第6話「楽しんでる?」

「ふざけるな!ここでっ…」

叫びながら天井に手を伸ばして目を覚ました俺は、自分が仰向けに寝ている事に気が付いた。

「あ、あれ…?俺、さっきまで…」

天井へ伸ばした手で目をこすり、身体を起こして壁にかけてある時計を眺める。

「午前7時40分、か」

どうやら、ここは俺の部屋のようだ。だが…。

「管理人に、権利を与えるって言われて、それで、ええっと」

駄目だ。記憶が曖昧だ。

「…朝飯でも食うか」

意識を完全に覚醒させる目的も兼ね、朝食を済ませる事にした。

ベッドから抜け出て洗面所に向かい、歯を磨いてキッチンへ。親は居ないため、冷蔵庫に入っている有り合わせの食材で適当に朝食を作る。卵とベーコンがあったので、ベーコンエッグをサッと作り更に盛る。

「いただきます」

いつからこんな生活をしているかも覚えていないが、十年もすればこんな生活にも慣れた。

箸でベーコンを口に放り込んで租借しようとする。が

「っ⁈」

口にベーコンが入った瞬間、つい先ほどの浜海の死が脳内にフラッシュバックして来た。

余裕が無かったという言い訳はできるし、実際俺も死にかけた。だがあの時、俺は意識的に目を背けていたんだ。人を殺したという事実と、あの場に充満していた、『死の臭い』から。それは、桜の家に踏み入った時と、同じような臭いで。

「う…うぅっ…!」

俺はトイレに駆け込んだ。しばらく、何も食べたくなかった。

「…今日は平日か」

ほぼ口にしていない朝食にラップをかけて冷蔵庫に入れた俺は、倒れるようにベッドへ戻ると何をするでもなく、無気力にただ天井を眺めていた。何もする気が起きなかったし、考えたくなかった。

「…学校、行くか」

急げばまだ、遅刻はせずに済む時間帯だった。

俺は自分でも驚くほど淡々と支度を済ませ、重い足を一歩ずつ踏みしめるように学校へ向かった。

授業に間に合い、自分の席に着いた俺は、半ば気絶するように机に突っ伏し眠りに落ちた。

気付けば、授業は既に終わっていた。眠ったまま一度も目覚めずに一日を過ごしてしまったらしい。窓から入って来る陽光は紅色だった。まるで、血のような。

「うぶっ…」

学校のトイレへ駆け込み、何も入っていない胃の中身を吐き出す。胃液の嫌な臭いと味を感じながら立ち上がり、口内を水でゆすいで教室へ戻り、帰り支度を始める。

「(そういえば、この時間は部活動なんかが騒がしいはずだけど、今日は静かだな…)」

時刻は午後5時十五分。普段なら教室にまで声が聞こえてくるのだが。

なんて思っていると、廊下の方から、誰かが走って来る音がした。

その足音はやけに焦っているようで、途中で何度か転びそうになりながらこちらへ近づいてきていた。

「(まさかとは思うが、アプリの利用者か?)」

浜海との闘いを見ていた能力者の内の誰かが、俺を殺そうとしている?

俺の能力はあの時にバレたはずだし、今なら殺せると踏んで、俺を殺そうとして来てもおかしくはない。

「…ふう

考えていても仕方が無い。俺を殺しに来たなら戦うまでだし、そうでないならそれで良い。

俺は教室の扉の前に立つと、小さく息をしてから勢いをつけて扉を開け、廊下へ出る。

俺の目に飛び込んできたのは、廊下に積み上げられた生徒の遺体だった。

驚きはあったが、不思議と不快感や恐怖等は無かった。あったのは『どうして』という疑問と罪悪感だけだった。

「おれのせい、だよな」

呟いて、ハッとする。

「(待て、この光景のインパクトが強すぎるが、今考えるべきはそこじゃない。さっきの音は何だったんだ?)」

目の前の遺体の山から視線を外し、音がしていた方を向く。

「誤!来てたのね…。説明は後でするから、とにかく手伝って!」

足音の正体は、血まみれで肩を押さえている、山田だった。

「山田さん⁉どうしたんだ、その傷」

「説明は後って言ったでしょ!今は隠れて」

俺がギョッとして話し掛けると、彼女は焦燥を隠そうともせずに言葉を遮り、肩を押さえていた手で俺の腕を引っ張り、遺体の山を無視して奥の教室へ入った。

そして鍵をかけ、しゃがんで荒い息を整えようとする。肩の傷からは血が噴き出している。

「取り敢えずは、撒いたかしらね…」

「…山田さん、何がどうなってるの?」

息も絶え絶えといった様子で呟く山田に、俺は質問をぶつける。流石に説明が無さすぎるし、彼女は何から逃げているのか。

「…分かってると思うけど、アタシは今殺されかけてる。相手は、昨日の決闘に顔を出していたアプリの利用者。能力は『銃を生成すること』。弾まではどうか知らないけど、多分こっちも生成してると思う。それから、あそこの…遺体の山は—」

彼女は簡潔に俺の疑問に答えたが、分からない。どうしても。

「何で、俺じゃなくて山田さんを狙うんだ?」

「っ…⁈知らないわよ、そんなの‼」

言葉を遮ってまでの質問が彼女を不機嫌にしてしまったらしく、怒鳴られとしまった。

「ご、ごめん…。そりゃあ、襲われてる側なんだし、訳わかんないよね」

「…」

能力の判明している俺を攻撃しない意味が分からないのが不気味だ。

「一旦、分からない事と判明してる事を整理してみようか」

「—えっと、どうかした?山田さん」

俺が話し掛けても反応の無い山田へ声をかける。彼女は数秒黙っていたが、少ししてから

「…別に」

と言った。訳が分からないが、今はとにかく敵をどうするかだ。

1.狙われているのは山田。

2.敵の能力は『銃を生成する』。恐らくは弾も。

3.俺を狙わない理由は不明。

4.銃の腕はかなり良い。走る人間に余裕で当てられる。

「銃って事は、近付かれるのは苦手だと思うけど…」

そもそも、山田の能力では近付くのも難しかった。と。しかし俺なら、近付くのは容易だ。

「—よし、これだ。山田さん」

俺は山田へ小声で作戦を告げる。最後まで聞いた彼女は、『信じられない』と言いたそうな表情で俺を見る。

「…本気?」

「ああ。これなら、こっちの被害を抑えつつ、敵を倒せると思う」

そう言う俺を見る山田の表情はまた変わり、どこか怯えて言った。

「作戦には賛成。倒せると思う。でも、その…怒らないでほしいんだけど、アンタさ」

「?」

肩を震わせながら言う山田の様子に俺が首を傾げていると、彼女は意を決したように、俺へ質問した。

「アンタさ、ひょっとして、楽しんでる?」

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