06 記録と記憶

「私、やってません!」



「じゃあなんでいんだよ。」



「わかりませんよ。

 でも在庫確認は、阿畑あはたさんの仕事です。」



「いや、昨日確認したときは

 ちゃんとあったんだよ!」



商品の欠品けっぴんがふたたび発覚はっかくした。



入荷して注文を受け付けたが、

発送の段階で欠品が起きる奇跡ミラクル

もしくは単純にエラー。



これを阿畑あはたがパートのせいにするので、

そんなときがあれば俺を呼び出してと、

受注担当の先輩社員らに頼んでおいた。



今回は、丸井あねに責任を押し付けていた。

あんなに臆病おくびょうだったのに成長したものだ。

方向性が間違っているけどな。



阿畑あはたは女性相手だと強気つよきに出るので、

職場の割り当てそのものが間違いなのだ。



しかし俺はホッとした。



「殴り合いが始まってなくてよかった。

 で、どうしたんですか?」



「この新入りがぬすんだんだよ。」



「私が取ったって、根拠こんきょあるんですか?」



「逆ギレするな!」



在庫管理の阿畑あはたに責任はあるが、

問題を無視してきた会社にも責任がある。



阿畑あはたさん。」



「なに!」



「あれ。」俺は天井てんじょう指差ゆびさす。



天井に貼り付いた白色の機器。

機器の中央には半球状のレンズ部分が見える。

照明器具ではない。



以前、専務せんむにお願いして休日に導入どうにゅうしたが、

パートが大量にめて間もなく

あわただしかったので気づく人は少ない。



「なんだと思います?」



「もしかして、カメラ?」



丸井あねがぼそりと言った。



「何度もおんなじトラブル起こして、

 僕が無視してると思います? 阿畑あはたさん。」



さきほどまでの威勢いせいはどこへやら。



俺を嫌っているだけなら普段は

舌打したうちで返事をするが、

なにもしゃべらなくなってしまった。



「で、これがWi-Fiワイファイ対応。あのカメラの映像は、

 このスマホからでも見られるわけですよ。

 そりゃ機密きみつや顧客情報は渡さないけど、

 阿畑あはたさんやパートさんにゆだねるのは

 大事なウチの商品ですからね。」



動画を開こうとしたが、

阿畑あはたは俺からスマホをひったくり、

鬼の形相ぎょうそうで床に投げつけた。



「あっ!」



「知るか! こいつがやったんだよ!」



「そうやって証拠隠滅しょうこいんめつはかろうとしたわけだ、

 スマホにしか動画がないと思って。

 クラウド保存されてるんで、

 物理破壊ぶつりはかいしても無駄むだですよ。」



「チッ!」



阿畑あはた舌打したうちして脱兎だっとのごとく逃げた。



見事みごと職場放棄しょくばほうきっぷりに、その場の誰かが

なにかを言うのを待ったほどに。



「すみませんでした。おさわがせして。

 阿畑あはたにはこちらからきびしく言いますので、

 残っている作業を進めてください。」



「いえ、その、ありがとうございます。

 私のせいで、ご迷惑を…。」



「迷惑かけたのは阿畑あはたの方だからね。」



丸井あねはその違和感いわかんに言葉がまごついていた。

そう思っていた。



「あっ、あーっと…、尾鳥おとり?」



「はい?」



この会社の社長は尾鳥おとり

社長夫人も尾鳥おとりであれば、

その息子も尾鳥おとりである。



「私、束刈たばかり。中学一緒だった。」



「たばかり…丸井くんのおねえさんでしょ?」



「いや、ウチは高校で母親が再婚して、

 苗字みょうじ変わったんじゃん。」



丸井くんから同じ話は聞いたが、

束刈たばかり家のそんな事情は知らない。



「へ? へぇー。げっ…。」



思いがけないかたちで、

俺の過去を知る人物に遭遇そうぐうした。



前の会社に夜逃よにげされたときのように、

頭から血の気が引く。



青い記憶がよみがえり、いまから阿畑あはたの後を

追いかけて地元から逃げたくなった。



「なんだ、ここって尾鳥おとりの会社だったんだ。」



重力というやつはこれだから厄介やっかいだ。

俺は重力にしたがい、スマホを取るべく

ゆかくずれ落ちた。




 ◆ 07 転がるふたり につづく

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