第3話

「お、わったー!」


 それなりの量の書類を片付けて、庶務は机に伏した。書記も大きく伸びをする。


「二人とも、お疲れさま」


 遠坂は苦笑しながら書類を丁寧に揃えている。遅い時間になってしまったので、遠坂の計らいで青野は既に帰宅している。


「遅くまで付き合わせてしまったな。二人とも、この後少し時間はあるか? 良ければ、何か食べて帰ろう。おごるぞ」

「えっいいんですか? ヤッター!」

「いえ、自分の分は自分で」

「遠慮するな。たまには先輩風を吹かせてくれ」


 三人は、駅近くのファミレスで食事をすることにした。

 家に帰れば夕食があるが、買い食いは別腹だ。ここで食べても、帰ったらまた食べられる。

 各々好きなものを頼んで、学校の話などをしていると。


「ミキ、泣かないでよ。そんな男忘れちゃいなって!」


 隣の席の会話が、偶然遠坂たちの耳に入る。隣に座っていたのは、別の学校の女子生徒が三人。

 どうも、ミキと呼ばれた女子生徒が泣いていて、それを残りの二人が慰めているようだった。慰めている二人は、どこか怒っているようだ。


「だってホワイトデーにマシュマロよこすなんて! ありえなくない!?」


 遠坂が、かしゃん、とフォークを皿に落とした。その様子に庶務と書記も黙りこみ、自然と聞き耳を立ててしまう。


「で、でも彼、知らなかっただけだと思うし。特に、何か言われたわけじゃないし……」

「つまりハッキリは言わないけど察しろよ、ってことでしょ?」

「そこまで意地が悪かったんじゃないとしてもさぁ。よりによって、って気がしない? あんまり選ばないでしょ。相手の好みとか気にしないわけ?」


 だらだらと遠坂が冷や汗をかいている。緊張感が漂う。


「わ、私もはっきり告白したわけじゃないから……! いいの、別に」

「いいの、って」

「うん、なんか、ね。知らなかっただけだとは思うんだけど、でも、二人の言うことも……わかるっていうか。私も、ちょっと、考えちゃったし。だから、縁がなかったと思って、諦めようかなって」

「ミキ……」

「だって、悪気がなかったとしても、それでも脈があったなら、渡すときに何か言ってくれたと思うの。でも、何も言わなかったってことは……深い意味はなかったにしても、やっぱり、私なんか眼中にないってことだよね」


 悲しそうに微笑んだミキを、二人の女子生徒が抱き締めた。


「す、すまない君たち!」


 いてもたってもいられなくなった遠坂が、立ち上がって隣の席に声をかける。


「申し訳ない。会話を盗み聞きする気はなかったんだが、どうしても、その……気になってしまって」

「何ですか?」


 気の強そうな女子生徒にじろりとにらまれ一瞬ひるむも、勇気を出してそのまま続ける。


「ホワイトデーのお返しにマシュマロを渡すと、何か、まずいのか?」

「え?」


 真剣な表情で問い詰める遠坂に、女子生徒たちは目を瞬かせた。


「あ、おにーさんも知らないクチ?」

「やらかしたクチだ!」

「ちょ、ちょっと二人とも!」


 指をさして笑いそうな二人をとりなして、ミキが答えた。


「男性はあまり知らないかもしれませんが、ホワイトデーのお返しのお菓子には意味があって……。マシュマロは『あなたが嫌い』って意味なんですよ」


 その言葉を聞いた途端、遠坂は雷に打たれたような衝撃を受けた。


「あ、し、知らない人も結構いると思いますよ!? みんなが気にしているわけじゃないですし!」


 石像のように固まってしまった遠坂に、ミキが一生懸命弁解するも、耳には入っていないだろう。

 後ろでそれを見ていた庶務は、心の中でひっそりと呟いた。


(やっぱり知らなかったんですね、会長)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る