魔女と九尺藤と呪いの眼鏡
藤泉都理
魔女と九尺藤と呪いの眼鏡
その森にたった一本だけ存在しながらも時折場所を変える九尺藤。
その九尺藤の傍らでいつも眠っているその魔女を見事に見つけ出し、或る物を差し出したら、何でも願い事を叶えてくれると言う。
「さあ。頑張ろう。きっともう少しで魔女に辿り着ける。藤の匂いが濃くなって来た」
「うん」
金髪の少年、アマツと、アマツの相棒である黒ふくろう、ジャナンは、黒縁眼鏡をかけていたが、視力が悪いわけでもなければ、お洒落でかけているわけでもない。
森に棲む魔女とは違う魔女に呪いをかけられたせいで、黒縁眼鏡が外せなくなったのだ。
「お風呂に入っている時とか料理している時とか気温差がある時とかレンズが曇るし、外せないから顔は洗いづらいし、鼻と耳が痛くなっても外せないし、何より」
アマツは拳を作った腕を高く掲げた。
「黒縁眼鏡が僕の美貌を霞ませている!」
「いや。霞んでないって。魅力を上昇させてるって」
「そんな事はない!」
鼻息荒く否定してはズンズン先を進むアマツの背中を見ながら、思い込みって怖いなーとジャナンは思うのであった。
「本当に黒縁眼鏡をしている君はかっこいいのに。でもまあ。確かに眼鏡は邪魔くさいから早く外したいけどね」
ジャナンは独り言ちると、すでに小さくなっているアマツの肩目がけて大きな翼を広げるのであった。
九尺藤。
一般的な藤に比べて花序が一メートルから二メートルと極めて長く育ち、カーテンのように吊り下がる紫と白の花が優美な世界へと静かに誘ってくれる。
「おい。おーい。魔女。魔女よ!」
「起きないね」
魔女を見つけ出すまでもう少し、いやかなり森に入ってからも苦労の連続だと思われたが、小一時間ほどで九尺藤を発見。藤の花の下をズンズン歩くこと、十五分。幾重も絡みついては盛り上がる幹の根元で、すやすや眠る藤色の髪の毛の少女も発見。
魔女だと決めつけたアマツは肩を掴んで容赦なく揺さぶったが、目を覚まさず。
不敵な笑みを浮かべたアマツはショルダーバッグから、魔女が求めている或る物を取り出しては竹皮を解き、ドドンと鼻に限りなく近づけた。
巻き寿司を。
「米、干瓢、三つ葉、桜でんぷん、干し椎茸、厚焼き玉子、すべてが地元産だ。海苔は親戚のおじさん家から貰ったものだが。ふふふ。頬を落っことしてしまう美味さだぞ。とんと味わえ。そして。この黒縁眼鏡を外すのだ!」
「すやりすやり」
「起きないね」
「ふふふ。いつまで眠っていられるかな」
アマツは魔女と思しき少女のすぐ傍で胡坐をかくと、パクパクと巻き寿司を食べ始めた。
「ハハハハハ。魔女よ。早く食べなければおまえが喉から手が出るほど欲している巻き寿司がなくなってしまうぞ」
「いや。本当になくなったら私たちが困るんだけど」
「ハハハハハ。安心しろ。ジャナン。母さんが山盛りたくさん作ってくれたからな。ほら。おまえも疲れただろう。地面に足をつけて食べるんだ」
「うーん。そうだね。食べようかな」
「ハハハハハ。とんと食べるんだ」
「うん。ああ。美味しいなあ」
「ハハハハハ。ああ。早く母さんに僕の素顔を見せてあげたい!」
「うんそうだね。君のお母さんはずっと黒縁眼鏡をかけたままでいいって言ってたけど、ずっとは困るからね」
「ハハハハハ。母さんは僕を励まそうとしてそう言ってくれたんだ!」
「ああ、うん。それでいいや。って。アマツ!」
「ん。お。おおおおお!な。なくなってしまった」
「「………」」
アマツとジャナンの視線の先には、巻き寿司はどこにもなく、何枚もの竹皮しかなかった。
アマツとジャナンは無言で見つめ合うと、アマツはゆっくりと立ち上がり、ジャナンはアマツの肩に乗って、その場を後にした。
少女は結局、目を覚まさなかった。
「ふー。よかった。行ってくれて」
アマツとジャナンの姿が見えなくなってから目を開けた少女、もとい魔女は、藤の幹に寄りかかっていた身体を起こすと背伸びをしてお腹をさすった。
「あの子たちの前に来た人の巻き寿司を食べすぎちゃって、あの子たちの巻き寿司が入りそうになかったのよね~。眠ったら大丈夫かと思ったんだけど。ううーん。無理ね」
魔女は両の手を合わせて、ごめんなさいと謝った。
もしも次に来られたら、ちゃんと叶えてあげるからと。
そう言葉を紡いでは、おもむろに姿を消したのであった。
九尺藤と共に。
(2023.4.20)
魔女と九尺藤と呪いの眼鏡 藤泉都理 @fujitori
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