05 重力の井戸

「ウチの姉貴あねきが、パートで

 手伝てつだってくれるそうっす。」



「ほんと? いいの?」



丸井くんはいい子だ。

丸井あねもきっといい人かもしれない。

人事に関わらないから知らないけど。



丸井くんの口調はやや軽薄けいはくだが、

俺が頼んだ仕事はやってくれるし、

自他じたに関わらず失敗したら支援しえんもする。



普通と言ってしまえばそれまでだが、

普通のことができる人はそうそういない。



なにより俺より体力がある。



給料を上げてやりたいが、

課長という肩書きはあっても権限けんげんはない。

俺も給料は上がってない。なぜ…?



姉貴あねき性格せいかく的に、

 阿畑あはたさんと相性悪いと思うっすけどね。」



「ビールびんなぐるような姉さんだろ?」



悪役あくやくレスラーじゃないっすよ。」



セクハラを受けて、その親戚しんせき

酒をぶっかけた人だった。

普通ではなさそうだ。



「事件起こさなければいいよ。」



姉貴あねきはずっとバンドやってたんで、

 ドラムスティックでっつかれるんす。」



「へぇ、ドラマー? たのもしそうだ。

 それでウチでパートとか…、

 めちゃったの?」



「メンバーがみんな結婚して

 解散って愚痴ぐちってたっすね。

 ヘルプもないんでひまだそうっす。」



そんな丸井くんの姉というのは、

遠目に見ても驚くほど赤い髪をしていた。



丸井あねふくむ新入りのパートさんらに、

梱包業務を教えるのは阿畑あはたの仕事だ。



だが丸井あねけんのある容姿に阿畑あはたひるみ、

いつも以上にぼそぼそとしゃべり、

いつも通りに失敗を繰り返した。



その度に誰にでもなく舌打したうちをするのだが、

新人の彼女は気にもせず手際てぎわよく仕事をし、

パートの先輩たちにも評価されていた。



丸井あねは同期である新入りのパートにも

業務を共有きょうゆうするため、動画撮影をし

マニュアルを作り、業務時間外でも

復習ふくしゅうできるようにしていた。



「そんなのダメだろ! 機密情報きみつじょうほうだ!」



「それ言うなら、個人情報こじんじょうほうっすね。」



と、阿畑あはたは丸井あね本人にではなく、

荷降ろし中の弟の丸井くんに息巻いきまくのである。



「どうなんすか? カケルさん。」



きょう一番デカい声の阿畑あはただが、

どうやら興奮こうふんしていてトラックの荷台にだい

俺がいるのをお忘れのようだ。



「会社の機密きみつはパートには扱わせないし、

 少人数でまわしている現状の業務が、

 少しでも早く改善かいぜんされるなら

 会社としてはなにも問題ありません。

 個人情報こじんじょうほうの取り扱い程度なら、

 秘密保持ひみつほじ契約書けいやくしょをパートも

 当然、読んでサインもらってます。

 阿畑あはたさんがその動画を確認して、

 許可を出せばむ話ですよね?

 もし、勤務態度きんむたいどに問題があれば、

 持ち場をはなれて無関係の部下をめないで、

 彼女を採用さいようした上長じょうちょうに相談すべきです。

 で、つたえておいた梱包材こんぽうざい発注はっちゅう

 やってくれましたか?」



「チッ!」



阿畑あはたはうめきごえのあと反論はんろんもせず、

素直に舌打したうちによる返事をいただいた。



しかしこれもパワハラになるので、

次回の研修できびしく言っておこう。



めまくりっすね、カケルさん。」



「いやでも、すごいな、姉ちゃん。

 マニュアル作る発想と胆力たんりょくが。」



義理ぎりなんすけどね。」



「へぇ。」興味なさそうにするのが一番だ。



姉貴あねきは親の再婚相手の連れ子だったんすよ。

 俺と違って頭はめっちゃいいっす。

 有名進学校かよってたくらいに。」



「それがドラマーに?」



「再婚するときに姉貴が反抗期はんこうき

 警察に補導ほどうされて、うちのオヤジが

 趣味だったドラムを教え込んだんすよ。

 普通の高校に編入へんにゅうさせてまで。」



「わははっ。おもしろっ。

 丸井くんはやらなかったの?

 ギターで親父おやじなぐるとか。」



「んなことしませんって。

 ギターないし。あんのかな?」



ギターの有無うむはどっちでもいい。



「丸井くん、反抗期はんこうきどうだった?

 想像つかん。」



「反抗期の姉を間近まぢかで見ると、

 そんな気起きないっすね。マジで。

 カケルさんはあったんすか?

 反抗期はんこうき。」



「親にはめちゃくちゃ反発はんぱつしたな。」



「なにしたんす?」



「中学のときに買ってもらった

 スマホくして、そのばつでずっと

 キッズスマホ持たされたんだよ。」



本当はスマホを盗まれたのだが、

説明も面倒なのでだまっておいた。



「ひっでーっすね。

 だから親の会社がずに、

 ITアイティ系行ったんすか?」



「あまり関係ないかな。

 嫌なことあってもだいたい忘れてるし。

 じいちゃんとばあちゃんが

 立て続けにくなって、

 反抗期とかどうでもよくなった感じ。

 とはいえ地元にいるのが嫌で、

 就職は遠くを選んだわ。」



「んでも戻ってきちゃったんすね。

 そういうとこ、姉貴あねきと同じっすね。」



秀才しゅうさいでドラマーになったロックな丸井あねと、

馬鹿なバスケ部員からIT系で地元を離れた

正反対な俺の、一体どこが似ているんだ。



結局地元に帰ってきてしまったのだから、

似たようなものか…。



にしても、地元という重力は、

どこにでもあるのだろうか…。



 ◆ 06 記録と記憶 につづく

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