べたりもするとか。


 「良い村だぞ。空気は美味いし、人は優しいし」

 「凍山村について、詳しいんすね」

 「そこの出身だからなぁ。そりゃ詳しいに決まってるだろ。あそこは良い村だぞ? ほら、どの物件がいいんだ?」

 「えっと、じゃあ一番最初の物件にしようかな。結構広いし、畑も近いし」

 「よし、決まりだ。書類を用意するから、ちょっと待っててくれ」


 部屋の契約から引越し業者の手配まで、店主は素早く済ませてくれた。店主が見せてくれた物件がどれも安い理由は分からなかったが、探していたような田舎に出会う事ができてとりあえず満足した俺は、その後すぐに家に帰り荷物をまとめた。

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凍山村 宵闇(ヨイヤミ) @zero1121

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