第99話 女神降格

 

 4人の高校生を元の世界に送り返してから1週間ほど経過した日のこと。


『トールさん、すみません。ちょっとお願いがありまして……』


 獣人の王国グラディムでミーナと一緒にのんびりしていたら、世界樹から念話が送られてきた。


「なにかあったの?」


『先日の魔族大侵攻の際、私が数万の戦力移動に協力しましたよね? その時にちょっと力を使いすぎちゃったみたいで、私の下を流れる水脈が枯渇しそうなんです。そこで、私の上に雨を降らしてほしくて連絡しました』


 魔王が7体の魔族と20万体の魔物を率いてファーラムに侵攻した現象は魔族大侵攻と呼ばれるようになった。俺は獣人族と人族、エルフ族に協力してもらって魔物を倒した。戦力を遠く離れたファーラムに送る際、世界樹に手伝ってもらったんだ。


 その影響でちょっとマズい状況になっているらしい。


 世界樹のおかげで世界を救えたんだから、協力しないってわけにはいかないよな。


「良いよ。雨を降らせに行くね。ついでに地底湖の水もいっぱいにしてあげる」


『えっ、いや、しかしそこまでの水量は、流石に無理では? 私も今は魔力を供給してあげられません』


「大丈夫。実は女神様から消費魔力を100分の1にする加護を貰ったんだ」


『ひゃ、100分の1!? とんでもない規模の水魔法を行使してしまうトールさんの魔力消費をそんなに抑える加護を与えてしまって、女神様の神力は大丈夫なのでしょうか?』


「さぁ? なんか普通にくれたけどね」


『まぁ、流石に女神様が間違ったことをするわけがないですよね。トールさんに必要だと思ったから加護をくださったのでしょう』


「うん。ってことで、俺とミーナを召喚して」


『承知いたしました』



 その後俺は世界樹に召喚され、その周囲に雨を降らせた。


 地底湖の水も枯渇しそうだったから、いっぱいまで増やしておいた。これだけの大魔法を連続で行使しても、魔力が減った気がしない。


 この世界に送り込まれた当初は最低なクソ女神だって思ってたけど……。


 ミーナと一緒にこの世界に残ることを許してくれたし、こんなにすごい加護もくれた。


 なんだかんだで良い神様だったんだなぁ。



 ──***──


 その頃、神々が住む神界では。


「女神様ぁぁあああ! たた、大変です!!」


 女神に使える天使が、大慌てで女神の神殿に飛び込んできた。


「なんです、騒がしい。今回の勇者がどう倒したのか知りませんが、魔王はもう消滅したのです。何をそんなに慌てる必要があるのですか?」


 この女神は自身が管理する世界に魔王が現れると、通常の手順に従って異世界から勇者を召喚し、魔王を倒してもらっていた。しかし他の世界の女神とは違い彼女はその勇者の動向をチェックするなどの本来世界を管理する神がやらねばならない責務を果たしていなかったのだ。


 だからこの女神は知らない。


 魔王を消滅させたのが勇者ではなく、トールであることを。


 そのトールが異常な規模の水魔法を行使できることを知らなかったのだ。

 

 そんな彼に女神は加護を与えてしまった。


 この世界では水魔法に適性があっても、それほど強い魔法なんて使えないという思い込みが原因だった。


 その結果──



「これまで数千万年かけて女神様が蓄えてきた神力、先ほど0になっちゃいました!!」


「…………え?」


 天使が何を言っているか意味が分からず、女神は唖然とする。


 神々は自身が管理する世界を維持し、ピンチの際に他の世界から勇者を召喚するために神力を蓄積する。それは管理する世界に暮らす人々からの信仰心などで貯まるものだった。


 この女神の世界はそれなりに順調に運営出来ており、神力もかなり溜まっていた。


 それに胡坐をかき、最近の女神は勇者召喚する時などもかなりおざなりな対応をするようになっていた。


 そんな彼女に罰が下される時がやって来たようだ。



『女神よ、聞こえるか?』


「お、大神様!? どどどうなさいました? なにか、問題でも?」


 女神を創造し、世界の管理を任せている大神から念話がきた。


 問題なく世界が管理できていれば、大神から連絡が来ることはない。


 神界に緊張が走った。


『貴様の世界から急速に神力が減っておる。何か心当たりはないか? 少し前、魔王討伐に成功したとの報告は来ていたが……。まさか我の許可もなく、世界の改変でもしたのか?』


「そそ、そんなことは絶対に致しません! ご報告したとおり、魔王は消滅しております」


『ではなぜだ? ほら、今もまた貴様の世界から神力が奪われていく』


 神が加護を与えた勇者などが力を使えば、神界に蓄積された神力が消費される。


 その蓄積された神力が尽きた時、大神が管理する別の空間から神力が消費されてしまうのだ。


 トールが繰り返し大規模魔法を行使したせいで、女神の貯めた神力は底を尽き、更に大神からも力を奪っていた。


「少々お待ちください。今すぐ原因を調べます!」


『いや、よい。我がやる』


 女神は冷や汗が止まらなかった。


 過去に世界を崩壊させてしまい、大神に抹消された女神もいるからだ。


『……ふむ、どうやらトールという人族があり得ぬ規模の魔法を行使したようだ。こやつ、心は綺麗だな。貴様の世界の勇者か?』


「トール? あ、あの男か! いえ、勇者ではありません。私は大人にスキルを付与できませんので。彼は私の勇者召喚に入り込んできた異分子です。私の世界に残るというので、許可しました」


『ほぉ、そうか。それで、この男はお前に加護を貰ったようだが?』


「えぇ。私の世界では弱体化させている水魔法にしか適性を持たなかったので、憐れみをかけました」


『そうかそうか。間違いなくお前の意志でやったということだな』


「はい。慈悲深い私の判断です!」


『こぉぉの、馬鹿者がぁぁぁぁああああ!!!』


 女神のいる神界が割れんほどの怒号が響く。



「えっ、え、え?」


 なぜ怒られたのか、女神はまだ理解できない。


『さては貴様。誰が魔王を倒したのかすら把握しておらんな?』


「え、いや、そんなことは」


『ではなぜ魔王を消滅させた水魔法使いに、消費魔力が100分の1になる加護など与えたのだ!?』


「…………はい?」


『貴様が加護を与えた男こそ、魔王を倒した魔法使いだといっておる』


 女神の顔から血の気が引く。

 自身がやらかしたことをようやく理解した。


「なんで? でも、そんな。わ、私は悪くないです! あの男が、魔王を倒したのは自分だって言わないから」


『愚か者!!!』


「ひぃっ」


『神の役目を果たさず、自らの失態を英雄に押し付けようとは不届きなり。貴様は最下級神まで降格だ』


「さ、最下級!? それだけは、どうかお止めください!」


 神の使いである天使にすら馬鹿にされることのある位の神。それが最下級神だ。


 世界の管理など任されることもなく、ただ神界での雑務でこき使われる。


『天使まで堕としてやっても良いのだぞ?』


「……御処置を、甘んじてお受けいたします」


 天使にされれば、今までこき使ってきた天使たちに酷い目にあわされる可能性があった。そんなことになるぐらいなら、消滅させられた方がマシだとすら思える。



『早急に別の神を派遣する。貴様は今すぐ我の元に来るのだ。貴様のせいで我の元から奪われていく神力は、貴様の労働で賄ってもらう。覚悟しておけ!!』


「そ、そんなぁ」


 女神は絶望で目の前が真っ暗になった。



 この後、彼女は大神の下で対価の得られない労働することになるのだが……。トールが大魔法を行使する度、その労働期間は無限に延長されていくことになる。



【~完~】

 

 

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勇者召喚に巻き込まれた水の研究者。言葉が通じず奴隷にされても、水魔法を極めて無双する 木塚 麻耶 @kizuka-maya

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