大阪SF 華氏551

輪島ライ

大阪SF 華氏551

 厳重にロックされたセキュリティドアの前で、私は暗号を呟いた。


「551の砲雷が……」


 声紋が認識され、眼前のモニターから音声が発せられる。


『ある時』


 私は満面の笑みを浮かべた。


『ない時』


 私は沈痛な表情をした。


『ええで、入りや』


 表情認識システムによりロックは解除され、小さな機械音声が流れる。私はそのまま開いたドアから基地内へと入った。



「KDCSの完成度はどないや、ナルミ」


 私は研究主任であるナルミに声をかけ装置開発の進捗を訪ねた。KDCSとは「Kansai Dialect Conservation System」すなわち関西弁保全システムの略である。


「8割ちゅうとこやな。ここまで後を付けてきよったのはれへんな?」

「2人ぐらい来よったさかい、ウメチカで撒いたったわ」

「道理でダンジョン言われる訳やな……」


 オオサカ市のウメチカと呼ばれる巨大な地下街は非常に入り組んだ構造をしていることで知られており、私はそこで追跡者を振り切ったのだった。


「こないな会話ができるんもあと1か月かそこらのことやで。せやからKDCSも開発を急いどんねん」

「せやな……」


 ナルミの表情はいたって冷静だが、内心では不安を押し殺しているのが見て取れた。



 西暦21XX年。異星人グロバリアスの侵略を受けて支配された地球では全人類に対し統一言語の使用が義務付けられた。


 統一言語として選ばれた英語は元々国際的に用いられていたため言語の統一は比較的容易に進んだが、地球人の中には来たるべき反撃の日に備えて地球の言語を保全しようとする勢力も生まれていた。私たちが所属する組織「ホウライ551」もその一つだ。


 組織の名はかつて旧日本国の大阪を中心に人気を博していた中華料理販売店に由来し、入室時の暗号もそのコマーシャル映像に由来している。


 グロバリアスの手先となって反乱分子を摘発する中央政府に対して私たちは抵抗を続けていたが、この基地の存在が発覚するのも時間の問題と思われていた。



「そないにこんまい機械に、よう言語情報がインプットできるわ」


 ナルミが手にしている試作型のKDCSを見て私は今更ながらに驚きを口にした。


「えらい皮肉な話やけどな、これもグロ公の技術のおかげやで」


 グロバリアスは圧倒的な技術力を持ち、地球上の核兵器や原子力発電所を全て無力化することで戦わずして地球を屈服させた。既に化石燃料が枯渇していた地球は自然エネルギーに次ぐ第二の動力源を奪われ、迫り来る宇宙艦隊を核兵器なしで撃退することも不可能だった。


 KDCSにはグロバリアスの支配によりもたらされたナノマシン技術が用いられており、KDCSを体内に取り込んだ人間は言語中枢に影響を受けて瞬間的に関西弁を話せるようになるはずだった。


「その試作型、まだ人体には作用せえへんのか?」

「作用するにはするねんけど可逆機構が未完成やねん」

「どういうこっちゃ?」

「要するにな……」


 KDCSは本来、体内に取り込んだ後に拮抗するナノマシンを取り込めばその作用を打ち消すことができる。しかし、試作型にはその機能がないという。


「うちらが目指しとんのはいつでも関西弁が取り戻せる状況やからな」


 ナルミの言葉に私は深く頷いた。



 その瞬間、基地の内部に警報音が鳴り響いた。


「えらいこっちゃ! グロ公の無人メカがこの基地を察知しよった!」


 オペレーターがそう叫ぶと基地は騒然とした。


「なんやて!?」

「オカムラ、自分だけでもKDCSを持って逃げるんや!」


 出来上がっている試作型のKDCSを袋に詰めながらナルミは私にそう叫んだ。


「あかん、俺はナルミを置いて逃げられへんわ」

「せやかて……」


 KDCS計画が発覚した時点で私はこの基地と、そしてナルミと運命を共にすると決めていた。



「何、甘んたれたこと言うとんのや」


 怒りを秘めた声が聞こえ、振り向いた先には研究員の1人であるクロダが立っていた。


「何するつもりや、クロダ」

「グロ公に関西弁を滅ぼされるぐらいやったらこの星も道連れにしたる言うとるんや」


 クロダの左手には、大量の試作型KDCSが入った袋が握られていた。


「そない沢山の試作型、うちは作った覚えないで!」


 ナルミが驚きの声を上げる。


「わいが勝手にコピーしといたんや。目的のためやったら手段なんて選んどれんのや」


 クロダは試作型KDCSの袋を通風孔に擬装された秘密設備に投げ込んだ。


「クロダ! 目的と手段をごっちゃにしたらあかん!」

「知るかいな!」


 私の静止もむなしく、クロダはいつの間にか持ち出していた秘密設備のスイッチを入れた。


 轟音を上げて大量の試作型KDCSが地上へと吸い込まれていく。



「これで、世界は終わりや……」


 恍惚とした表情でそう呟いたクロダの言葉はそれほど的外れなものではなかった。


 通風孔に擬装されていたのは大気超循環システムという。この設備に投げ込まれた大量のナノマシンは瞬時に地球全土に散布され、分解されて空気から人々の体内に取り込まれる。


 私たちはKDCSの完成後にこの設備を使い、地球全土の人類に関西弁を可逆的に習得させた上でグロバリアスに言語統一の中止を要求するつもりだった。


 しかし……





 年月が過ぎた。


「地球政府のヒガシノ首相はやな、何ちゅうか弱腰な気もするねんけど、自分らはどう思うんや」


 深夜のテレビ番組で毎月恒例の討論番組が流れている。


「大したもんやないか。グロ公が英語での言語統一を諦めたさかいおまけに自治権も貰うたんの何が弱腰やねん。タダのティッシュは行きと帰りで2個貰うようなもんや」


 流れ続ける関西弁での討論に私は複雑な気持ちで溜息をついた。


 あの事件の後に地球全土の人類は関西弁しか話せなくなり、グロバリアスの言語統一は想定とは異なる形で実現することとなった。


 不可逆的に関西弁しか話せなくなった人類は自治権を獲得してつかの間の平和を享受しているが、残された書籍や映像から他の言語を復活させようとする動きもあるという。


 グロバリアスが関西弁を統一言語として強制すればかつてのホウライ551と同じような反乱分子が現れるかも知れない。



「どないもこないもないわ……」


 そう嘆息しつつ、私はこの世界もそれなりに悪くないのではないかと思った。



 (完)

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