第8話「一泊?」

「それで…。本当に泊まりに来たんだ」

「何よ、何か文句ある?」

「いえ、ありません」

チャイムを鳴らされ、家の扉を開けると、そこには山田が居た。

泊まるというのは言っていたが、冗談だとばかり思っていた為驚いた…。が、それ以上に気になるのは—

「山田さんのご両親はその、知ってるの?」

「友達の家に泊まるって言ってあるわ」

即答だった。

確かに嘘じゃないのかもしれないけどさぁ!

「それで…何て?」

「『分かった』って」

これまた即答だった。

しかしどうしたものか…現在の時刻は午後11時。今から女性一人を帰らせる訳にもいかないよな…。

「分かったよ。上がって」

「お邪魔しまーす」

無遠慮にそう言いながら、山田は玄関で靴を脱ぎ捨てて家に上がって行く。

「どうしてこうなった…」

「ねえ、アタシはどこで寝ればいいの?」

悩む俺をよそに、彼女は家を物色し始めたかと思うと、戻って来て早々に訊いてきた。

「空いてる部屋、適当に使ってよ。どうせ一泊なんだし」

そう言った瞬間、山田の表情が強張り、あからさまに顔を逸らした。

「そ、そうね。一泊だけだしね」

「…ところで山田さん、その荷物の中身は?」

俺は、彼女が先ほどから背負っているリュックの中身に何となく察しがついた。

山田は俺の家に、『一泊』ではなく、『泊まり込み』をするつもりらしい。何泊するかは決めていないらしい。

「いやいや、親御さんが許すの?それ」

「大丈夫よ。どうせアタシの親は暫く居ないんだし」

「え、それって…いや、何でもない。俺の親も数日は帰らないし、ゆっくりしてってよ」

「ん。ありがと」

彼女も苦労しているらしい。

親が家に居ない苦しみは分かるつもりだ。例え生活に苦労しなくとも、それは変わらないだろう。

「料理作るし、その間に泊まる部屋決めてきなよ」

「そうするわ。出来たら教えてね」

「うん」

そう言って、彼女は家内を探索し始めた。

三〇分後。料理を作り終えた俺は、大声で呼んでも返事の無い山田に若干の心配を抱きつつ、彼女を探していた。

「流石に、何かがあったって事も無いだろうけど…」

廊下を歩き回っていた俺は、自分の部屋の扉が若干開いている事に気が付いた。

「(確か、閉めたはずだけどな…。山田か?)」

部屋の電気は消えているので多分俺の勘違いだろうと思いつつ、一応部屋の中を確認してみる。

居た。山田が俺のベッドで横になっている。

「(何してるんだろう、この人)」

部屋の明かりを点けて確認してみると、胸が上下している。眠っているだけのようだ。

「全く…。山田さん起きて。ご飯できたよ」ため息をつきながら、山田の肩を揺すって目を覚まさせる。

「—あれ、アタシ…」

「おはよう。訊きたい事はあるけど、ご飯もできてるし先にそっち済ませちゃおうか」

「…う、うん」

山田が恥ずかしそうにしているが…。俺は別に彼女の痴態を見た訳でもないし、恥ずかしがる必要は無いと思うけどな…。

あいや。人のベッドで勝手に寝てた訳だから、恥ずかしがるのもおかしくはないのか。

「どうしたの?」

「…別に」

女性の気持ちはよく分からんな…。

「部屋はもう決まった?」

「うん。アンタの部屋の隣にした」

「ええ?別にそんなに近くにしなくても良いと思うけど…」

「何よ、嫌なの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

「なら良いわ」

参ったな…本当に彼女の事が分からない。

「ほら、早く食べましょうよ」

「はいはい…」

席に着き、机に両手を着いて山田は料理を急かしてくる。

随分とくつろいでるな、この人…。

急かされるままに料理を更に盛り付け、俺の分と山田の分を皿に置く。

「…アンタって、料理できるのね」

「出来ないと思ってたのに食べようとしてたの?」

「食べ物なら何でも良いのよ」

「そりゃワイルドだ」

俺と彼女はそんな雑談をしつつ、晩飯と片づけを済ませた。

「ねえ識知」

「なに?」

俺も彼女もスマホを触りつつくつろいでいた時、ふいに山田が口を開いた。

「ありがとね」

「?…うん。どういたしまして」

何故か分からないが、感謝されたならそれは有難く受け取っておこう。

感謝される心当たり自体はあるにはあるし、何より悪い気はしなかった。

そんなやりとりをしていると、時刻は午前0時を回った。

山田はとっととシャワーを浴びて部屋に入り、俺はその後に風呂へ入ったのだが…流石に意識してしまい、ベッドに入っても全然眠れなかった。 (続)

「ふぅ。流石にこの時間帯は冷えるな…」

あまりにも眠れなかった俺は、部屋から抜け出して外に出ていた。といっても、家の敷地内だがね。

外は真っ暗で、街頭の明かりの範囲内以外はほぼ見通せなかった。

それに、嫌に静かだった。がしかしまあ、時間帯を考えれば自然な事か。

ふと、俺はスマホを起動する。

時刻は午前2時25分。丑三つ時ってやつだ。

「願い、どうするかな」

叶える願いは決まっている。『桜を蘇らせる』。これに尽きる。だが、だ。

「本当に、それで良いんだろうか」

蘇ったとして、桜の両親は既に居ない。7つ揃えると願いの叶う球のように、『桜とその両親を』ってのが通るとは思えない。

理由は特に無い。管理人の事が信用できないと思うからってのはあるが、それにしたって、奴を信じれない確固たる訳も無い。

質問が許されるなら訊いてみるのもありだが、そもそも、俺は管理人と直接連絡を取れる手段も持ってない。

最悪、桜とその両親を蘇らせようとして『その願いは叶えられない』で終わらされ、権利も剥奪されるかもしれない。

考えすぎ?そうだろうか。

相手は人の事情を御構い無しに、強制的に殺し合いをさせて来る人間だ。疑って然るべきだろう。

何にせよ、結論は出ない。推測しかしていないがしかし、賭けるにはリスクがデカすぎる。

失敗でもしてみろ、俺にはもう一人殺すなんて、出来ないぞ…。

「…結論は出ないよな」

俺が誰にでもなく呟いた、その直後だった。

「願いを叶えるのは、まだにしておくのが賢明だぞ。少年」

すぐ近く。目の前から、少しくぐもった女性の声がした。

「っ—⁈」

俺の事を知っている…というより、『願いを叶える権利』を知っている相手だ。十中八九、アプリの利用者とみて良いだろう声に驚いた俺は、いつの間にか俯いていた首の角度を慌てて上げ、目の前を見る。

そこには—

「…?」

「初めましてかな。識知君。私はリジェクト。見ての通り、怪しい者ではない」

不審者が居た。

いや、この場合『西洋騎士風の不審者』とでも言うべきか。

「不審者に話すことはありません」

「お、おい待て。私の装いを見て不審者呼ばわりはおかしいだろう⁉」

鎧姿の不審者には、少なくとも俺に対しての敵意は感じなかった。

何となくだが、親しみやすそうだ。

「…こほん。少年、君が望みを叶えるのはもう少し待った方が良い」

今までのやり取りを無かったことにしたいのか、急に取り繕ったその女性?はしかし、無視できない事を俺に告げた。

「それは、どうして?」

俺もこの不審者には同意するつもりではある。あまりにも不安要素が多いしな。

だが、俺がそう思うのと、他人から言われるのとでは別だ。そう言わせる理由も違うだろうし、そこの所を聞いておきたい。

「理由はそこまで多くはないよ。一つか二つだ」

鎧姿の女性は考えるような仕草をしつつ、俺からすると理性的な話し方で言う。

多くはないのか。ということは、その一つ一つがそれなりに重いのだろう。

「…話を聞いてくれるなら、こちらとしても助かるよ」

そう言うと、その女性は辺りを見回してから、気楽な感じで提案してきた。

「君のお宅だろう?上がっても良いだろうか」

俺は何故か、家に二人も女性を泊めることになった。

「広い家だな。それに清潔だ。良いご両親をお持ちだな、少年」

「そういうのは要りません」

家に上がった女性は、甲冑をガチャガチャ鳴らしながらそう言っていた。

俺の両親は褒められたものじゃないが、確かに家は一般家庭より広いかもしれない。

友達を家に呼んだ時、「トイレが3つある⁈」と驚かれていたのは記憶に残っている。

「少年、今日はもう時間も遅い。話は夜が明けてからでも良いだろうか」

「あ、はい。大丈夫です」

いつの間にか、(山田とは反対側の)俺の隣の空き室を占拠した西洋騎士は、一応伺う形で言った後、小さく音を立ててふすまを閉めた。

…何なんだろう。この状況。

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