第27話 水原爽⑤ -Multiple PlaybackⅡ-



  ――Stop playing(再生停止)

 ここで姉さんが、映像を停止させた。


「……少し映像を戻すよ」


 姉さんは、無造作に、キーボードを叩く。ぐるんと、動きは逆回転していく。

 パチン、パチン。

 さらに、キーボードを叩く。


 映像が、そこで止まる。カタカタカタカタ――さらに、姉さんはキーを打ち込んでいく。入力されたプログラムの羅列が、津波にようにスクリーン上に、氾濫していった。


不可視物理防御壁ファイアーウォールを爽君が張るのは予想の範疇だったんだけどね。君って、宗方さんに過保護だし」

「う、うるさいなぁ」


 姉さんは、俺の反応がよっぽど楽しいのかにんまり唇を綻ばせている。


「……ただ枚数が三十枚は、ちょっと少ないんじゃないかな? 余力がほとんどなかったってことだよね。今回の作戦立案、戦況把握、指示命令系統にやっぱり課題があるって思うんだよね」


 うげっ、ってなる。さらにお説教だった。


「それは昨日散々聞いたし、反省したでしょ?」

「お詫びとお礼のチュー、まだされてないけど?」


 何を言ってるんだ、この姉。もとい研究者――そう思って、あきれ顔になった俺は決して悪くない。


「弟にお詫びとお礼のチューを要求するんじゃありません」

「ボクからしてあげようか?」


 チューって、キス顔作るの止めなさい。全ティスプレイに、わざと映すんじゃないの。呆れた俺は、非接触接続でプログラムを解除する。


「爽君のいけず~。宗方さんとなら、即決のクセにっ!」

「……い、今はその話はどうでも良いだろ?!」


 か、顔が熱い。つい、ひなたとキスをする自分を思い浮かべて――思考がフリーズしてしまう。


 ▶developerデベロッパーより、報告。debuggerデバッガーの体温が1度上昇。顔面紅潮が顕著ですが、ウイルス感染は認めていません。


「お前も黙って!」


 この場にいないデベロッパーにも、八つ当たりだった。


「……その様子だと、まだなんだね」


 姉がさらにニヤニヤするのが、腹ただしい。


「だから、何の話さ?!」


 完全に姉さんに弄ばれていた。


「そりゃ、kissきっちゅ💋の話だよ。爽君が意外にウブで安心したかな。宗方さん、鈍感っぽいし、これはお姉ちゃんにも勝機があるね」

「あるワケないでしょ!」


 仮に姉じゃなかったとしても、恋愛対象としてはご遠慮したい。この人に何一つ、

太刀打ちでき気がしないのだ。


「爽君が冷たい。およよよよ」

「わざとらしい嘘泣きは止めて欲しいんですけど?」

「と言ってる間に分析終了」


 疲れる――と脱力している場合じゃなかった。スクリーン上で、文字の羅列が止まる。映像の中では、ひなたと姉さんが衝突寸前――接点ギリギリの所で青白い光が明滅しているのが見えた。


「ちなみに爽君のファイアーウォールがこれね」


 と姉さん側に緑色の光が明滅するのが見えた。

 俺は無言で、画面上の光を見やる。その意味を理解して、俺はつい頬が緩むのを感じる。


「実に興味深いよね。この青い光、重力検知のシグナル……なんて爽君に説明する必のは今さらだよね」


 姉さんは、この間も、キーボードを叩き続ける。まるで、パーカッション奏者とも思うが、この間も無数のプログラムが行使され、実行されている。


「擬似重力による防御壁のように見えるけど、そうじゃない。彼女は本能的に攻めに

出ていたんだよね。初撃を重力で無力化させた上で、標的をさらに重加圧することで、間髪入れずに叩き潰す。そうでなければ、重力変動帯の広さを説明できないもんね。まさしく速攻の反撃カウンターだよね。ますます、面白い。これをまともに直撃したら、骨を叩き潰されるぐらいじゃすまなかったかもね」


 むしろ、楽しそうに笑む。


「……問題なのは、これが潜在的本能なのか、能動的意思決定なのか。どちらにせよ、研究対象としては興味深いと言わざる得ないね」


 それこそ、今さらだ。姉さんは、研究者・スピッツとシャーレと共同研究をしていたのだ。その能力スキルの想定内の成長を確認したに過ぎない。


「多分……ひなたは両方だよ」


 だから、俺は【想定外】だろう、事実を突きつける。今のひなたは、実験室ラボで受動的に――受け身のまま、実験に身を投じていた、あの時とは違う。そう言い切れる。


「ん?」


「ひなたはまだ自分の能力を知らない。俺自身、サポートしていて、全容が掴めていないよ。正直、時間が足りないって思う。でも、能力スキルの行使は.受動的じゃなかった。間違いなく、ひなたの意志だから。俺はひなたの支援型サンプルとして、心底、接続リンクしたいって思ったよ」


 明らかに違うんだ。能力スキルに呑まれるか、自分のために行使するかでは。サンプルにとって、この差は大きい。


 そして姉さんの目的を考えれば、ひなたの存在スタンスはデメリットにならない。実験室から、生き残るためにも【彼女達ひなた】をサポートする必要がある。それこそが、本当の意味で俺の仕事なんだって思う。


「ふぅん」


 姉さんはスクリーン上のデータを眺めつつ、次の作業に移ろうとしていた。画面には数多の文字の羅列が走り、そして消え、流れていく。


「……いいんじゃない? どっちにせよ実験室をぶっ潰さないと、ひなたちゃんには未来がないわけだしね」


 そう言いながら、姉さんは俺に射るような視線を向ける。言いたいことは理解している。俺は目を逸らさず、見返した。


「――その為には君達はまだ力不足。 【調整】コーディネイトも必要だけど、それ以前に【 基底増強】スペックアップが必要なのは理解しているよね? だったら、今後も実戦演習を繰り返すこと。そして、爽君が作戦の立案をする。いい? 今の宗方さんで勝てる作戦立案を、だよ? できるよね?」


 俺がコクリと頷いた――その瞬間だった。

 ぞわりと、背筋を逆撫でされたような感覚を検知する。


 外部から体内に、無断侵入されたかのような不快感で――全身が沸き立つ。


 実験室の能力者、特有の感覚検知。ナンバリング・リンクスだった。サンプルが近場で能力スキルを行使したのは間違いない。

 俺は首にかけていたペンダントを握る。


生命兆候バイタルサイン、問題なし。



 とりあえず、ひなたに異常は無いのを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。


「爽君、【デベロッパー】から緊急メール来てるね。ナンバリング・リンクスは?」

「来た」


 それだけ利けば十分。ひなたの元に駆けつけようと――して。俺の手をぐいっと、姉さんは引っ張っる。


「君って子は……宗方さんが絡むとどうして冷静じゃなくなっちゃうかな」


 心底、呆れたと言わんばかりに、俺を見る。


「今、そんな事言ってる場合じゃ――」

「場合だよ。ナンバリング・リンクスの感知条件を言ってごらん」


 気持ちは焦るが、小さく息を吸って、呼吸を――思考を整える。


「……実験室サンプルによる能力稼働状況を表す。実験室サンプル同士の連携の為の感覚通知機能の残渣でもあって……」


 支援型サンプル開発の恩恵だ。無線通話テレパス感覚共有シンクロニティーをサンプル同士で行うことができる。しかし、その反面……サンプル同士であれば、相手の行動が筒抜けになる場合があるのだ。実験室内部であれば、デメリットにはならないが、対峙すると決めた俺達は別だ。


「まだあるでしょ?」


 姉さんは、微動だにせず、視線で俺を射る。理解した俺は、コクンと頷いた。


「特化型サンプルであれば、リンクを抑えることは可能。でも廃材レベルはナンバリング・リンクスを抑えられない」


 ようやく及第点なのか、姉さんはニッと笑んだ。


「うん、正解。付け加えると、量産型サンプルもそうなんだけどね。つまり、ナンバリング・リンクスはあくまで参考情報だけれど、これが何を意味するのか、爽君なら分かるよね?」


 量産型サンプルの稼働を見る、一つの指標となる。


「了解」


 頷きながら、developerデベロツパーとリンクする。得られる情報は全て、収拾し戦略を組み立てる。爽がすべき任務は、すでに始まっているのだ。


「実験室の監視システムへのハッキング終了、っと」


 パチンと、姉さんはキーボードを叩く。


「随分、好戦的だね――爽君、動いたのは【国民国防委員会】だよ。ま、これぐらいの情報提供サービスは良いでしょ? 後は爽君の思うがままにやっちゃって」


 ニッと姉さんが笑う――その瞬間だった。





■■■




 ひなたからの感覚通知が響く。


『ジッケンシツ ト ソウグウ』





■■■




『スグイク。ソレマデ耐エテ。可能ナラ各個撃破ヲ』

 そう返信して、俺は旧情報処理室を飛び出した。



 ――加速ターボ

 能力スキルを迷わず、行使する。



 片手で、スマートホンを操作しながら、現在進行形でdeveloperと、情報の共有を行う。【ブースト】を行使し、思考をデュアルコアで分析しながら。




 ――がんばれ爽君、宗方さん。


 そんな姉の呟きが聞こえた気がしたけれど。

 その声は、もう風になって溶けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る