ドン・ブレイザー遭難記 その2
前回に続いて、私の遭難記を書こうと思う。続きと言っても前の話を読んでなくても何の問題もないので、前回を未読の方も気にせず読んで欲しい。
大学生の頃、私が通っていた大学は山奥にあり、毎日自転車で通っていた。行きは上り坂で大変だが、帰りは下り坂なので楽に帰れる。どうせなら「行きが下り坂で帰り道が上り坂」の方がよかったのだが、そういう立地だったのだから仕方ない。
とにかく帰りは楽だった。帰り道は授業が終わった解放感も合わさって、自転車を軽快に漕ぎながら、山の麓にある下宿まで猛スピードで帰宅していた。
その日もそうだった。授業が終わり、私は坂道を下り、自宅へ帰るつもりだった。しかし、なんとなん思ってしまったのだ。
「ここを右に曲がると、何があるのだろう?」
そういう好奇心であった。当時、私は大学進学の際に一人暮らしを始めたばかりだったので、大学の周りの土地勘がまるでなかった。だからこそ、大学の周りがどんなもんなのか気になったのである。私は好奇心に負け、右に曲がった。そして、今考えればそれが遭難への入り口だったのである。
右に曲がった私を待ち受けていたのは、自宅近くには無い業務スーパーとか、バッティングセンターとか、さらにはまだ行ったことのないBOOKOFFなど、私にとって魅力的な施設ばかりであった。特にBOOKOFFはただの本屋とは違って、店舗ごとに品揃えが違うので、何軒あっても困るものではない。
まあ、そんな感じで楽しい時間を過ごしていたのだが、一つ困ったことが起きた。それは道に迷ってしまったことである。
また、だ。また道に迷ってしまった。前回も言ったが、私は本当に計画性がないのだ。行き当たりばったりで進んで、気がついたらこうしてまた困っている。計画性もないし、反省もしない。どうしようもない人間なのである。
だが、それでも一応私に解決策がまるでないわけでもなかった。
「元来た道を戻ればいいじゃん」
そう思っていたのだ。しかし、私が大学を出たのが15時。そして、私が遭難を自覚したのが19時である。外はもう真っ暗。元来た道を戻ろうにも、景色が変わり過ぎてもうよくわからなくなっていた。
「死ぬのでは?」
私の脳内に、チラリと「死」がチラついた。大袈裟だと思うかもしれないが、当時の私は一人暮らしなのだ。帰宅しなくても心配してくれる人間など1人もいない。それに私は大学生だ。小中高ならともかく、大学生が授業に出なくなったところで、気にしてくれる先生など多分いない。帰宅できずにこのまま野垂れ死んでも、誰も気づいてくれないのである。
私は泣きそうになりながら自転車を漕ぎ続けた。季節は秋。日中は暖かいが、夜は寒い。寒さに震えながら、私は自宅を目指した。
そんな時、私はある建物を見つけた。それは大きめのレンタルビデオ屋だった。
「あ! レンタルビデオ屋さんだ! わーい!」
そんな感じで私はレンタルビデオ屋に吸い込まれていった。さっきまで泣きそうになっていたことも忘れて。バカである。そんな所へ寄っている暇はないはずだ。なのに私は電球に群がる蛾とかカメムシみたいに、レンタルビデオ屋へノコノコと入店した。私の頭は昆虫並みなのだ。
そもそも道に迷った挙句に偶然たどり着いたレンタルビデオ屋に入るなんて、よく考えるとあり得ない。ここでビデオを借りたとしても返しに行けないからである。しばらく店をぶらついていた私はそれに気がつき、レンタルビデオ屋を後にした。実に不毛な時間だった。
その後、本格的に命の危険を感じ始めた私は、コンビニに寄って地図を買った。もうそうする以外何も思いつかなかったのだ。当時私の携帯電話はガラケー。地図が見れないわけでもなかったが、画面が小さいし使いずらい。しかも充電の残りも少ないのでそう頻繁に使うわけにもいかないのだ。
とにかく私は地図を手に入れた。
「へっへっへっ! こいつさえ有ればもう怖いもんなしさ!」
地図を手に入れた私は得意げに笑ったが、しばらく後その笑顔は脆くも崩れ去ることになる。
「現在地がわかんない」
そういうことである。地図はある、だから道順はわかる。しかし、現在地が分からないのではどうしようもない。そもそも私のような方向音痴は地図を読むのも下手くそなのだ。現在地がわかったとしても無事自宅へとたどり着けるかどうか分からない。
「す、すみません。迷ってしまって……道を教えてくれませんか?」
結局コンビニに再入店、店員のお兄さんに道案内してもらうことになった。
「さっき地図を買ってたくせに、コイツどんだけ方向音痴なんだよ」
店員のお兄さんはきっとそう思ったに違いない。しかし、お兄さんは丁寧に、そして辛抱強く私に道を教えてくれた。方向音痴の私は説明を受けても簡単に理解できないので、えらい時間がかかったのだ。本当に申し訳ない。
その甲斐あってか、私は無事に家に辿り着いた。暗いし寒いしで本当に死ぬかと思っていたからまさに奇跡の生還である。
「ただいま!」
私は意気揚々と玄関の扉を開けたが、私を迎えるものは誰もいない。一人暮らしとはそういうものなのだ。私を心配する人も、出迎える人も、そして今日あったハプニングを話して相槌を打ってくれる人も存在しない。私は改めて泣きそうになった。
「これからは道に迷わないように気をつけよう……」
私はそう思って、深く反省した。
ところで、ここで今回のタイトルを思い出して欲しい。
ドン・ブレイザー遭難記 その2
この遭難記が2話しかないなら前編・後編でいい。しかし、あえて「その2」とした。つまり「その3」があるのだ。私は反省なんかしていなかったということだ。
なんなら「その4」もあるし「その5」も「その6」もあるのだが、とりあえず次回の「その3」で終わることにする。なのでもう少しだけお付き合いください。
がっかり日記 ドン・ブレイザー @dbg102
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