第28話 濫入者 -gatecrasher-

 図書室に不釣り合いな音が、響いて目を丸くする。


 乱暴に開け離れた戸、足高に靴音を鳴らす黒いライダースーツの集団に、誰もが唖然としてしまった。


「なんなの、あなたたちは?」


 毅然とした姿勢で侵入者に不快感を示す司書教諭。こうしている間も感覚通知ナンバリング・リンクスがきんきん、うるさい。その意味は――。


(……先生、ダメっ!)


 思わず、飛び出しそうになる私の手を引いたのは、ゆかりちゃんだった。

 その瞬間――。

 ライダースーツ達が、右手を寸分のズレもなく、前へ掌を付き出す。


 だんっ。


 何かと衝突する音がしたかと思えば、机や椅子が吹き飛んだ。何が起きたのか、私を含めて、この場にいる全員が理解でき……。


 ――ゴ注意クダサイ。【サイコネキシス・バレッド】ヲ検知シマシタ。


 そんな音声が脳裏に響き、思わず首にかけたペンダントを握りしめる。これが爽君が言っていた、developerデベロッパーによるリアルタイムサポートキッド――RSKラスクなんだって理解するが、しっかり頭の中で整理できるかは別問題で……。


「へ? 爽君? サイコネキシス・バレッド?」

「ひな先輩と水原先輩がつながっているのを見せられるのは、ちょっとや面白くないけど……念動力弾サイコネキシス・バレッドね……了解。警戒するっ」


 ゆかりちゃんが、ちょっとむすっとした顔を見せたかと思えば、すぐに切り替え、表情を引き締めるのは、流石。


「……ひな先輩」

「あ、うん」


 ゆかりちゃんに促されて、コクンと頷く。爽君に伝えなくちゃ――。

 爽君と交わした約束のうちの一つ。

 もしサンプルと遭遇しても、自分達だけで判断しない。


 ――絶対に、俺を頼って。


 指示コードはシンプル。だから、ペンダントを両手で握りなおす。このペンダントは音声通話の他にも位置情報と感覚通知も発信できる。


 音声通話は電波を利用するので傍受される可能性が高い。一方の感覚通知は距離の制限はあるが、遺伝子情報を基に多重暗号化するので、盗聴は不可能だ。

 複雑な文章は難しいけれどね、って爽君は笑う。この感覚通知を応用することで、私の体温や脈拍――生命兆候バイタルサインも検知できるらしい。


 ――通常はオフにするけどね。だって、監視しているみたいじゃん?


 律儀だなって思う。隠して良い情報だと思うのに、爽君は躊躇わずに教えてくれた。


 ――だって相棒でしょ?

 爽君は笑って、そう言う。


 ――ひなたが望むなら、不要な機能は削除するけどね。


 あの時、そう投げかけられて、私は首を横に振って否定した。爽君は私をサポートする支援型サンプル。この学校に転校してから、どれだけ爽君のサポートに助けられたことか。そんなデバッガーが、私をサポートするうえで必要なデータなら、拒む理由なんかない。


 むしろ実験室ラボ時代に実験されていた時に比べたら、爽君は本当に優しい。だって、彼は私にしっかりと情報を開示してくれるから。


 あの頃の私には自由なんてなかったから。検査、稼働試験、負荷試験、 調整、一時休止を繰り返して――。


(……痛い)



 あの頃の記憶を思い返す途端、頭痛が私を責め立てる。思考が拒否するかのように、断片的なイメージが浮かび上がる度に、痛みで視界がチカチカして――あっという間に消えていく。


 その一瞬、一瞬の映像に。

 消えていく行間に。


 爽君が、ふんわりと笑む。

 あの笑顔を、垣間見た。


 爽君が手をのばしてくれた。

 だから――幼い私も、迷いなく手をのばす。


 あの時は、父よりも母よりも……爽君の存在が生きる糧だった。


 その彼とまた出会えた。そう思うだけで、頬が緩む。運命って言葉で片付けたら、照れくさいけれど。私にとっては、運命以外の言葉が思いつかない。ボキャブラリーが貧困だなぁって、自分でも思うけれど。

 その少年が、私に投げかけてくれたんだ。


 ――ひなたは、実験室とどう向き合う?


 ゆかりちゃんとの出会いは、本当に偶然だった。結果的に彼女の能力上限稼働オーバードライブを止めることができたけれど、私自身が意図的にコントロールできたわけじゃない。


 今回の羽島投手にしてもそうだ。ゆかりの能力上限稼働オーバードライブを止められたことで有頂天になっていたように思う。


(ワタシにはダレかをタスけるチカラがアルんだ!) 


 でも、結局のところはどう? って聞かれたら。


 羽島投手を止めることができず、国民国防委員会に攫われた。挙げ句の果て、余力ゼロでゲームオーバーしていた可能性があると、茜さんに言われて、初めて気付く始末。


(情けない……)


 でも嘆いている余裕なんかない。羽島選手の娘さん――みのりちゃんを救出することができた。何よりそれが一番、大事。爽君が肯定してくれた。


 彼女は現在、宗方家に居候をしている。お母さんが協力してくれた。落ち着くまで、匿うことにしたんだ。


 ――みのりちゃんのことは任せて♪ 元シャーレの本領発揮、見せちゃうゾ?


 とお母さんは細い腕で力瘤を作るポーズ。不安に駆られるけれど、他に信頼できる人もいないので、ココは頼るしかない。


 ――ひなたには、ひなたにしかできないことをすればいいのよ。

 そう、お母さんはにっこり笑って言う。


 みのりちゃんは、無言で私の手を握ってくれた。正直、彼女の気持ちを考えたら『ワケが分からない』というのが、本音だと思う。私だって、自分の人生がよく分からない。実験室? 勝手に実験をしていたら良いのに。投げやりにそう思ってしまう。


 でも――。


 自分には少なくとも、チカラがある。望んだコトは一度だってないし、憎むことの方が多かったチカラだとしても。


 私は、ペンダントを握る手に力をこめた。


『ジッケンシツ ト ソウグウ』


 ペンダントを通じて、爽君に感覚通知ナンバリング・リンクスを送る。


『スグイク。ソレマデ耐エテ。可能ナラ各個撃破ヲ』


 すぐに返信が返ってきて――変なの。メッセージを繰り返し、心の中で読み上げただけなのに。それだけで、力が湧いてくるなんて。この感情キモチを悟られないように、ゆかりちゃんに感覚通知ナンバリング・リンクスを送信する。


 指示コードは理解した。


 だから、目の前のライダースーツに対しても不思議と臆さずに、真っ直ぐに見やる。ライダースーツの一人は端末タブレットを取り出し、私とゆかりちゃんに視線を送る。


「例のサンプルに間違いない。プランAに従い捕獲せよ」


 黒スーツの一人が声を張り上げる――。

 その前に、私とゆかりちゃんは行動を起こすため、ステップを踏んだ。




「いこうっ」

「いくよっっ!」


 私たちの声が図書室に響いたんだ。

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限りなく水色に近い緋色 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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