02 見えてる地雷

阿畑あはたという中途ちゅうと採用さいようの社員がいる。



勤続きんぞく年数は10年とそこそこ続いているが、

役職はパートの仕事管理という閑職かんしょくで、

俺が挨拶あいさつをしても返事をしない。



挨拶くらいはまあいい。業務と関係ないし。



いまどき人間関係重視とか言い出せば、

体育会系の脳筋のうきん野郎だと思われかねない。



同じ会社の従業員であろうと、

ストレスにならない程度の

適度な距離感は大事だ。



年始にいきなり社長のせがれがやって来て、

課長という肩書きなので不満があるらしい。

とは、偉大なる先輩、丸井くんの偏見へんけん



課長という役職を与えられた俺には、

威厳いげんどころか肩書かたがき相応そうおう権限けんげんさえない。

しかし面倒なので誤解を解く気もない。



業務全体の仕事の流れを把握はあくするため、

阿畑あはたさんの仕事も確認しなければならないが、

その仕事はなんとも効率が悪くミスが多い。



「これ、修正れですんで、

 阿畑あはたさんがちゃんと見直してください。」



「あぁ? なんで?

 パートに言っといたのに…。」



阿畑あはたさんは常にぼそぼそと

可聴域かちょういきギリギリの音圧おんあつ

しゃべるので聞き取りづらい。



ほかの従業員はれているそうだが、

読唇どくしん術の講座でも受けるべきか。



「いま言っている修正指示に、

 パートさんは関係ありません。

 僕は管理者の阿畑あはたさんに言ったんです。

 よろしくお願いします。」



「チッ!」



ぼそぼそした返事の代わりに、

よく聞こえる舌打ちをいただく。



阿畑あはたに間違いを指摘してきすると、

その都度つど言い訳を並べ、

パートに責任転嫁せきにんてんかをする。



彼には自身の認識のあやまちをただし、

勤務態度を改めて貰うのが恒例こうれいとなった。



同じことは何度でも言葉を変え、

相手に理解されるまでねばったほうがいい。



指摘して修正したはずの在庫の数字は、

阿畑あはたというクラウド事業者をかいすと

修正前に戻る同期どうきズレが起き、

俺の残業の主な要因よういんともなった。



社長は彼の尻拭しりぬぐいを、

俺に押し付けたのではなかろうか…。



10年勤務していてあの様子では

解雇かいこした方がマシな気がするが、

注意欠陥ちゅういけっかんなどの可能性もあり、

馬鹿な俺でも気軽にみはしない。



採用した人事が悪い。

つまり専務か、社長になるが――、

現在の責任者は俺なので不問ふもんとする。



春が近づき会社が繁忙はんぼう期に入ると、

俺は忙殺ぼうさつされ阿畑あはたどころではなかった。



それでも通常業務時間は6時間と短いので、

徹夜てつや続きで夜逃よにげされた以前の会社とは

比べるまでもない優良ゆうりょう企業である。

悪徳企業にだまされていなければ…。



いそがしくとも仕事を覚えてくると、

効率こうりつ化を進める余裕よゆうができる。



在庫の確認という阿畑あはた任せの仕事も、

入荷と注文・発送の状況から、

数値のおかしな点はすべてAIエー・アイ

評価させる仕組みをしれっと導入した。



こうした効率化は得意だが、

説明すると仕事が増やされるので、

誰にも広めないのが労働のコツである。



たとえ阿畑あはたに教えたところで、

知恵ちえにはならない。



必要以上の面倒めんどうには関わりたくはない。

特にパートの中には、同世代で主婦もいる。

やぶをつつくも同然どうぜんだ。



阿畑あはた阿畑あはたで、パートに指示を出し、

業務を管理する役目やくめがある。



不可侵領域ふかしんりょういきだ。と、自分を納得なっとくさせる。



利口りこうな過去の自分のおかげで俺は、

自分で自分の首をめることになった。



 ◆ 03 専務の椅子 につづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る