この物語は、ボーイフレンドのコンサートに出かけた美しい令嬢アデルが、滞在先のホテルで発生した殺人事件に巻き込まれることから始まります。彼女は、最初は乗り気ではなかったホテルのフットマン、ジーンと協力して、事件の謎を解明していきます。
アデルの姉やその婚約者、ホテルのメイドたち。
彼らの思惑が交錯する中、古き良きイギリスを舞台にした殺人推理が展開されます。殺人事件の真相は暗く、重苦しいものですが、紅茶やお菓子などの日常的なアイテムの描写が丁寧で、自由奔放なアデルが、あれやこれやと、クールなフットマンのジーンの注目を集めようと考えを巡らす姿は、ほほえましいです。
特筆すべきは、アデルが恋するジーン・ロイドです。彼の冷ややかな性質を裏付ける背景には奥深いものがありました。
この作品は、推理小説であると同時に、恋愛小説としても楽しめる良作だと思います。
あまりにも丁寧な描写の数々。
紅茶、チョコレートに対して、こだわりのある描写はもちろん。
その蘊蓄は、壁紙や精緻な彫刻にまで及びます。
ロンドンでは無く、マンチェスターを舞台に選んだことにも、当時の文化を知る上で意味があります。
……最後まで読めばそれ以外にも意味があるわけですが。
そういった手で触れる事が出来る文化以外にも、当時のイギリス民俗についても筆が及んでいます。
そうなると、当然とも思えるような「殺人」もまたイギリスの文化の一端であるように感じてしまうのも、推理小説愛好家による必然的な誤謬でしょう。
古き良き推理小説を味わいたい方にお勧めです。