第4話

「申し訳ない!!」


 直角で頭を下げる遠坂に、青野は困惑していた。

 行動の早い生徒会長。問題事を後回しにしない優秀な生徒会長。

 彼は仕事だけでなく、プライベートにおいても、そのように行動していた。

 マシュマロの意味を知った彼は、翌日すぐに青野を呼び出して謝罪した。


「ホワイトデーのお返しに意味があるなんて、本当に知らなかったんだ。他意は全くない。不快にさせたのなら悪かった」


 心底後悔している様子の遠坂に、青野は苦笑して答えた。


「まぁ、そんなことだろうとは思いましたよ」

「そう言うってことは、やっぱり意味は知ってたんだな」

「……えぇ、まぁ、一応」


 言いにくそうにした青野に、遠坂はずきりと良心が痛んだ。知っていたのなら、あの一瞬は、確かに彼女を傷つけたのだろう。

 彼女は、自分の好みをきちんと把握して、吟味してあのチョコレートを選んだはずだ。だから青野からの贈り物だと気づけた。だと言うのに、自分はなんて軽率なことを。


「本当にすまない……」

「もういいですから、気にしないでください」

「その、マシュマロにしたのは……前に君の頬に触れた時に、感触が似ていたなと思って。それだけだったんだが」


 遠坂の言葉を聞くと、青野は息を呑んだ。


「……それは、他の女性には、言わないほうがいいですよ。血を見ることになるので」

「ん? 他の女性もなにも、マシュマロを渡したのは君だけだ」

「え?」

「他の女性には、皆同じものを渡したが……君だけは、違うものを用意したくてな」


 遠坂の言葉に、青野は顔を赤くした。しかし、何かを振り払うように頭を振った。


「とりあえず、わざわざ弁明に来てくれたってことは、嫌われてはいないってことで大丈夫ですか?」

「あ、ああ! もちろん」

「なら、それで十分です」


 微笑んだ青野に、ほっとして遠坂も微笑んだ。

 それで会話を切り上げようとしたのだが。


 ――『それでも脈があったなら、渡すときに何か言ってくれたと思うの』


 ファミレスでの女子生徒の言葉が、遠坂の脳裏に過ぎった。

 誤解は解けた。しかし、それで伝わったのは、嫌ってはいないということだけだ。

 それで、いいのだろうか。このまま何の進展もなく、またただの生徒会役員として過ごしていくのだろうか。

 名前も書かずに置かれたチョコレート。あれが、控えめな彼女の、精一杯の勇気なのだとしたら。


「好きだ!」

「は!?」

「あ、いや、すまない! 順番が」


 勢いのままに主題を突然口にしてしまい、遠坂は口を押さえた。

 取り繕うように、一つ咳払いをする。


「君のことは、前から気になっていた。覚えていないか、生徒会に入る前、図書室で何度か会っているのを」

「え、ええ。会長は、図書室の利用が多かったですから」

「図書委員の頃から、丁寧な仕事をすると思っていた。君を副生徒会長に推薦したのは俺だ。君になら、仕事を任せられると思った」

「……光栄です」

「そして、思った通り、君は生徒会でも丁寧に仕事をしてくれた。業務だけでなく、俺や他の生徒会役員に対しても、いつも細かく気づかってくれて……居心地が良かった。だから、生徒会の時間以外でも、君が、隣にいてくれたらと」


 うろたえる青野を、遠坂はまっすぐに見据えた。


「君のことが好きなんだ。俺と、付き合ってくれないか」


 告白を受けた青野は、視線をうろうろさせて、窺うように遠坂を見上げて、やがて赤い顔で、小さく頷いた。

 ガッツポーツを作った遠坂が、彼女を抱き締めようと手を伸ばしかけると。


「良かったですねぇぇ会長ぉぉ!!」

「うわっ!? お前どこから湧いた!?」

「おめでとうございます」

「えっ!? ふ、二人とも、いつから見てたの!?」


 飛び出してきたのは庶務だった。その後ろから、ばれてしまっては仕方ないとばかりに続いて書記が姿を現す。


「もう、二人とも、はたから見てたら丸わかりなのに、ずっとじれったくてじれったくて!」

「んな!?」

「丸わかりでしたよ」

「く、繰り返さないで!」


 わいわいと騒ぎながら、生徒会室へ戻っていく四人。その姿は、生徒たちには見慣れたものだった。

 ただ一つ、違うのは。

 生徒会長と副生徒会長の手は、固く繋がれていたことだろう。

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