的当て

「ちょっとまってくれ、銃だって?」

『何か問題がありましたか』

「問題しかない。こんな子供に銃を持たせるだなんて」


 ステラはまだどう見ても10歳の少女だ。

 自我の教育にこんな物が必要とは、とても僕には思えない。


『身体的な問題はありません。反動を抑制する改造がされています』

「彼女の育ての親として言ってるんだ」

『育ての親を続けたいのであれば、指示には従ってください』

「……クッ」

『次世代有機オートマトンの開発を目的とする「キノピオ計画」は、軍事計画です。論理的に考えれば、こういった事は予測できると思いましたが』


 ――そういうことか。

 この子が、ステラが自我を与えられるのは、「ヒトのような機械」を造りたいからじゃない。こいつらは……「機械のようなヒト」を造りたいんだ。


 ポストの中に入っている銃を、僕は受け取った。

 ぱっと見は米軍の正式小銃に似ているが、機関部とストックの細かい部分が異なる。所々が軽量化された合金製の部品に取り替えられ、ストックには反動抑制のためのバネとウェイトが仕込まれている。


 マガジンを抜き、中に入っている弾丸を確かめる。間違いなく実弾だ。

 中に入っているのは、細身で黒色をした、鋼製薬莢の5.56×45mm弾。

 標準的な軍用アサルトライフルのようだ。


『実弾は予備を含め、60発支給します。どうぞお楽しみください』

「それはどうも」


 銃を壁に立てかけ、ステラと向き合う。ひとまずは食事の続きをしよう。

 とても喉を通るとは思えないが。


「食事を続けよう」

「うん……おじさん、何で怒ってるの?」

「いや、驚いただけだよ、ごめんね」


 我ながらウソが下手だ。

 ともかく腰を下ろして、スプーンを手に取る。


 ステラも僕と変わらない食事を口に運んでいる。

 有機オートマトンとはいえ、その摂食の形態は人間と変わらないようだ。


 基本、現用の有機オートマトンは人工的な精製食を使用するが、彼女は普通の食事でいいらしい。さすが次世代といったところか。

 あるいは、これも人間に歩み寄らせる「身体性」とやらのためなのか。


 先ほどのやり取りで、レヴィナス社に対する大きな疑念が僕の中に生まれている。彼らは、ステラに生の喜びを与えるためではなく、ヒトとして利用するためにヒトらしくさせているとしか思えない。


 ヒトとしての振る舞いを彼女がするたび、それに底なしの悪意を僕は感じ取る。


 食事が終わり、ポストにトレーを片付けると、彼女がそわそわしだした。

 僕が画用紙を手にとるのを待っているのだ。


「よし、練習の成果をみせよう」

「ほんと!」


 端末で調べた羊の写真を思い浮かべながら、それを画用紙の上に再現する。

 うん、ウン……まあ、少なくとも、以前よりは良くなったと思う。


「角の形がおかしいよ、これじゃヤギさんだよ」

「こういう羊も居るかもしれないじゃないか」

「そうかなぁ?」

「そうとも」

「ダメ、おじさん、別の羊を描いてよ」


 うーむ、なかなかに手強い。

 このままだと、羊の絵ばっかりうまくなりそうだ。


 替えの画用紙を手に取ったところで、またもや天の声が降り注いだ。


「レクリエーションの用意が出来ました。イドの翼、次列風切8番の羽にどうぞ」

「下層にまで行けってのか」


 このシェルターは二つのウイング、「エゴの翼」と「イドの翼」に分かれていて、それぞれの施設は「羽」と呼ばれている。で、次列風切は結構下の方の羽だ。


 ステラの収容セルは「エゴの翼」にあるから、反対側のウイングのさらに奥底に行けということだ。フランシーヌは人使いが荒いね。


「向こう側の翼へおでかけだ」

「お外に出れるの?」

「まあ、外と言えば外、かな?」


 いや、彼女にとっては外に違いないか。

 僕はスリングを使って銃を背負うと、ステラの手を取って部屋を後にした。


 二つの翼はその間をロープウェイで結ばれている。

 近くの羽なら歩いて往来できるが、別の翼となると、専用のロープウェイを使わないといけない。彼女を手を引き、僕は乗り場まで向かった。


 ロープウェイの乗り場は、地上の鉄道駅に比べると、随分こじんまりした高速道路の料金所みたいな施設だ。僕ら以外に人は居ない。ここではチケットを買う必要は無い。改札にIDをかざして、機械の整理を受けるだけでいい。


 端末をかざすと、電子音がして行く手を塞いでいた金属製のバーが退く。

 あとは悠長にケーブルを伝ってくるゴンドラの到着を待てば良い。

 ゴンドラは8人乗りなのだが、ステラと二人っきりで乗るとガラガラ感がすごくて、どうにも尻の収まりが悪い。なんというか、エネルギーの無駄使い感があって罪悪感が湧く。


「わぁ……!」


 動き出したゴンドラの窓から外を覗いたステラが、小さな歓声を上げた。

 無理もない。眼下には地下と思えない景色が広がっている。


 鉄骨がクモの巣状に絡み合って球体を作った天井には、白く輝く人工の太陽があり、その下には青々とした平原と森がある。そして、平原の奥、壁際には岩肌を露わにした人工の山岳があり、そこを水源として数本の川が流れている。


 川沿いには僕らが口にする食料を育てている田園が無駄なく幾何学的に設けられ、川の流れは人工湖を終点としていた。

 人工湖には島があり、船すら浮かんでいる。


(ここが地下だとは思えないな。アニメか何かのスペースコロニーみたいだ)


 向かう先は下層なので、ゴンドラは少しづつ地面に近づいていく。

 それに比してステラの歓声も少し大きくなったのが微笑ましかった。


 だが旅は無限に続かない。ゴンドラは向かいの駅につき、止まった。

 僕は端末のガイドに従って「次列風切8番の羽」に向かう。


「もう終わりー?」

「そ、おしまい。楽しかった?」

「うん!」

「帰りも乗れるから、さっさと用事を済ませようね」

「用事?」

「えっと、的あて、射的ってわかるかな」

「わかるよ! こうやって狙って、ばきゅーんって当てれば良いんでしょ」

「そうそう」


 事前に教育されていたのか、彼女の自我に由来しているのかは不明だが、ステラには射的の概念があるらしい。話が早くて助かる。


 僕はシューティングレンジの扉を押し開け、ゴーグルやイヤープロテクターといった保護具を彼女につけさせた。


 そして、アサルトライフルを彼女に手渡し、手短に使い方を説明する。

 安全装置の使い方、引き金を引いて弾が出なくても、銃口を覗かないこと。

 そういった基本中の基本を教える。


「わかったかい」

「――うん」

「フランシーヌ、聞いているんだろ? こっちの用意は良いぞ。」

『承知しました。「的」を出します』


 機械のうなり声がして、シューティングレンジの奥のシャッターが開いた。


「これは……何の冗談だ」

『レクリエーションです。「的」を射撃してください』


 僕の目の前には、フランシーヌが言う「的」が並んでいる。

 そこには、オレンジ色の囚人服を着て、後ろ手に縛られた「人」が並んでいた。

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