第5話「応援」
管理人が開始の合図を出し、俺は目の前の少年を警戒して腰を落とす。
相手の能力が分からない以上、こちらから仕掛けるのはマズいだろう。最悪初見殺しの能力だったとしても、俺の能力なら回避できる。
相手の出方を伺おう。
「あなたの目には光がある。それは多分、生きる希望とか、目標を持っている人だ」
浜海(はまみ)と呼ばれた少年は、懐から小ぶりなナイフを取り出しながら俺に話し掛ける。
「…確かに、俺には目標がある。…それが何か?」
直感的に、何かしらの攻撃が来ると確信した。
だが肝心の攻撃方法が分からない。どう来る…。
「僕は、僕には何も無い。生きる目的も、理由も…。だから僕は、あなたを殺して『生きる目的を手に入れる』」
彼はナイフの刃で、俺ではなく自分自身を切りつけた。
『手首を切りつけた』というよりは、『手首を切り裂いた』に近いだろうか。
手首辺りにナイフを突き刺し、数学の授業で直線を引くかのように迷いなく、あっさりと。
当然、手首からは血液が溢れ出てくる。
「なっ…何を⁉」
驚き、思わず中腰の姿勢を崩してしまった俺に向かい、彼は駆けて来る。
その走り方は独特だ。
まるで、血液を意図的に撒き散らしているような…。
「出ろ、血の槍…‼」
俺が違和感に戸惑っていると、彼は指を鳴らし、目を見開いた。手を伸ばせば、俺に届く距離だ。
「っ…何かヤバい‼」
咄嗟に後ろへ跳ぼうとした瞬間、俺の左脚に刺すような激痛が走った。
「いっぅ…⁉」
そちらへ気が向いたせいで体勢が崩れ、尻餅をついてしまった。
「隙あり!」
倒れた俺に向け、彼は血の付いたナイフで攻撃しようとしてくる。
「(くそっ…避けられない‼)」
真っ直ぐ振り下ろしてくるナイフを回避できず、彼は勝利に確信した表情をする。
次の瞬間、俺の視界から光は消え、浜海は勿論、その他の付近にあるもの、全てが俺の視界から消えた。
「急げよ…」
直前に見た光景から浜海の位置を推測しつつ立ち上がって、痛む脚を引き摺って浜海の後方へ回り込む。
「解除…‼」
視界が開け、目や耳に情報が届いてくる。俺の脳はこのコンマ数秒の出来事に処理が追い付かず、激痛と熱が一緒に襲ってくる。が、これを気合いで無視する。
「い、居ない…」
俺の目の前で、驚いた表情と声で立っている浜海の横っ面を、俺は思い切り殴りつける。
「がっ⁉」
彼は驚くほど軽かった。
俺のパンチ一発で軽々と吹き飛び、血を周囲に撒きながら床に倒れ込む。
「うぅ…血の槍!」
倒れ込んだ姿勢で俺を睨み、再び指を鳴らす。
しかし今度は見えた。
血痕が渦を成し、その中心が盛り上がって円錐状になると、こちらへ向けて傾き、物凄い勢いで射出される。
だが、射線は直線的だ。避けれる!
「うっ、ぐ…」
だがそれは、俺に怪我が無ければ。の話だ。今は左脚に怪我があり、しかもその痛みが唐突に、そして猛烈に強まった。
「(何が起きた、さっきまでより、痛みが強過ぎる!)」
槍を回避しようと足を踏み出した俺は、もう一歩を踏み出そうとしたタイミングで痛みだし、体重に耐えられずに転んでしまった。
「(まずい、来る!)」
能力を発動しようとするが、まだ頭痛が引いておらず発動は失敗してしまう。
次の瞬間、俺の身体に三本の槍が直撃する。
「うあぁぁぁっ‼」
痛い、痛いっ!
痛みにのたうち回りながら、左脚を見る。そこにあったのは…。
「と、棘?何で…」
そう呟きながら痛みで動きが鈍い身体を起こそうとすると、目の前には既に、浜海が居た。
彼は手首からの出血がかなり深刻らしく、顔面蒼白で、息も荒い。対する俺は負傷で息も絶え絶えといった風体だ。互いに満身創痍だが、間違いなく俺が劣勢だろう。
彼は口を開かず、俺が立ち上がるのを待っていた。
「…お兄さん」
俺が立ち上がり、荒く呼吸をしていると、彼は満を持して口を開いた。その声からは、覚悟を感じた。人生を不真面目に生きてきた俺でも分かるくらいだ。分かる人なら、身震いするほどのものだろう。
「何かな…。勝利宣言?」
口内に血液が上って来るのを感じながら、俺は応じる。彼なりに思うところがあるんだろう。死ぬ前に聞かせてもらおう。どうせどっちかは死ぬんだ。
「お兄さんの生きる理由とか目的って、何ですか?」
「…?」
質問の意図が分からずに顔を上げると、彼は…浜海は、笑顔だった。穏やかで、何かを悟ったような笑顔。
「教えて下さい。お願いします」
穏やかな表情と声なのに、どこか有無を言わさぬ物言いに俺は一瞬迷うが、口内に溜まった血液を吐き捨てて答える。
「生き返らせたい人がいるんだ」
「それは、お兄さんにとって、命を張るほどの価値があると思える人なんですか?」
彼は重ねて問う。あくまでも穏やかに。
俺の答えは決まっている。
「あぁ。絶対に生き返らせるさ」
「…そう、ですか…。それは何ていうか…良いですね…。応援、して、ます…」
俺の答えを聞いた浜海はフッと微笑み、そのまま目を閉じて後ろに倒れた。
「えっ…あれ…?」
彼が倒れたとほぼ同時、俺も力が抜けてその場にへたり込む。力がすっかり抜けてしまい、もう立ち上がれそうに無い。
「な、何で…」
その際、床にかなりの広さの血溜まりがある事に気が付いた。俺の血も混じっているだろうが、大部分は浜海の身体から出ている血液だった。
「でも、浜海の傷は…」
手首からのものだけのはずだ。その怪我でこれだけの出血は、何か違和感があった。
「勝者、識知 誤!」
だがその疑問は、管理人の声でかき消された。
「(そうか…。俺、殺したんだな。人を)」
だが、これでいい。これで桜は生き返られる。
「勝者には、『願いを叶えられる権利』が与えられます。…では皆様、また次回、お会いできる事を、楽しみにしています」
「待て、俺の願いは…!」
「誤様の権利に関しましては、皆様が目覚められた後にお知らせ致します」
その言葉に抗議しようと思ったが、俺の意識は急激に薄れていき、視界は暗転した。
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