兄妹じゃいられない
無月兄
第1話
ドーンと大きな音が響いて、空にカラフルな花火が上がる。
今日は地元の花火大会。私は、コウくんと一緒にやってきていた。
コウくんってのは、私の近所に住む、大学生のお兄ちゃん。私より3歳年上で、小さい頃から妹みたいに可愛がってもらってた。
けれど、今は少しだけ、関係が微妙な気がする。
「ねえ、コウくん。新しい浴衣着てみたんだけど、変じゃないかな?」
「あ──ああ、いいんじゃないか」
いいとは言ったけど、実際コウくんは、ほとんど私を見ようとせず、サッと目を逸らされる。
やっぱりこんな反応だよね。わかっていたけど、やっぱり寂しい。
実は、最近のコウくんは、私に対して異様なくらいに素っ気ない。話しかけてもボソッと短く呟くだけの塩対応だし、時々あからさまに目をそらされることもある。今日は一緒に花火大会に来てるけど、これだってあの手この手を使ってなんとか約束をとりつけたものだった。
「人多いから、はぐれるなよ」
「う、うん」
こんな風に言ってはくれるけど、相変わらず目を合わせようとはせずに、心の距離は遠いままだ。
コウくんがどうしてこうなったか。実は、その原因はだいたいわかってる。
今から一年前。コウくんは、当時つきあっていた彼女にふられてしまった。
そして、ここから先は噂で聞いたことなんだけど、そのフラれた理由ってのが、私らしい。
彼女さん曰く、わたしがあんまりコウくんにべったりで、コウくんも彼女より妹分ほ私を優先するとのこと。それに耐えられなくなって、別れを切り出したんだって。
コウくんとの間に次第に距離を感じるようになったのは、そんな噂を聞いて少ししてからのことだった。
私のせいで彼女と別れることになったんなら、そりゃ距離をおきたくもなるよね。
この話を聞いた時は、私も本当にごめんと思った。
だけど、だけどね、ごめんとは思っても、わたしからコウくんと距離をおこうとは思わなかった。
だって私は、コウくんのことが好きだから。
コウくんから見たら、わたしは妹みたいなもの。だけどわたしはそうじゃない。
妹じゃなくて、一人の女の子として見てもらえたら。そう何度も思ってた。
もっとも、今となっては妹分のポジションすら危ういけど。
この花火大会が、また仲良くできるきっかけになったらと思ったけど、それもうまくいかないみたい。
せっかく新しい浴衣を用意して、メイクにも挑戦したんだけどな。
そんなことを考えながら、だんだんと気分が沈んでいく。
けど、その時になって気づく。いつの間にか、コウくんの姿が見えなくなっていた。
「もしかして、はぐれた?」
辺りを見回すけど、人混みのせいでコウくんを見つけることができない。
どうしよう。さっきはぐれないよう注意されたばっかりなのに、こんなんじゃ、今ごろ呆れられてるかも。
ますます気分が沈んできたところで、不意に声を掛けられる。
「ねえ。君、一人?」
はい?
見みると、そこにいたのは知らない男の人が三人。
誰?──なんて、さっきのいかにもな声かけを思うと、さすがに想像つく。
これは、いわゆるナンパってやつ?
「ヒマなら俺らと一緒に遊ばない?」
いや、いやいやいや、嘘でしょ!
こんなの、もっと可愛い子が言われるやつじゃない!
この人たちには悪いけど、モテて嬉しい、みたいなことは思えず、ただひたすら困る。
ここはハッキリ断らないと。そう思ってるのに、上手く言葉が出てこない。
「あ、あの……」
やっと、絞り出すように言いかけたその時だった。
「すみません。この子、俺のツレなんで」
突然の言葉。そして、誰かが私たちの間に割って入ってきた。
「コウくん?」
「はぐれるなって言っただろ」
コウくんは相変わらず私と目を合わせようとせず、声もボソボソとしてて、やっぱり素っ気ない。
だけど私を庇うようにして立ち、ナンパしてきた男の人たちと、正面から向き合っていた。
それを見て、男の人たちはアレコレと話し出す。
「どうする?」
「揉め事になったら面倒だし、引いとくか」
「そこまでして引っかけたくなるような子じゃないしな」
ちょっと! 最後の一人、それどういうこと!
あっさり引き下がってくれたのはいいけど、なんか複雑。
けど、落ち込んでる場合じゃない。コウくんに謝らないと。
「はぐれてごめん。それと、ありがとね」
謝るのと一緒に、助けたお礼も伝える。あんな時だったけど、あの人たちとの間に割って入ってくれて、実はドキッとしてたんだよ。
「こういうところはああいう奴らが多いから、気をつけろよ」
「ほんと、ごめんね。けど、まさか私がナンパされるなんて思わなかったから」
なにしろ私は、そこまでして引っかけたくなるような子じゃありませんから。
さっきの傷が未だ残ってて、ちょっとふてくされながらそんなことを思う。
だけど……
「まさかじゃないだろ。可愛いんだから、少しは自覚しろよ」
「えっ──?」
今、なんて言ったの?
私の耳がおかしくなったのでなけらば、信じられないことを聞いたような気がするんだけど。
次の瞬間、コウくんはハッとしたように目を見開いて、それから激しく慌て出す。
「あっ、いや、その……今のは言葉の綾というか……」
あたふたしながら顔を赤くするコウくん。けど顔が赤いのは、多分わたしも同じだ。
だって、好きな人から可愛いって言われたんだよ。そんなの、嬉しくないはずがない。
もちろんコウくんが言ったのは、妹として可愛いって意味かもしれない。ちょくちょく一緒に遊んでたころは、何度か言われたしね。
でもそれなら、そんなに慌ててるのはなぜ? 顔を赤くしてるのはなぜ? もしかして、期待していいの?
知りたいけど、そんなこと恥ずかしくて聞けないよ。
「と、とにかく、また迷子になられても困る。もう俺から離れるんじゃないぞ」
コウくんは、それまでの慌てっぷりを振り切るようにそう言うと、私に向かって右手を差し出す。
これは、繋げって意味でいいんだよね。
「は、はい」
か細い声で答えて、コウくんの手に私の手を重ねる。
その瞬間、新たに花火がひとつ打ち上がったけど、ドーンという音は、よく聞こえなかった。
だって、それ以上に心臓の音がうるさかったから。
〜コウ視点〜
「あなたにとって一番大事な女の子は、私じゃなくてあの子でしょ」
一年前、別れ話を切り出した時、彼女はそう言った。
何をばかな。確かに、それまで構いすぎって言われりゃその通りかもしれないが、あいつは妹みたいなもの。彼女とは、大事の種類が違う。
ハッキリそう言ったのに、彼女は呆れたように笑うだけだった。
「そう思ってるのも今のうちよ。女の子は一気に可愛くなるんだから。そのうち、子供にも妹にも見えなくなるから」
そんな言葉を最後に、俺と彼女は結局別れた。
それから一年。その間に、あいつは少し背が伸びた。少し大人になった。そして、すごく可愛くなった。
ほんのわずかな間に、妹から一人の女の子へと変わっていった。
今から振り返ると、彼女の言葉はまるで予言のようだった。
けれど、この気持ちをどうしろって言うんだ。
だってあいつは、俺のことを兄みたいなやつとして慕ってくれてるんだぞ。なのにこんな気持ちを向けられてるって知ったら、きっと困る。
だからって、一度芽生えた気持ちは無くならなくて、どう接していいかわからなくなって、気がつけば、いつの間にか少し距離ができていた。
だから、今日一緒に花火大会に行かないかって言われた時は、すごく嬉しかったんだ。
けど、なんだよ。浴衣姿に化粧って。可愛すぎだろ。
おかげで顔もまともに見れなくて、そのせいではぐれもしたけど、今はこうして手を繋いでる。
あと、図らずも可愛いって言ってしまった。
なあ。その可愛いをどういう意味で言ったか、わかってるか?
わかってしまったのなら、その時、俺たちの兄妹みたいな関係は変わってしまうかもしれない。
そう思うと怖いけど、それでも伝えたい。そんな気持ちが、自分の中で少しずつ大きくなっていくのを感じていた。
兄妹じゃいられない 無月兄 @tukuyomimutuki
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