おやき(野沢菜)の波状攻撃

 15:00。

 善光寺のお戒壇巡りを終えた私は参道の両側の店をくまなく見回す。


 両端の店を行ったり来たりするアブない観光客。おやきを見逃すまいとする眼力も相当なものだったろう。

 何軒かおやきを扱っている店もあるが、どれもこれも食べたフレーバーばかりじゃないか。もはや新種の捕獲は難しいのだろうか。


 と、なんとここで鬼無里本店が休業していた「いろは堂」さんを発見!

 さっそく近づいてみると、春限定の新種「うど」があった。

 所望するついでに店員さんとコミュニケーションを取ってみた。旅の間、スマホでの調べものはNGだが、人尋ねはオッケーだから。


 邑楽「今日、鬼無里の本店に行ったんですけど(お休みで)買えなかったんです」

 店員「えっ! そうですね、今日(火曜)はお休みなんです。それは遠いところまでわざわざ申し訳ございません」

 邑楽「あと長野駅のMIDORIにもお店ありますよね? そこ限定の具材とかってあるんですか?」

 店員「取り扱う商品は時期によって違うけど、具は基本的にどこも同じなんです」


 なるほど。

 いろは堂さんは他の店でも、今はとにかく同じフレーバーってことか。

 でも「うど」を買えただけでも全然アリっすよ。ありがとう、いろは堂さん。


 そして、もう一軒。

 あのお店も道路もクセ強系だった小川の庄おやき村さんにも新種がある。

 それは「ふき味噌」。

 ここで前回の旅のおやきリストを読み返すが、ふきは食べていない。味噌はあくまでも調味料なので除外し、今回は正式に「ふき」として認定!

 さっそくふきを注文したのだが、他の観光客と同様に食べ歩きだと思われたのだろうか。店員のおばあちゃん、保温ボックスの中から剥き身のまんまサッと厚紙っぽいものに包まれて渡された。

 いや、後で夕飯にしようと思ってたのにぃ!

 クセ強系のおやき村さん、ここでも真価を発揮する。

 仕方ないので昼食には遅いし夕飯には早すぎるが、ふきを食べる。

 やはり白味噌仕立てで、なんとも苦い。

 天ぷらよりも苦く感じる。春の苦さだ。

 ちなみに薪の火でこんがり焼かれた小川村の直営店ではないので、皮はもちっとした蒸し系に近いおやきだった。


 しかしお戒壇巡りのお陰で2種類もゲットできた。善光寺さんはさすがだ。

 前回は朝が早すぎてお店がどこも閉まっており、牛ではなく後ろ髪を引かれながら善光寺を後にしたが、今回は逆に午後の繁盛した時間が奏功したパターンだ。

 寺社仏閣もたまには混雑時間帯が良い。



 続けて長野駅付近のパーキングに車を停めてMIDORIのお土産ゾーンを歩く。

 あぁ、現地を見て私は愕然とした。確かに当時はおやき店が3軒横並びだったのに「おやきや総本家」さんは間違いなく閉業されてしまったのだと痛感する。

 これも時の流れだ。

 そして事前に聞いていた通り、いろは堂さんは県内均一フレーバーのために新種は無し。おやき村さんも同様だった。

 おや、お隣の「漬物老舗の高橋」さんにも少しおやきが置いてあるではないか。


 うおっ、まさかの新種発見!


――と思ったら非常にマズい。

「山賊ねぎ」

 信州ご当地グルメのひとつで、鳥肉をタレに漬け込み片栗粉をまぶして油でカラッと揚げたアレ、俗に言う「山賊焼き」だ。

 それだけだったら良かったのに、何故ねぎを明記した!

 ねぎは前回の旅で「ねぎ味噌」を食べてしまっているんだよ……。

 単なる「山賊焼き」おやきで充分だったのに、ねぎまで書いた事を悔やまれる。

 これはダメかな?

 やっぱダメだよねぇ。

 不安げに話す私に、ディレクターの私の声がディレクションする。

「アウトです」

 やむなく山賊ねぎはお預けとなった。

 うぎぃ! おやき狩り始まって以来の鶏肉フレーバーだったのにぃ!



 16:20。

 そろそろ宿に向かう事も考えないといけない。

 長野市中心街から車を中野市方面に進める。


 途中で高速PAと併設された道の駅「オアシスおぶせ」に寄ることにした。

 前回の旅では秋だったので特産品である「栗」のおやきがあったんだよな。

 春らしいなんらかのおやきを期待して店内を覗く。

 まぁ何もないよね。

 というかどこにでもよくある冷凍アソートパックみたいなアレばっかりだ。



 しかし、地図によると小布施っちゅうのは文化財も多い古い町らしい。

 なるほど、これは町内探索もアリだなと小布施のガイドマップを手に取る。

 そこにはおやき屋が二軒、記載されているではないか。


 そのうちの一軒はいろは堂さん。

 これはどこも均一のフレーバーだと事前に聞いていたので俎上から外れる。

 もう一軒、地元密着のお店でおやきを販売しているところがあった。

 閉店時刻は17時ちょうど。明日は水曜日なので定休日になる。

 今の時刻は16:35、残された時間はわずか。

 急ぎ車を小布施の町内へと向かわせた。


 いい歳したオッサンが小走りで古い街並みを駆け回る。

 明らかに観光客なのだが観光目的だけでは無さそうな、その不審な挙動はさぞ不審だったであろう。

 とにかく目指すべきはおやき屋さんの営業時間内に間に合うかだけなのだ。

「信濃製菓」さんに到着。

 勇んでお店に入る。

 前回は目新しいおやきが発見できなかった場合、申し訳なさそうにコソコソと店を出たりしたのだが、今回は最悪のケースどこでも野沢菜が買える。

 そう思うと強気になれるから不思議だ。


 並べられたおやき達のラインナップを順番に見て行くと――あった!

 ここで「にら」の登場だ。

 これまた完売前の最後の一個だったのでありがたく、にらを購入。

 小布施町に寄った甲斐があった。



 ということで、中野市にあるルートインホテルさんに入ったのだが。

 手持ちの新種のフレーバーは「のびろ」「うど」「にら」、そして野沢菜が三個。

 今日、新種を二個食べるか、明日の朝に二個食べるか……。

 無難に賞味期限順に食べる事にした。

 なので「うど」「にら」が夕食。

 しかし、言ってしまうと「ふき」くらい苦みとかのアクセントが無いと、山菜系はなんだか全部、調味料の具合で完結してしまうのが困る。

 非常に雑な表現だが野沢菜と大差ない。

 野沢菜以外のものをせっかく見つけたというのに、だ。

 強いて言えば「にら」は美味しかった。

 小麦粉の皮に「にら」特有の風味。具は醤油で味付けされていて、要するに餃子。

 巨大な丸っこい餃子(あるいは点心のにらまんじゅう)を食べている感じで、野草続きだったところに「にら」の登板は非常に新鮮だった。


 翌朝はもはや野沢菜を食べることに意欲を失いつつある。

 それでも生きてゆくためだ。

 ここは防空壕か、戦争の前線か。

 一所懸命に咀嚼してとにかく飲み込んだ。




 ということで4月26日(水)8:30。

 今日も今日とておやき狩りの始まりだ。


 まずは国道292号線で志賀高原方面へ。

 下高井しもたかい郡山ノ内町にある道の駅「北信州やまのうち」へ。

 農産物直売所がオープンしていたので中を覗くと、何種類かのおやきがあるがどれも食べたフレーバーばかり。しかし地元のお店「白銀屋」さんが卸していた、蕎麦皮の珍しいおやきを発見。黒味がかった灰色の皮が目を引く。

 中身はもちろん野沢菜だけどね。


 そこから少し戻って今度は国道403号線へ。

 木島平きじまだいら村にある道の駅「FARMUS木島平」を目指す。

 しかし営業時間は10時からだった。仕方ない、いったん後回しにしよう。


 さぁ、ここからは千曲川ちくまがわ沿いに走る国道117号線で新潟県との県境に向かう。

 ここも前回通ったルートだが、途中に新しい道の駅「野沢温泉のざわおんせん」が出来ている。

 期待値は大だ。

 まずは一気に北限にある道の駅「信越さかえ」へ。

 

 冷凍もののおやきの中に春の新種「菜の花」を発見!

 でもこれ、いろんな味が混ざった3個パック売りなのだった。

 菜の花をゲットしたいが、最低でも野沢菜と、あと一種類が余計になってしまう。

 ぐぬぬ……仕方ない。

 これはルール上アウトだ。

 途中の千曲川あたりは菜の花が綺麗に咲き誇っていたし、きっとこの先もあるだろうということで、涙を飲んで「菜の花」とはお別れ。


 せっかく新潟県のすぐ近くまで来たのだが、同じ道をまたトンボ帰り。

 ところが事前にパスしておいた道の駅「野沢温泉」はお休み。

「花の駅千曲川」では2個セットばかり売っている。おまけに菜の花が無い。

 だあ~、これはヤバいぞ。


 隣にある地元スーパー「A-COOP」さんの総菜コーナーを見てみると、おやきが販売している。やむなし、緊急用食糧として野沢菜だけ買って帰る。


 この時点で11:10。

 後に回した「FARMUS木島平」に再訪するも、ここではおやきの取り扱い無し。


 さらに南下して「ふるさと豊田とよた」に行くが、いつもの味ばかり。

 県道96号線を野尻湖のじりこ方面に走って「しなの」にお邪魔するが、ここも本日休業。



 なんとあまりにご無体な。

 既に時刻は12:30だというのに、今のところ買えなかった「菜の花」以外は、いつもの野沢菜師匠が2個。

 おまけにこの日の天気は曇りのち雨。昼過ぎから雨足も強くなってきた。

 一気に陰鬱とした重たい空気が車内を包む。

 雨に煙る野尻湖は靄がかかって、遊覧船もスワンも手漕ぎボートも一艘も出ていなかった。そもそも平日だからか観光客が居ない。


 もはや県北部はほぼ調べ尽くした。

 後は鬼無里方面から西に進路を取って、白馬はくば安曇野あずみのを狙うかだが、大きな移動になるもののそこで新種を買える保証はない。

 しょうがない。高速に乗って南へと戻ろう。

 本日のお宿は上田うえだ市に押さえてあるから。


 途中、小布施PAをチェックしたが新しい物はない。

 なのでかろうじてバラ売りされていた、生温かい野沢菜を買って昼ご飯にする。

 念のため歩いて隣接する道の駅へと向かったが前日と変化無し。

 今度は松代PAに寄ったが、こちらも新種は見当たらない。こちらでも朝夕食用の野沢菜だけいっこ買う。


 まずい、まずいぞ。

 気づけば保冷バッグの中には野沢菜が3個というカオスな状態に。

 もはやBIG3で大ベテランで大御所という希少価値はない。

 浅草の演芸場のように師匠クラスが大渋滞しているではないか。


 

 ともかく坂城さかきICまでやって来た。

 ここからは一般道にスイッチして、国道18号からバイパス線に乗る。

 こちらも前回お邪魔した道の駅「上田道と川の駅」だ。

 ところがここは「切り干し大根」と「なす」だけであとは売れてしまったのか不明だが、いずれにせよ新味は無い。


 国道143号線で西に向かい、小県ちいさがた郡青木村の道の駅「あおき」にお邪魔する。

 うーん、何軒か村のおやき屋さんが卸しているのだが、新しいものはない。

 そんな中で目を引くものが。やたらと皮が茶色いおやき。これはいったい?

 どうやら青木村で栽培されている杜仲入りだという。

 それってあのお茶で有名な杜仲か。

 そしたら昼ご飯が小布施の野沢菜一個だけだったので、このおやきを食べよう。


 杜仲が含む成分には健康効果が複数期待できるスーパー食品なのだが、中身は相変わらずの野沢菜。もはや修行僧のように黙々と食べる。

 空腹感はあるのに、食事はしたくないと身体が言う事をきかなくなってきた。


 さてさて。

 ここからは少し寄り道をすることにした。

<信州の鎌倉>と評される塩田平しおだだいらを散策したかった。その中でも一番メジャーっぽい別所べっしょ温泉に寄る。

 すなわち門前町で温泉街なら、おやきを取り扱う土産屋ゾーンもあるだろうから。


 結果として無かったけどね。

 というか平日で雨天で午後3時半過ぎだもの。

 逆に開けてるお店の方が少ないよ。

 観光客なんて、まばらを通り越してほぼ皆無だった。

 そうかと思えばこれからお宿にチェックインするぞっていう車は多かった。


 しかし雨のそぼ降る中、傘を差してそぞろ歩けば気分は確かに京都や鎌倉に居るような気にはなる。不思議なもので古刹のある町って雨天が億劫にならないのよね。

 こうして雨に打たれるお堂やお社も絵になるから、ありがたいものだ。

 ちなみにたまたま地図を見て寄っただけなのだが、こちらの北向観音は善光寺だけだと片参りになると言われるほどにご利益のあるありがたいお寺らしい。

 なんと、私はこれで善光寺と北向観音。両参りを済ませたことになる。


 でもこれで良い事あるといいな、なんてことすら思わなかった。

 もはやこの世は無常と諦観。

 現世うつしよにある衆生の欲望など、御仏の前では些末なことなのだ。

 おまけに保冷バッグには朝夕ぶんの野沢菜が3個、今日食べた野沢菜4個という、野沢菜曼荼羅が私の中の小宇宙を鮮やかな緑に彩る。



 16:00。

 レトロな風情漂う別所温泉を後にして、県道177号から同65号へ。

 上田市街を目指す。

 いちおう上田だって新幹線の停まる駅だし、前回2016年にはエネーチケーの大河ドラマ「真田丸!」で一躍メジャーになった街だ。

 おやきのひとつくらいはあるだろう、と思っていたのだが。

 駅から商店街、城址公園まで歩くもそれらしい店は見当たらず。

 観光案内所でパンフレットをゲットしたが、おやきを扱う店はほぼ無い。


 駅前に戻って土産物屋や駅売店を覗いたが、冷凍ものアソートパックばかりでバラ売りや新種の姿は無かった。どうにも私は六文銭とは相性が悪いみたいだ。いわゆる関東住まいの私は所詮は天下分け目でも東軍なのだな。


 時刻は既に17:30。

 ぼちぼち店も閉まり始めており、ホテルに向かう準備をしないといけない。

 地元スーパーで例によって地ビールと地酒とワインを購入した。

 ついでに総菜コーナーで野沢菜を1個買い足す。

 いや、これじゃ足りないよ。

 さらにスーパーをはしごして、何とかもう1個野沢菜をゲット。


 そうして手元には夕食、朝食用に購入した計5個の野沢菜。

 ついに新フレーバーが無くなった。全て野沢菜だよこれ。

 そうして悪夢の一夜が始まるのである――。

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