T or F = Bool

 パン、パンと、気の抜けた破裂音が連続し、それに続いて弾丸が空を切る音が耳に入る。僕はとっさに身を隠そうとするが、側にいたステラは銃を持って立ち尽くしていたままだった。


(クッ!!)


 何かを考える前に、体に染み付いた動きが実行される。

 僕の足が伸び、目の前にあったスチール製のテーブルを蹴り倒して壁を作る。

 テーブルの厚みは大したことはないが、無いよりはマシだ。


「ステラ! 身を隠せ!」


 だが、彼女は僕の思った通りには動かなかった。

 空になった弾倉を予備と交換すると、ライフル側面のレバーの固定を開放し、薬室に新鮮な弾薬を送り込む。


(まさか――そんな、ダメだ)


 彼女は僕が先ほど指示した通りに装填の動作を行う。まるで動揺のない、機械的な正確さだった。そしてその銃口を囚人に向ける。

 僕はステラが構えた銃を横から押したが、それは少し遅かった。


 連続した銃声が射撃場に響き、短い悲鳴が聞こえる。


 みると、撃たれた囚人は黒い金属のブロックによりかかり、心臓の鼓動の間隔に合わせて大量の血を吹き出して絶命していた。


 黒い立方体は赤い幾重もの血の筋で染まる。僕にはそれが、無機質な黒い鉄の柱に生命が宿って脈動を始めたかのように見えた。


(クッ、遅かった!)


 僕はこの期に及んで、彼女からアサルトライフルを取り上げるべきか、迷っていた。いや、そうしたいと心は叫んでいる。


 だが、僕の腕前で残り4人の囚人をひとつの弾倉で仕留めきれる自信はない。


 軍人といっても、僕はドローンオペレーターにすぎない。空挺部隊や海兵隊といった、特殊部隊の隊員どころか、歩兵ですらないのだ。


 僕のような下手くそが無駄弾を撃って撃ち尽くせば、それではステラを守れない。それどころか、僕自身の命も守れないことを意味する。

 そして、彼女が武器を使ったのは――たぶん、僕を守るためだ。


「囚人一体の生命活動の停止を確認しました。のこりは4体です」


 天の声が聞こえてくる。

 いったい何様のつもりなんだコイツは。


「フランシーヌ! これは何のつもりだ!」

「レクリエーションですよ。Mr.ウィンターズ」


 拳銃の銃声の後に、カチカチという引き金だけを引く音が聞こえる。どうやら、囚人たちは手持ちの弾を打ち尽くしたらしい。


「弾が切れた!」

「クソ! 新しいのを寄越せ!!」


 連中は柱に隠れて、口々に勝手なことを口走っている。

 ああ、口汚い刑務所スラングも聞こえる。クソ、本当にヤバイ奴らじゃないか。


「Mr.ウインターズ、あなたの自己満足に過ぎない慈悲によって、こんな事になってしまいましたね」

「お前がやったことだろう」

「彼らの危険性は認識できたはずです」

「だからといって……」


 ライフルを持ったステラを見る。

 彼女に人殺しはさせたくない、そう思ってやった。結果として同じこと、いや、もっとひどいことになってしまった。


 戦闘の興奮と悔恨が入り混じり、頭の中でドロドロと混ぜ合わさって思考がまとまらない。色も形もぐちゃぐちゃだ。同時にいろんなことが思い浮かんで、一つの言葉で表せるものにならない。


 言葉を失うとは、考えが何も思い浮かばない、そういった白紙の状態だけじゃない。どろどろの思考の坩堝。今の僕は、そういう言葉の失い方をしていた。


「混乱しているようですね」

「当たり前だ、こんなの……」

「間違った者に与える慈悲は、彼らを増長させ、被害の拡大を招きます。あなたには教育者として、適切な選択を行うように求めます」

「お前がチャンスだなんだとそそのかして、銃を渡したんじゃないか!」

「はい。ですが、選択をしたのは、間違いなく彼らです」


 フランシーヌとの会話は、まるで話にならない。

 頭がおかしくなりそうだ。


 だが……もし、ステラに彼らを制圧させたとしても、結局、別のオートマトンの的に使われ、そこで命を落とすだろう。


 ――自己満足。フランシーヌの言う事は確かに正しい。

 結局のところ、僕は自分にこれ以上他人の命や、それにかかわる選択をしたという荷物を背負いたくないだけだ。


 爆炎に包まれる白い建物。白黒の画面が唐突に思い起こされた。


「おじさん?」

「大丈夫、どうするか考えよう」


 動揺を抑えるため、息を深く吸った。


 ピストルの弾を切らした囚人たちは、動かない。

 こちらにアサルトライフルはあるとはいってもたった一丁にすぎない。

 まとまってこちらに突進すれば、連中に勝ち目があるはずなのになぜ?


 簡単だ、誰も「弾を食らう」という貧乏くじを引きたくないからだ。

 誰か別のやつに食らってほしいから、動かない。


 それで奇妙な静寂がこの場に生まれているのだ。

 しかし、しびれを切らした囚人は、遮蔽物の影から影へと移動を始めた。おっさん一人と少女一人なら、飛びつくことさえできればなんとかなると思っているのだろう。そして、悲しいことにそれは正しい。


 僕はコンソールを使ってミサイルを発射し、数十人、数百人を殺す方法は知っているが、目の前の人間を殴る、シンプルな暴力のふるい方は知らない。


 そして次の瞬間、柱の陰から飛び出し、こちらに飛びかかってくる囚人たちの姿が目に映った。

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死人たちの坩堝ーCrucibleー ねくろん@カクヨム @nechron_kkym

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