第7話「これで」
「—アンタさ、ひょっとして、楽しんでる?」
「…え?」
「あ…ごめん。そんな訳ないよね」
彼女はそう言って顔を伏せたが、どういうことだ。『楽しんでる』だって?
「う、うん。そうだね。楽しんではない…よ」
そう答えたが、正直彼女がそう言った理由が分からず、上手く否定できない。
楽しんでいるように見えたのかもしれないが、もしそうであれば、俺は…。
「待って。奴が来たわ」
「あ、あぁ。山田さんは一旦隠れてくれ。機会を見て攻撃をお願い」
彼女の声に気を取り直し、扉を注視しつつ山田に隠れるよう指示する。
まずは俺が敵を引き付け、その後彼女の攻撃だ。
「(上手くやれよ。俺)」
扉に備えられた擦りガラスに人影が映り、一気に扉が開け放たれる。
「識知 誤…。来ていたのか!」
俺の目の前に現れたのは、ガスマスクや防護服等で武装した男だった。
右手で拳銃を持っており、その銃口はこちらに向けられている。
「存在感薄くて悪いな…!」
先手必勝だ。能力を発動し一気に距離を詰める。勢いを乗せるため跳躍し、拳を振りかぶった姿勢で能力を解除する。
「(まずは一発、ぶん殴る‼)」
「くっ…能力か」
視界が開け、俺の能力に虚を突かれた様子の男は、慌てて俺を狙って引き金を引こうとする。が、遅い。
「もらったぁ!」
「がふっ⁈」
落下分の重力と体重を乗せた俺の拳が男の顎を捉え、そのまま打ち抜いた。男が咄嗟に撃った弾丸が俺の右耳を掠めていき、天井の蛍光灯に当たってガラスの破裂音が辺りに響く。
その音は右耳には聞こえてこない。
「(鼓膜が破けたのか…)」
男はよろめき、膝をついて俯いている。かなり脳を揺さぶれたらしい。
当の俺は、能力の使用による頭痛と鼓膜が破れた事による激痛で壁にもたれ動くことが出来ないでいた。
「(被害はトントン…な訳無いな、不味い)」
意識が飛びそうな激痛の中、俺は男が頭を押さえながら立ち上がる様子を呆然と眺めていた。
「この野郎、やってくれたなぁ‼」
男が叫び、再び俺に銃口が向けられる。
「(能力は、使えてあと1、2回。頭痛のせいで連続使用は難しい…)」
ゆっくりと引き金に指をかけた瞬間、男は首を傾げ、そして苦しみ始めた。
「なん、だ?呼吸が…」
「(山田か‼よし…!)」
喉を押さえながらも銃を構えた男へ向け、俺は再度、能力を発動する。
痛む頭を無視して足を一歩一歩踏み出し、背後へ回り込んで能力を解除。
「んの野郎、またっ…‼」
「うぉ…ぉぉ‼」
男がこちらを振り向く前に男の両腕を背中へ回し、思い切り固める—!
「ぐうう⁉」
両腕を極められた男が体を大きく振り回し、右手に持った銃で後ろ手に俺を狙おうとする。
「(避けられない…!)」
「往生際が…悪いっ‼」
男が俺に銃口を向けた直後、隠れていた山田が走って来る。男の銃を蹴り飛ばしながら体当りし、横向きに倒れた男へ馬乗りになると、暴れる男の首を両腕で押さえつけた。
「ぐ、は…っあぅ—」
男が呼吸できず、時間が経つにつれて抵抗する力も弱まっていくのを感じながら、尚も力を込め続けた。俺も山田も、無言で、ずっと。
どのくらい、そうしていただろう。
数十秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。だが俺には、俺達には、その時間は数時間にも感じられた。
「———」
「死んだ…かな」
「うん。多分」
首を絞め続けた山田と、抵抗する男を抑え続けた俺。俺達に挟まれる形で、男は息絶えていた。
「でも、これで—」
何かを、山田が言おうとした瞬間、山田のスマホから、通知が鳴った。
【おめでとうございます。アプリの利用者様の殺害を認識致しました。山田 花子様には、『願いを叶える権利』を贈呈致します】
その通知音は、やけに大きく周囲に響き渡った。
「…これで、願いは叶えられる」
山田が、喉から絞り出すように言った。
「そう、だな」
俺は、何も言えなかった。
その後、俺と山田は今回の事もあり、暫くは行動を共にする事にした。
一先ず学校の惨状を何とかしなければ、と思ったが、ちょっと前にも似たようなことがあったらしく、規模は違うが、今回も運営が対処するだろう。との事だった。
どう対処するのかは知らないが、知ったとしても嬉しくはないだろう。と割り切った。
その帰り道…。
「あ、そういえば」
山田は思い出したようにそう言って立ち止まり、振り返ると続けた。
「今日、アンタの家に泊まらせてもらうから」
「…は?」
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