返報
『ステラに的を撃たせてください』
まるで抑揚のないフランシーヌの声が、射撃場の壁を叩いて反響する。
指示の伝達、彼女はそれ以上のことを目的としていない。
あまりにも機械的で、感情の一切が欠けているようだった。
「『的』? 冗談じゃない、ヒトじゃないか」
「おじさん……」
「ステラ、銃を下げていい。こんなのに付き合う必要はない」
『Mr.ウインターズ、指示を繰り返します。「ステラに的を撃たせてください」』
彼女の言う「的」をもう一度見る。
僕たちが立っている射撃位置から40メートルほど離れた場所には、オレンジ色の囚人服を着せられた人たちがいる。そして、彼らの胴体と頭部には、円を重ねて描いたダーツの的みたいな
ターゲットペーパーを体に貼られた囚人たちは、その場から逃れようと、必死にもがいている。その顔は袋を被せられて見えないが、本当に生きた人間らしい。
彼らは一体何をして、この場所に連れてこられたのだろう。
いや、それが何にせよ、彼らの処刑はステラがすべきじゃない。
もし、彼らが重犯罪を犯した死刑囚だとしてもだ。
この処刑が彼女の自我の教育に必要なことだとは、僕には思えない。
いや、レヴィナス社にとっては必要なのか。
この行為の裏にある意図は、だいたい想像できる。
人間の代わりに、躊躇なく心理的抵抗のあることをさせる。
フランシーヌは「ピノキオ計画」のことを軍事プロジェクトと言っていた。
ステラを人間のような機械、兵器にするのが目的なんだろう。
「拒否しても結構ですが、その場合は彼女の担当が変わるだけです」
「――! わかった……的を撃たせれば良いんだろう?」
『はい、その通りです』
かかったな。フランシーヌの
匂いのない匂い、それを感じ取れるほどに彼らに近づいた僕は、彼らから標的紙を引っ剥がすと、それを射撃場にいくつかある、何も張られていない人型のボードに貼り付け直した。
フランシーヌの指示は「的を撃たせる」だ。
囚人を銃で撃って始末しろ、殺害しろという具体的な指示は一切ない。人間ならば推測し、勝手に補うであろう言葉足らずの「部分」。それを僕はそのままを利用することにした。
標的紙を張り終えた僕は、ステラのもとに戻り、堂々と言い放つ。
「ステラ、あの射撃用紙が見えるか? あの『的』を撃つんだ」
「――はい、おじさん」
「Mr.ウインターズ」
「指示は履行している。これより『ステラに的を撃たせる』」
絶句しているのか、何も言わないフランシーヌ。
彼女を放っておいて、僕はステラに射撃の具体的な指示をする。
「いいかいステラ、標的紙は全部で10枚。キミの銃の
「うん」
「わかったなら、僕の指示を復唱して」
僕の顔を見上げて、彼女は一言一句を間違えずに、指示を復唱する。
これならよし、と僕は彼女に射撃を許可した。
タン、タンと短く乾いた射撃音が、射撃場の中に響く。
彼女が引き金を絞るたび、オレンジ色の囚人服はビクっと体を震わせた。暗闇の中にいる彼らの耳に、銃声と鉛弾が風を切る音が聞こえているのだろう。その恐怖は想像に難くない。
ほどなくして、最初のマガジンの30発すべてを、標的紙に撃ち終えた。
確認のため、備品のゴツイ緑色の双眼鏡を手にとって、僕は的を見る。
――すごい。
5.56mm弾で開けられた穴のほとんどが、標的紙に描かれた一番小さな円を捉えている。つまり、ド真ん中ってことだ。
「大した腕前だ。大抵のライフルマンが失業しちゃうな」
「うまくできた?」
「うん、よくできました」
僕は膝を折ってステラと目線をあわせ、彼女の頭をなでる。だけど、くすぐったそうにして身をよじって逃げられてしまった。
的は40メートルから30m先のもので、実践ならばかなりの接近戦に相当する。だが、彼女のアサルトライフルの照準器はアイアンサイト、ただの鉄の切り込みと針金みたいな棒だ。標的紙に書かれている一番小さな円の大きさは、その直径が3センチもない。それでよくもまあ、ここまで正確に狙えるもんだ。
「フランシーヌ、ステラに的を撃たせたぞ。レクリエーションはこれで終わりでいいな?」
『いえ、もう少し続けましょう』
「何……?」
射撃場の床の下を何かが通るような、機械の駆動音がした。すると、射撃場の中に黒い金属製のブロックが立ち上がってきて、障害物だらけになる。
そして、ブロックの次に床下から持ち上がってやって来たのは、何かのコンテナだ。動きをとめたコンテナは、カシャリと音を立ててフタを開く。
その中に収められていたのは――拳銃だ。
とても、とても嫌な予感がする。そして、それは現実となった。
耳障りなブザーが鳴って、囚人を固定していた枷が外れ、彼らが自由になる。
開放された彼らに、フランシーヌが天啓を授けた。
『よく聞いてください。死刑を待つだけのあなた方にチャンスを差し上げましょう。そこにある拳銃を手にとり、向かいの男性と少女を殺害してください』
囚人たちが頭に被せられている袋を取り去る。年齢も、性別も様々な囚人が喜色に満ちた顔で拳銃を手に取り、いやらしい笑顔をこちらに向ける。
そして次の瞬間。
彼らは何のためらいもなくこちらに向かって銃を撃ち始めた。
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