悪意が見てる エピローグ

 翌々日、友樹と直之と由美は横一列で座布団に座っていた。昨日は主に警察の事情聴取で目が回るほど忙しく、正直殆ど眠れていない。なのに何故こうして例のごとく母屋の座敷にいるのかというと、良雄から「明日直接会って全部説明したい」と昨日の夜中に連絡があったからだ。

「遅くなってごめんね」

 良雄が片手にコップが乗っているお盆、もう片方に木箱を抱えて座敷に入ってきた。三人にお茶を配ると、横に置いていた木箱を友樹の正面に置き直し、良雄は口を開いた。

「まず、友樹君にこれを開けて欲しい」

 友樹は木箱を受け取り、ゆっくりと開けた。緩衝材の紙の束を取り除くと現れたのは

「これは、徳利と御猪口ですか?」

 徳利も御猪口も、薄い青と白が青空と雲を彷彿とさせるように折り重なった美しいデザインをしている。

「そう。友樹君、誕生日おめでとう」

 良雄は笑いながら拍手をした。両隣に座っている由美と直之もつられたように手を叩く。

「ありがとうございます」

 そう言いながら友樹は戸惑っていた。これを、良雄が?

「そのプレゼントはね、僕からじゃないんだよ」

 友樹の困惑を見透かしたように、良雄が説明を始める。

「これは父さんから君の為にって、お願いされた物なんだ」

「祖父ちゃんが?」

「そう。僕が店を引き継ぐことが決まった時、もう父さんはかなり危ない状態だったんだけど、君の誕生日プレゼントのつもりで手に入れた物があるから、自分に万が一があれば渡して欲しいって頼まれてたんだ。でも僕はうっかりしてて、それをどこに保管してたのか聞きそびれちゃったんだよ。君の誕生日も、もうかなり近づいてたから、取り敢えず葬式の夜から探し始めたんだけど、その姿をバッチリ君に見られてしまった」

「ああ、そうでしたね」

「どうしても見つからなくて、最後に残った土蔵を調べようと思ったら、今度は土蔵の鍵も無くなっててさ。あれには参ったよ。商品リストを調べたらやっぱり土蔵の中に保管されてるのが分かって、仕方ないから、陶器店にいって全く同じ物があれば良し、無ければ鍵屋さんにお願いして土蔵を開けて貰おうとしたのが昨日の晩って訳なんだ」

「なるほど、そういう事だったんですね」

 しげしげとプレゼントを眺めながら話を聞いている友樹に向かって、良雄が優しく呼びかけた。

「友樹君」

「はい」

「守兄さんから聞いたんだっけ」

「昨日の夜、教えて貰いました」


 昨夜、風呂から上がった友樹に、父の守が「ちょっと話がある」と声をかけてきた。正直なところ、人生で初めて警察署に行き、刑事にことの経緯を洗い浚い話し、もう体はくたびれ果てていた。今すぐ部屋に戻って泥のように眠りたいところだが、真面目な守の顔を窺って、リビングのソファに腰を下ろす。

「良雄が店を継ぐことに関して、お前に言ってないことがあってな。色々災難があったみたいだけど、ちょうどいい機会だから伝えておきたい」

 災難と言うにしては、積極的にトラブルへ首を突っ込んでいたような気もするが、ここは大人しく頷いておく。

「なんで、父さんが古道具屋を引き継いだのかは知ってるか?」

「祖父ちゃんの友達が病気で店を続けられなくなったのを見かねて、でしょ」

「それもだけど、本当の理由は別にあるんだ」

「本当の理由?」

「父さんはな、良雄のために店を継いだんだ」

 全く予想外の名前に、友樹は目を瞬かせた。

「何となく知ってることかと思うけど、良雄と父さんはあんまり仲が良くなかった。原因は、良雄の留年と留学だな。そもそも父さんは結構安定思考で、良雄の頻繁な留学と休学を快く思って無かったんだが、旅行のしすぎで留年したときはさすがに怒ってな、『そこまでするなら卒業後に学費を全額払え。今みたいに楽しいことだけやってても、生きていけないぞ』って発破を掛けたんだ。良雄は良雄で好き勝手生きたいタイプだから、じゃあ払ってやるよ、って海外で仕事を始めちゃったんだ。まあ、売り言葉に買い言葉だな」

 友樹はちょっと首をかしげた。明は自分の考え方で他人と衝突するような我の強い人間ではない、はずだ。友樹の様子を見て、守は微笑する。

「父さんも変わったんだよ。兎に角、どんどん二人の関係は冷え切って、良雄が海外を飛び回るようになって二年ぐらい経った頃に、父さんが古道具屋を引き継いだ。そうは言っても最初は一時的に預かってただけなんだけどな」

「そうだったの」

「ああ。向こう側で新しい店主を見つける間に預かっておく、っていう話になってたんだ。それが、突然このまま自分が引き継ぐ、って言い出してね。幸い先方も新店主の選出に難儀してたから、トントン拍子に話が進んで行ったんだ。俺たちもびっくりしてな、悟兄さんと一緒に色々理由を聞いたんだけど、そこで父さんは『良雄の気持ちが理解できたから』って言ったんだ」

「どういうこと?」

「父さん曰く、良雄がやろうとしていた『楽しいことで食べていく』事が理解できたらしい。古道具屋を切り盛りしていく内に、やりがいとは別の喜びを感じられたんだとさ。分かってやれなくて悪かった、ここで自分が古道具屋を続ければ、罪滅ぼしになると思う、そんな風に言ってた」

「じゃあ、仲直りは出来たんだ」

「いや、すぐには無理だった。長い時間を掛けて、徐々に連絡を取り合うようになったんだ。そのおかげで父さんが危なくなった時、生きてる内にこっちに帰ってこれたんだけどな」

 守は、「そういうわけで」と改めて友樹に向き直った。

「良雄が店を継ぐのは、ある意味父さんの遺志でもある。簡単に仲良くするのは難しいかもしれんが、認めてやって欲しい」


 良雄は安心したように話し出す。

「じゃあ、聞いての通りだよ。父さんには色々迷惑掛けたけど、最後に仲直りできたのはこの店のお陰みたいなものだから、今度は僕がここを守っていきたいんだ」

 友樹は頷いた。明が大事にしたものは、これからも良雄の元で大切にされていくと約束されたようで、胸のつかえが取れた様な気分になる。

「それにしても、叔父さんともう一度やり直そうって思えるほど、祖父ちゃんにこの店の仕事は合ってたんですね」

「そうだね、考えてみれば只々普通に店主として働いてただけで、別に特別考えを変えるような事は無かったはずだから、」

 良雄はそこまで言うと、ふとリビングの天井を見上げ、首を横に振る。

「あったな、そう言えば。店に空き巣が入ったのを、父さんが捕まえたことがあった」

「空き巣?」

「僕は海外にいたから又聞きなんだけど、当時市内で空き巣が多発していて、父さんはたまたま店に侵入しようとしてた犯人をその場で取り押さえたんだよ。なんでも店に客として下見に来てた犯人の顔を偶然覚えてたらしいんだけど、客だと思ってたヤツが店の窓をいじくり回してたから、咄嗟にぶん殴ったんだってさ。今考えると奇跡に近い捕り物だよね」

 友樹はちょっと黙った。「奇跡に近い」「偶然『顔』を知っていた」。似たような話をどこかで聞いた。なんなら、自分たちが体験してすらいる。

「叔父さん、その事件があったのっていつですか」

「僕が直接関わったわけじゃ無いからな……確か二〇〇〇年の冬だったはず。逃げようとした犯人が凍った水溜まりで転んで、父さんが取り押さえたっていう話だったと思うよ」

 由美が友樹の肩をつついた。

「ねえ、そこの屏風が商品じゃ無くなったのって」

 直之が膝を手で打った。

「二〇〇〇年の十二月だ」

 友樹は屏風を指さし、再び良雄に質問する。

「叔父さん。祖父ちゃんはこの屏風についても何か言ってませんでした?」

 ダメ元で聞いてみたのだが、良雄は意外にも

「ああ、言ってたよ。というか、よく分かったね」

と応えた。

「大事にしろ、家宝だと思えって。まあ、理由は分からんけど、僕が死ぬまでは丁重に扱うさ」

 友樹の口元に微笑が浮かんだ。間違いない、明は屏風の怪異に遭遇している。明も友樹たちと同じように、屏風の怪異の真意に気付いたようだ。おそらくその後、商品として売り出して良い物では無いと判断し、母屋に移動させたのだ。

 友樹は壁により掛かるようにして立てられている屏風を眺めた。友樹には、この屏風に何故この絵が描かれているのか、何故あの怪異が起こるのか、一体どこからやって来たのか、何も分からない。これらはおそらく、明も知り得なかったことだろうし、それ以前の所有者たちも同様だろう。

 ただ、分かっていることは二つだけ。一つは、この屏風が例の怪しく不気味な怪異で人々を災難から救ってきたこと。そして、明と友樹も救われていた、ということだけだ。

 良雄は改まった様子で深々と頭を下げた。

「とにかく、僕の管理が行き届いてないせいで、君たちを危険にさらしてしまった。申し訳ない。」

「そんなこと気にしなくて良いんですって。だって私たち凄く楽しかったんですよ。ねえ」

「いや、楽しかったのは多分お前だけだ」

「そんなことないって。それにほら、こんなに素敵な宝物まで手に入れてさ、冒険の締めくくりには最高だよ」

 そうだね、と友樹は応えた。色々あったけれど、これはこれで素晴らしい冒険だったかもしれない。友樹の手元で、当分使うことはなさそうな宝物たちが、夏の日差しを眩しく照り返した。

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悪意が見てる / 中野弘貴 作 名古屋市立大学文藝部 @NCUbungei

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