おやきに罪はないけれど

 同日18:15、上田市内。

 いつものルートインホテルさんにチェックイン。


 目の前に山と積まれた野沢菜おやきを見て溜息を漏らしてしまった。

 なにせこれからの二食は完全に野沢菜おやきしかないのだから。


 誰だ、こんな奇妙なルールを考えたやつは。

 と憤ったところで是非も無い。

 もちろん自分で決めたことだから全ての責任は自分で負う。正しい社会人として。


 さて、保冷バッグから出したものの、とうにレンチンする気力すら無くなり、室温にまで戻った冷たい野沢菜おやきを食べてゆく。味はほぼ一緒だ。

 まったく喉を通らない。ずっと咀嚼している。

 なんとか地ビールで流し込む。

 そして一個食べ終えたら、しばらく呆然として、また我に返ると次のものの包装を剥いてかじる、という繰り返し。まるで囚人である。

 いや、心を持たないロボットのようだった。無心。一切の感情が無い。


 この日の夕飯で一番おいしかったのは、イヅツワインさんの小さなロゼワインのボトルだったという。各地の地酒ミニボトルも良いし地ビールも良かった。

 肝心の主役であるおやきは、もはや単なる「カロリー」という記号であり生命維持装置というだけ。

 食事ではなく飲み込むといった作業。


 前回の旅のエッセイで調子コイて『野沢菜おやきなら何個でも食べられる』と書いてしまった我が身を呪う。



 明けて4月27日(木)。


 今日の朝食は野沢菜おやきを2個だけしか買っていない。

 もう既に3個食べるのは難しいと昨日の午後に早々に判断したから。

 前回の旅から6年半の間で純粋に老化したというのもあるだろう。

 それでもバリエーションが楽しめるなら良かったのだが、同じ味のものをみっつは厳しいと知ってしまった結果だ。


 野沢菜がおやきのBIG3で大ベテランの大御所というのは理解している。

 でも私の中のおやき番付での野沢菜は千秋楽を前に大関陥落は必至であり、もはや幕下まで落ちた。

 それでも人間ってやつは空腹になるし、目の前に野沢菜おやきがあれば食べるのだから、生きるということ自体が業だし、生きているのは非常にありがたいと思える。

 善光寺と北向観音に詣でた私は、最終日の朝になり既に解脱していた。

 単に思考を停止していただけかもしれない。

 食事の間も静かにおやきをいただく。

 脳内にはマントラが鳴り響く。

 野沢菜おやきに合掌。



 ということで8:30。

 いよいよ残るおやきハントの時間もわずか。


 まずは県道79号線で東御とうみ市にある道の駅「雷電くるみの里」へ。

 雷電といえば、諏訪大社上社本宮の境内にも銅像と手形があったが、江戸時代の有名な力士・雷電為右工門のことだ。

 当時はまだ横綱という名称の格付けは無かったので、最高位である大関在位は実に21年間。

 彼の生まれ育ったのが、今の東御市なのだという。


 そんな道の駅の物産店を見ていると、やはり地元の店舗が卸した商品が並べられている。その中に「きのこ」を発見した。

 きのこ系と言えば前回の旅では「しめじ」「まいたけ」を食べているな。

 このきのこはいったい何きのこなのだ……まぁ、良いか。

 ラベルに何のきのこなのか標榜されていないのならば、それは「きのこ」なのだ。

 ということで新種の「きのこ」ゲット。


 さっそく胃の中の野沢菜を中和させようと食べ始める。

 あれっ、ヤバい。これはしめじ……いや、きのこを大変おいしくいただいた。

 醤油と砂糖で甘辛く濃いめに煮詰めてあって、美味であった。



 そこから千曲川の対岸にある道の駅「みまき」を目指す。場所は近い。

 しかし「みまき」の物産館や飲食店は本日休業。

 温泉施設だけこのあと10時から開くみたいだ。

 前回の旅で寄った「ぽかぽかランド美麻みあさ」と同じ失態を犯す。

 この世は何をするにも修行だ。もはや休業にも驚かない。


 今度は車を南へと走らせる。

 国道142号には約30km弱の間に4つの道の駅がある。

 ここが最後のおやきハントのチャンスだ。



 まず最初に寄ったのは「マルメロの里ながと」。

 物産館が二軒、コンビニ、和菓子屋、足湯に観光案内所となんでも揃ったでっかい道の駅だ。

 しかしそもそもマルメロって何よ、と思ったのだが今はおやき狩りの時間。

 おそらくイーハトーブ的な幻想的な桃源郷っぽいものを現す造語か、もしくはカリメロ的な、町おこしで誕生したキャラクターか何かの類。いずれにせよ小説か童謡か唱歌なのだろうと勝手に納得。


 ちなみにマルメロとはバラ科マルメロ属に分類される木。

 その実は洋ナシのような形をしており、生食には適さないが、果実酒やジャムにしたり蜂蜜漬けにしたりするらしい。


 ところが二軒ある物産館はいつものフレーバーばかりであった。

 それこそマルメロおやきがあっても良さそうなものなのに、である。

 隣接した和菓子屋さんに「おやき」と書かれたのぼりが立っている。

 いちおうお邪魔しておこう。


 こちら「大島屋」さんでは焼きおやきに蒸しおやきと種類豊富に取り揃えられていた。その中の蒸しおやきに「さつまいも」を発見。

 前回の旅でもまだ食べていないものだ。さっそく購入する。

 甘い。とにかくこの甘さが嬉しい。

「チョコ」「紫花豆」以来の甘味の登場に舌の先が味変されて身体が喜ぶ。

 大変おいしゅうございました。



 さぁ、国道142号を佐久さく市方面へサクッと進んでいく。


 次の道の駅「女神の里たてしな」では、おやき取り扱い無し!

 同じく「ほっとぱ~く・浅科あさしな」に寄るも、こちらも取り扱い無し!

 続いて「ヘルシーテラス佐久南」ではいくらか卸してあるバラ売りや冷凍アソートパックが置かれていたが、残念ながらいずれも既に食べたフレーバーだ。


 このあたりになると、車を走らせているたびに視界に入るハンバーガーチェーンや牛丼屋、ファミレスの看板が否が応でも主張してくる。

 中華料理屋や蕎麦屋も美味そうだ。

 何故に自分はここまでおやきと向き合い、おやきと対話しているのだろうか。

 われ思う、ゆえにおやきあり。

 そこにおやきがあるから。

 この3日間、間違いなく全ての長野県民よりもおやきを食べていると言っても過言ではないだろう。



 てな感じで、時刻はちょうど正午になったくらい。

 さて、佐久市からどちらに向かおうか。


 南の小海こうみ町、南牧みなみまき村方面には道の駅が無い。

 残るは未開拓の蓼科高原たてしなこうげんだが、ちょいと山道が厳しそう。


 そして前回は寄った安曇野あずみの周辺と白馬はくば村、さらに未開拓の小谷おたり村あたりも候補だけど、ここから西に進路を取るにはちと時間が足りない。

 同様に未開拓の南部・伊那いな地方はどうかと言うと、あまり南部ではおやきを発見した事が無いし、何より時間の問題は大きい。



 あとは目指すとすれば軽井沢。

「かるいざわ」じゃない、「かるいさわ」だ。

 と思ったら、町の公式ホームページが「かるいざわ」になっている。

 いつから大衆に迎合したのだ、軽井沢。

 いや、そうじゃなければあんな一大オシャレタウンが出来上がるはずもないか。

 軽井沢の駅前オシャレロード周辺のカフェや雑貨屋とかには絶対に「カスタード」とか「ブルーベリージャム」なんて変化球のものがあると思うのよね。

 そこでスイーツ系おやきを狙ってみるべきか……。


 しかしもうこの旅では、おやきに対する思考が全く判断できなくなっていた。

 加えて超絶オシャレタウンの軽井沢にオッサン一人でおやきハントという画を想像しただけで痛々しい。

 とりあえず高速に乗って佐久平PAに向かってみた。

 当然と言えば当然だが、いつもの冷凍アソートパックのみ。

 軽食コーナーのホットスナック等も無かった。



 と、なると後はもう本当に軽井沢の町にいくしかない。

 カーナビと地図、両方をにらめっこしていると、あることに気づく。


 あ、マズい。

 上信越自動車道って碓氷うすい軽井沢ICでいったん群馬県に入るんだ。

 旅行中は長野県から一度も出てはいけないルール。

 だとすると、このまま佐久平PAのETC専用スマートICで降りて、ぐねぐねの山道を通って軽井沢の中心街を目指すしかないのだ。


 名人、長考に入りました。

 いったん喫煙所に寄って落ち着こう。それからだ。

 時刻は13時。


 敢えて危険を冒してまで軽井沢に向かうべきか。

 これで新種を捕獲できなかったら目も当てられない。

 それに帰宅はどんどん遅くなる。

 おまけにまたしても空腹になっている。



 うー……仕方ない。

 これでおやき狩りを終了しよう!

 もうおやきの事を考える余裕も無い。

 体力の限界! 気力も無くなりおやき旅から引退することにしました。

 ウルフの異名を持つ名横綱、千代の富士のごとく素直に退こう。

 まさに負けるが勝ちだ。


 早々に車を群馬県に向かわせた私は、さっそく次の横川よこかわSAに寄る。

 長野県さんも良い所だが、やっぱり私は群馬県が好きだ。

 上州もち豚のかつ重を食べ、上州牛の串焼きを食べ、ソフトクリームも食べた。

 お味噌汁の最初のひとくちには誇張ではなくホントに涙が浮かんだよ。

 豚肉とサクサクのかつ衣がタレと卵を纏った奥深さは、口に広がるビッグバン。

 解脱した後の野沢菜曼荼羅とはまた違う。

 蓮の花ひらく黄金色の極楽浄土がそこに。

 まさに万感の想いだった。


 これにて「長野県にいる間はとにかくおやきしか食べてはいけない旅リターンズ」終了!

 ありがとう、長野県!



 それにしても今回は野沢菜おやき師匠が八面六臂の存在感だった。

 まさに強敵ともであり、激闘と呼ぶに相応しい旅だ。

 マンネリと呼ばれる程の長い芸歴と、堂々とした風格はやはり大御所であり大ベテランの看板役者であり師匠クラスなのだ。


 けっきょく目標の累計50種類はおろか、新種10個しか食べられなかった。

OYKおやき48』にもならない、累計43種類だ。

 しかし、道中ゲットできなかった「菜の花」もある。

「ねぎ」が余計だったが「山賊焼き」も発見した。

「舞茸」と「しめじ」を混ぜてしまっていたが、「えのき」が入ったやつなんてのもあった。

 さらに先述の通り、まだ寄っていない地域や道の駅もある。

 とにかく長野さんは雄大で広大で懐も広いのだ。


 きっといつの日か、念願のOYK48結成なる日も来ることだろう。

 え? さらりと目標値を減らすなって?

 もちろん夢は累計50の大台だがとりあえずってことで。

 その際には「完結編」の旅が行われることを願わずにはいられない。

 でもいずれにせよ、それはまた何年か後のことでね……。

 たぶん次は2030年頃に再びこのエッセイでお会いできることを楽しみに、結びとしたい。



 食べたおやき10種類(購入順)


 鹿肉

 紫花豆

 チョコ

 信州牛

 のびろ

 うど

 ふき味噌

 にら

 きのこ

 さつまいも



 緊急避難用に食べた野沢菜おやきの数

 18個

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長野県にいる間はとにかく「おやき」しか食べてはいけない旅リターンズ! 邑楽 じゅん @heinrich1077

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