編集も任せてみた


「ふう……」


 編集者の山田は、リモートでの打ち合わせを終えると軽く伸びをする。


「おつかれさん。どうだった、先生の感じは?」

「2巻目、快諾してくれましたよ。売上に関しては、ちょっと驚いてた感じでしたね」


 山田の上司は、そう報告を受けると、自分のPC画面に目を戻す。

 そこにあるのは、ここ最近のラノベの売上グラフ。


「しかし、本当にAI予測の通りだな。まさかここまでぴったり行くとは」

「ですよね。最新技術さまさまです」


 山田は、さっき伝えたスケジュール、得られた回答をBotに打ち込んで、記憶させる。


「……次は、どっちが書いてくるんでしょうね? 元々の方か、後で来た方か」

「結局、こちらが書き手が変わったと把握していることは、言ってないんだっけか?」

「はい。変に言って気を乱しても、こちらの損失になるだけですし。それにAIも言わないほうが良いと……」


「そうか。確かに、AI編集のせっかくの第一号サンプルなのに変なことになりたくはないもんな」


 ――AI編集。

 その名の通り、これまで人間の編集者が行ってきた様々な業務を、AIに委ねる試みである。


 折からの出版不況。特に流行り廃りの激しいラノベの世界。

 かつてのような大ヒット作もなかなか出せない、出せても持続させられない中で、売上で利益を上げられないのなら経費を削減しよう、となるのは当然の成り行きである。

 そして出版、エンタメ業界に限らず、経費の中で最も大きなウェイトを占めるのは人件費だ。


 人件費、その中でも残業代の支払いを減らし、また編集者一人あたりの負担も大きく削る。

 そのためにこの会社が立ち上げた新プロジェクト、それがAI編集。


 とはいえ、AI導入にも安くはない費用がかかる。いきなり全面的に、というわけにもいかない。

 そこでまずは1つの作品で試してみる。Web小説サイトを探し、売れそうな作品を発見するところから、実際に書籍化オファーのメール文面を作成、打ち合わせの受け答え、売上予測やそれを踏まえた宣伝戦略……上手くいけば、2作目、3作目と広げていき、既存作品の編集業務もAIに任せるところまでが最終目標だ。



 その最初のお試し作品が、山田が先程まで打ち合わせをしていたもの。サイトでの掘り出しからAIが行った、おそらく小説業界初の事例だ。

 

「これが、AIが見つけてきた作品か?」

「はい。……確かに、面白さはありますが……」


 それは、完結から少し時間が経っていた短編の学園ラブコメ。

 軽くチェックした山田からしても、確かに最近の流行を押さえており良作だとは感じたが、決してランキング最上位にいるわけではない。


(自分だったら、オファーを出す優先度は高くないな……)

 しかし、そこから掘り当てるためのAIだ。山田はAIが示したとおりにオファーのメールを書き、作者とのやり取りを始めた。


 改稿してもらったものをAIに読ませる。AIが示す改善策をメールや、リモートの打ち合わせで作者に伝える。また改稿してもらうのを待ち、AIに読ませる。

 ……山田の負担は大きく減った。念の為作者先生からもらった原稿には山田も一通り目を通すが、以前のように繰り返し読み込むことはもう無い。そこは全てAIがやってくれるのだ。


 作者先生が交通事故にあったときにはさすがに少し慌てたが、AIによるとギリギリまで原稿は催促しておけということだったので、そこも従った。



 しかし。

「どうした? 急に相談なんて。AIに不具合でもあったか?」

「不具合というか……AIが、原稿の書き手が変わっているかもしれないって言い出してきたんですよ」


 発売スケジュールを考えると、この原稿がおそらくほぼ決定稿になるだろうというもの。

 それをAIに読ませると、どうも『文章の特徴に手癖が強すぎる、今までと別の人間が書いてる可能性が高い』と言い出している。


 山田も読んでみたが、正直少しくらい癖が強くなる程度なら、人気の商業作家だって普通にある。山田としては、原稿に違和感は無い。

 そして何より、山田が読んだ限り、今までで一番良い原稿だ。

 実際、完成度の高さはAIも評価している。


「ふむ……念の為、先生に確認を取ってみるか?」

「いや、ダメでしょう。万一、AIの方が間違っていたら、失礼極まりないです」

 それに、せっかくAI編集を導入した作品がこんな風におじゃんになってしまうのもまずい。


「もし指摘しようとしたら、AI編集についても先生の方に話すことになります」

「そうか……それはちょっとまずいのか」


 AI編集については、先生には一切話していない。

 最初の事例ということもあり、話したことで先生側に何らかの影響が出ることを防ぐためだ。



 ……そういう意味では、隠し事をしているのはこちらも同じなのだ。

 向こうの先生の後ろに本当の書き手がいるとして、こちらも編集の山田の後ろにはAIという、黒幕(?)がいる。


「このまま行きましょう。今は、出版まで行くことが最重要です」



 そして、出版にこぎつけた作品は、AIの予測通りに売れた。


 気を良くした会社の上層部は、AI編集をさらに拡大していくことを検討しているという。



 ……AI編集か。

 山田は当初、さほど期待していなかった。

 単純作業ならともかく、臨機応変さや感性が要求される小説編集は、まだまだ機械には早い。導入したところで、自分が後ろで操りながら何とかやっていくような状況になる……と思っていたのだが。


 今は、完全に逆転している。自分がAIに操られている。

 正直、編集の仕事をしている感はほとんどない。


 2巻目は、もう全部AIに任せて、自分は何もしなくて良いんじゃなかろうか……


 本当に編集しているのはAI、そんな時代はすぐそこまで来ているのか……

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sister's writer しぎ @sayoino

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