正直と正直

夏生 夕

第1話

「みて!」


珍しくはしゃいだ様子である。

手に持った" なにか "を画面いっぱいに映るほど見せつけてきた。


「近すぎて分かんないよ。」


「これ何だと思う?」


「だから、」


見えないって、と続けようとすると、彼女はそれを引いて手元に置いた。


見えた。見えたけど。

分からん、なんだあれ。


まずい。わたしが目を凝らすごとに画面の向こうでは眉間の皺が深くなっていく。

普段はここまで変化しない彼女の表情は面白いが、いい加減なにか言わないとめん、かわいそうだ。


「あれか、ハムスターかぁ。かわいいね!」


「マメです。野々宮先生の本に出てくるマメ。」


拗ねた声が被さった。

ってことは、それ柴犬なの?


「あーだよね!そう思ったよかわいいね。」


わざとらしい笑顔を返すと、切れ長の目で睨まれてしまった。

こんなにあからさまであっても無くても、この子に嘘は通じない。


「急にどうしたの。ぬいぐるみとか編む趣味あったっけ。」


こういうのは編みぐるみと言うんだったか。


「先生のSNSに載ってたの。ご近所のお子さんがつくってくれたんだって。ほら嬉しそうな写真。うらやましくて。」


最後の一言はぬいぐるみのことなのか、交流のあるご近所さんに向けられているのか。

タブレットに表示されたアカウントは以前から彼女に散々見せられてきた。いつもの投稿と変わらず「先生」は直立で、片手には小さなぬいぐるみが乗っている。いま彼女が握りしめているアメーバに比べるとだいぶ柴犬の特徴を掴めているようだ。ちゃんとかわいい。

先生は見る限り笑顔には思えないが、そこはいわゆる分かる人には分かる、というやつなんだろう。


「それで自分でも作ろうとするのが、すごいね。」


これは心から思った。彼女はいつも好きなものに真っ直ぐで、このエネルギーは近くで見ていると元気になる。


「漫画と違ってグッズが少ないからね。無いなら作ればいいんだなって。ひとまず満足。」


「推しという原動力は偉大だな。あんた見てるとつくづく思う。

それもブログに上げるの?」


「うん、せっかく作ったし。」


豆子と名乗るほどに『好き』が溢れたブログは、顔が見えるコミュニケーションを苦手とする彼女の生命線だ。


自分に正直である彼女は他人にも正直で、しかし他人は彼女ほど正直ではない。

人の表と裏に敏感に反応し、過ぎるほどに真っ直ぐだ。要は不器用さんである。


「その前に、あなたの正直な感想を見ておこうと思ったの。」


だからわたしのような顔になんでもかんでも出てしまう人間が友人としてうってつけだ。


「予想通りの反応だったけど。」


一瞬悔しがるような強い視線を寄越したが堪えきれずに笑い出した。


「相変わらず分かりやすい表情筋だね!安心するわ。

今度あんたにも一匹作ってあげるね。」


いや、いらない。


「いらない!」


つられてわたしも笑ってしまった。

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正直と正直 夏生 夕 @KNA

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