第9話「共同戦線」
「誰、この人?」
起きてきた山田は開口一番に俺に訊いてきた。
俺だって知らんよ。「意味深な事言ってくる人」ってくらいの認識しか無いぞ。
そして、その意味深な人は…。
「おはよう少年少女。午前六時半に起床か。学生は元気だな。大変よろしい」
「二人とも夢見が悪くて起きちゃうだけですよ」
我が家の台所で、料理をしていた。鎧姿で。
「どうだろうか、一応食べられるくらいには料理ができると思っているのだが」
「はぁ…まあ、美味しいです」
「うん。美味しい…です」
食卓に並べられた料理は、何と言うか、素直に美味しかった。メニューもシンプルな朝食って感じで、トーストにソーセージと目玉焼きだ。
「そういえば…。リジェクトさん、でしたっけ。さっきの話の続きを話して下さい」
「そうだな。その為に一晩泊めてもらった訳だし、話そう」
「何?何の話?結局この人は誰なの?」
山田は俺とリジェクトの話に付いて来られていない様子だったので、昨夜の出来事を一通り説明した。
「そ、そう…」
いまいち理解しきれていなさそうだったが、無理も無いだろう。『鎧姿の女性が急に現れて忠告してきた』なんて内容、現実離れしているからな。
「…そろそろ良いだろうか?」
些か暇そうにしていたリジェクトは俺にそう問い、俺はそれに対して頷く。
すると、彼女は話を始めた。気も遠くなるような昔の事を。
「私は昔…。そうだな、現代から言うと、中世の頃か。君達の感覚では信じられないかもしれないが、当時は『魔法』というものが実在していてね。私が暮らしていた小国とその近隣の国では、『魔法派』と『非魔法派』とで派閥が別れていたんだ。それは後々、宗教や政(まつりごと)まで絡む対立に発展し、当然のように争いが起き、波及し、戦争になった」
彼女は元々、『非魔法派』側の国家にあった騎士団に所属していて、とある好敵手と何度も争っていたらしい。
しかしある時、その好敵手は戦法をガラリと変え、リジェクト率いる騎士団を壊滅させた。
当時の価値観的には、女性の捕虜の扱いは酷いものだったらしく、処刑されるか、慰み者にされるか。大抵はこの二択だったらしい。
しかしこの時は違った。
彼女は好敵手側の国王と謁見し、半強制的に『殺し合い』に参加させられた。
『異能力』を与えられて。
「ちょっ…と待ってください。情報量が多すぎる。まず、リジェクトさんは一体何歳な」
「女性に年齢を尋ねるものじゃないよ」
「すみません…。って、そうじゃなくて」
「この殺し合いは、そもそも中世の時代から伝わってるものなの?」
俺が上手く質問を出来ないでいると、後ろから山田の疑問が投げられる。
確かに。そんなに古い時代の話が現代まで続いているというのは何というか…。
「アンタは何で、まだ生きてるの?」
そう、そこだ。目の前の彼女—リジェクトは一体何者で、何故今、ここで息をしているんだ?
「質問には、一つづつ答えさせて貰うよ。だがその前に、まだ話は途中なんだ。最後まで話させてくれると嬉しい」
「…ちゃんと答えなさいよ?」
「無論だ」
俺としては、話を中断してでも答えて欲しいが…山田が待つなら、俺も待つか。
彼女が参加させられた殺し合いには、『管理人』も参加していたらしい。
そう、参加だ。『管理する側』ではない。
リジェクトが参加していた殺し合いは、現在俺達が巻き込まれているものとは毛色が違っていて、トーナメント形式のものであった。ということだった。
「私は沢山人を殺したよ。戦争だからではなく、自分が生き残る為に。君達のように叶えたい願いも無く、ただ、殺した」
そう呟くリジェクトは弱々しく、後悔しているような声だった。
彼女はそうして勝ち上がり、決勝まで生き残った。生き残ってしまった。屍の上に立ってしまった。
『管理人』にも異能は与えられていた。
『無限に、無敵の剣を創造し、操る』能力だ。
当時のリジェクトは必死に戦ったが、結果は惨敗。致命傷を負ってしまった。
「私は間違い無く、あの日に一度死んだんだ」
死んだのなら今ここに居るのは何なんだ。と言いたくなるが、ここは堪える。
どうせ全部言い終わるまで答えは返って来ないだろうしな。
一度死んだリジェクトだったがしかし、唐突に眩しさを感じて目を開いた。
本来なら『眩しい』と感じる事さえ、ましてや目を開くなんて事は有り得ないが、とにかく彼女は目を覚まし、眼前の光景に愕然とした。
滅んでいたのだ。何もかも。
その言葉は比喩ではなく、少なくとも意識があった間は、華美な装飾や絢爛な街並みがあった国が、更地になっていた。
そして少し遠くには、剣が竜巻を形作り、分厚い雲が空を覆っていた。
それは、彼女にとってはこの世の終わりにさえ見えたという。
近くには、自分をふざけた殺し合いに放り込んだ国王、自分、そして『管理人』の三人と、一振りの騎士剣。
彼女の前で『管理人』は、水晶を手にし、何かをその水晶に語り掛けていた。
王は既に息絶え、事情は把握できない。
しかし彼女は、目の前にある異常な光景を生み出した『管理人』へ一矢報いようとし、騎士剣を拾い上げ、奴の意識外から剣戟を叩き込んだ。
「その瞬間、私は声を聴いたんだ。君達が『管理人』と呼んでいる、私の好敵手の声を」
声は、語りはしなかったが、一つ、リジェクトに問うた。
「『願いを言え』と、確かにホープは—『管理人』は訊いてきた」
彼女は答えた。
「この男を…お前の姿をした悪魔を討つ。その時まで、この五体を不変のものとしたい」と。
「…とまあ、そんなこんなで幾世紀、この世を彷徨っているという訳だ。長々と語ってしまってすまない」
彼女はそう言って、話を締め括った。
…ん?おかしくないか?
「リジェクトさんがそう願ったとしても、斬ったんでしょう?『管理人』を。なら何で、奴は今も生きているんですか」
「私には正確な事は言えないが…。恐らく私がこうしているのと、そう大して理屈は違わないだろう。願いを叶えたと、私は見ている」
中世の頃から、『願いを叶えるという何か』は存在してたって事か…。
「さっきの疑問には答えて貰ったけど、アタシからはもう一つ。アンタの能力は何?」
隣から山田の質問が飛ぶ。
「悪いが、今は教える気は無い。その代わりにこちらからは、一つ提案がある」
「提案…ですか。ちなみにどんな?」
「私を、君達の護衛にさせて貰いたい」
「護衛ねぇ…。能力を秘密にする代わりとしては、アタシたちが得をするだけに感じるけど?」
「私は、そろそろ奴に…『管理人』に引導を渡してやりたい。君達には、その為の力を借して貰う。共同戦線というやつだ」
「…俺としてはリジェクトさん、あなたの忠告に信憑性を感じます」
俺が言った言葉に、リジェクトは『おぉ!』とでも言いたげな様子だ。
隣を見ると、異論は無さそうな顔で頷く山田が居る。
俺は絶対に桜を蘇らせるし、『管理人』にはその邪魔をさせない。
共同戦線を組んだ俺達が最初に行った事は
—家事の役割分担を決める事だった。
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