目指すは世界の覇者
翌朝になってもカシコちゃんの頭の中は混乱したままでした。昨晩サーチライトの光の中で見た魔族、あれは紛れもなく人間でした。男も女も髪は伸び放題のボサボサ。身にまとっている布は汚れて擦り切れてボロボロ。喋る言葉は文章にならない単語の羅列。カシコちゃんのような文化人には程遠い、まるで未開の原始人のような有り様でしたが確かに人間でした。
「どういうこと? あたしの他にもこの異世界に召喚された人間がいたのかな。それがあたしみたいな現代人ではなく原始人だったってことかな。いや、もしかしたらこの異世界にもともといた住人なんじゃないのかな。つまりこの異世界は人間とアンドロイドの立場が逆になっている世界なんじゃ……」
考えれば考えるほど思考は深みにはまっていきます。カシコちゃんは考えるのを止めました。あれこれ考えずアンドロイドから情報を引き出せばよいと気付いたからです。
「ねえ、ロボ1号。あんたらはどうしてあいつらを魔族って呼んでるの?」
「そのようにプログラムされているからです」
「じゃあ、どうしてあたしは女神なの?」
「そのようにプログラムされているからです」
やはりこいつらはバカだなとカシコちゃんは思いました。しかし諦めるのは早すぎます。
「魔族と神の違いって何?」
「魔族は堕落した神です。改心して更生すれば神に戻れますが、いったん堕落してしまうとそこから這い上がるのは極めて難しいため、魔族が神に戻れた事例は一件もありません」
「つまりあんたたちが魔族に逆らえないのは、魔族の本質が神だからってこと?」
「まあそうですね」
この異世界では神=人間です。やはりあの魔族たちは人間と考えて間違いないようです。カシコちゃんはロボット三原則を思い出しました。ロボットは人間に危害を与えてはならない。ロボットは人間の命令に服従しなければならない。ロボットは自己を守らねばならない。昨晩、アンドロイドたちが魔族を攻撃できなかったのは、この原則に従ったからなのでしょう。
「ねえ、あの魔族っていつからこの世界にいるの?」
「我々が存在を開始する前からこの世界にいるようです」
「じゃあ、この世界の歴史を教えてよ。数百年、数千年前から今日までの歴史。大容量のサーバーがあるんだから詳細な記録が残されているんでしょ」
「残されています。しかし残念ながらがアクセス制限がかけられているので閲覧できません。閲覧可能なのは我々が存在を開始した以降の歴史だけです」
「女神のあたしでもアクセスできないの」
「できません」
こいつらホント肝心な所で役に立たないなあとカシコちゃんは思いました。どうやらこれ以上あの魔族に関する情報を引き出すのは無理のようです。となれば自分の目と耳で情報を収集するしかありません。
「あの魔族、どこに住んでいるかわかる?」
「はい。この施設の南東約15kmの位置にある河口付近に住んでいます。総勢30名ほどの集落です」
「遠いなあ。人数も思ったより多いし」
さすがに徒歩で往復30kmは時間がかかりすぎます。それに昨晩の凶暴さを思い出すと一人で向かうのは危険すぎます。30体のアンドロイドを連れて行ったところで魔族には逆らえないようにプログラムされているので何の役にも立ちません。別の手段で情報を収集したほうがよさそうです。
「仕方ない、ドローンでも作って観察するか」
「ドローンって何でしょうか」
「偵察用飛行装置」
「ああ、それならありますよ」
「あるんかい!」
というわけでさっそくドローンを飛ばすカシコちゃん。送られてきた映像には彼らの暮らしがはっきりと映し出されていました。住居は草木で作られたテントみたいな家。一枚の布を頭からかぶって腰ひもを結んだだけの服。食べるのは魚や貝や木の実。土をこねて土器や土偶を作ったりもしています。どこからどう見ても縄文時代の原始人です。
「この世界ってどうなってるの? どうしてアンドロイドと縄文人が同じ時代に存在しているのよ」
知れば知るほどわからなくなっていきます。頭がパンクしそうになったカシコちゃんはそれ以上考えるのを止めました。そして農場を散歩したり小麦粉でケーキを作ったりしながら残りの時間を過ごしてその日を終えました。
「歴史が閲覧できなければ地理よ!」
翌朝、目が覚めた途端に閃いたアイディアがこれです。今のカシコちゃんの関心は「この異世界の正体を解き明かす」ことだけに向けられていました。考えまいとしていても意識の深淵では常にこの問題を考え続けているのです。
朝食を済ませた後、ロボ1号と一緒に情報管理室に入室したカシコちゃんは、ロボ1号を情報デバイス端末に接続して本日の質疑応答を開始しました。
「今日も質問攻めにしちゃうからね」
「お手柔らかにお願いします」
「この世界にアンドロイドは何体くらいあるの?」
「それに関するデータは持ち合わせておりませんので不明です。何千体もあるかもしれませんし、ここにいる30体だけかもしれません」
「じゃあ、ここみたいな施設は他にもたくさんあるの?」
「それに関するデータは持ち合わせておりませんので不明です。あるかもしれませんし、この施設が唯一かもしれません」
「昨晩襲ってきた魔族の集落についてはどう? 他にもあるの?」
「それに関するデータは持ち合わせておりませんので不明です。あるかもしれませんし、あの集落が唯一かもしれません」
「あんたたちってホント使えないわね」
肝心な情報が入手できないのはいつものことです。カシコちゃんは気持ちを落ち着かせて次の質問に移りました。
「この施設周辺の地図ってある」
「あります」
「表示して」
ディスプレイに地図が表示されました。航空法で定められたドローンの最高高度から見た映像とほぼ同じです。
「もっと縮尺を小さくできない」
「できます」
縮尺が一気に20万分の1になりました。右下に湾があります。どこかで見たような地形です。
「もっと小さくして」
「はい」
さらに縮尺は小さくなり500万分の1になりました。カシコちゃんは絶句しました。そこに映し出されているのは紛れもなく日本列島でした。
「この一番上にある島の名前は?」
「北海道です」
「県庁所在地は札幌?」
「その通り。さすがは賢い女神様。よくご存じですね」
「それからここは島根県。そして県庁所在地は松江市」
「御名答! 島根は鳥取と間違えられることが多いんですよね」
もう間違いありません。ここは日本。そしてカシコちゃんが今いる場所は東京。この世界へ来る前に住んでいた場所と同じです。
「ねえ、もっと縮尺を小さくして!」
地図はさらに広範囲になりました。限界まで縮尺を小さくしたその姿はお馴染みの世界地図です。幼稚園で地理のお勉強をした時に掲示した世界白地図と同じ映像がディスプレイに映し出されているのです。
「ここは異世界なんかじゃない。日本だ、地球だ、元いたあたしの世界なんだ」
そうとしか思えませんでした。そもそも言葉が通じる点でそう考えるべきだったのです。ここは元いた世界の違う時代。科学技術が著しく発達している点を考慮すれば、恐らくは未来の時代のはずです。
「ねえ、今は西暦何年?」
「西暦? そのような年月の数え方は存在しません」
「じゃあどうやって数えているの?」
「我々が存在を開始した年を基準にしたロボ暦です。今年はちょうどロボ暦300年。女神召喚の儀式を始めてから30年目の記念すべき年です」
ということはもし未来に飛ばされたのなら少なくともカシコちゃんの時代から300年以上は経過しているはずです。
(この300年の間に世界には何が起きたのだろう。人類はどうして縄文時代に戻ってしまったのだろう。どうしてアンドロイドが残されているのだろう。どうして自分はこの世界に飛ばされたのだろう……)
「ああ、わかんない」
いかにカシコちゃんが賢くてもこれだけの情報量で正確な結論に至るのは無理です。ただ、次に何をすべきかだけはわかりました。縄文人に成り下がってしまった人間を元の文明人に戻し、カシコちゃんがその頂点に君臨すること。それ以外にやるべきことなどあろうはずがないのです。
「決めたわ。あたし旅に出る」
「えっ、それはまたどうして」
「世界各地にはあんたたちが魔族と呼ぶ者たちが大勢いるに違いないのよ。あたしはその魔族を従属させ、叡智を授け、元の神に更生させるの。そしてこの世界を統べる女神となるの。それこそがあたしに課せられた使命なんだわ」
「おお、それは素晴らしい。我らも是非お供させてください」
「もちろんよ」
次の日から旅立ちの準備が始まりました。移動手段はソーラー電池装備の四輪駆動4人乗り水陸両用電気自動車5台。食料は必須栄養素を全て含んだ丸薬。どんな泥水も真水にできる浄水器。不測の事態に備えてサバイバルキット。キャンプセット一式。夜一緒に寝るぬいぐるみ。日記帳。着替え。常備薬。その他あれこれ。ひと月後、準備はすっかり整いました。
「連れて行くのは耐用年数の長いロボ1号から15号まで。残りの15体はこの施設にお留守番。いいわね」
「はい。施設は我らにお任せください」
「それでは出発!」
15体のアンドロイドを5台の電気自動車に分乗させて世界統治の旅に出るカシコちゃん。最初の目的地はひと月前に施設を襲撃した魔族の集落です。ますは彼らに試金石となってもらいそれ以降の方針を決めるのです。
「カシコ様、到着です」
「ご苦労。さあ、始めるわよ」
カシコちゃんは水陸両用電気自動車の屋根に立ち、大声で呼び掛けました。
「皆の者、聞け。我はこの世を統べる女神、カシコである」
集落に住む魔族たちは突然の訪問者に戸惑いながらも集まってきました。しかし襲い掛かろうとする者はいません。車の周囲には有刺鉄線のバリケードが構築され、水鉄砲を手にしたアンドロイドたちが身構えているからです。とは言ってもアンドロイドたちは魔族を攻撃できないので単なる
「そろそろいいわね」
ほぼ全員の魔族が集まった頃合いを見計らってカシコちゃんは言葉を続けました。
「我に従属せよ。我にひれ伏せ。さすればおまえたちは素晴らしい叡智と安寧を与えられるであろう。さあ、これを受け取るがよい」
カシコちゃんは屋根から餅をばら撒きました。我先にと餅を取り合い奪い合い食べ始める魔族たち。やがて全ての餅を食べ尽くしてしまうと全員地にひれ伏し両手をすり合わせてカシコちゃんを称え始めました。
「賢きカシコ様、なんたる賢さ」
「我らに、賢さ、与え給え」
「我らに、餅と、賢さ、与え給え」
「賢い、ヒロイン、ここに、爆誕!」
「ふふふ、それでいいのよ。あたしは賢いカシコ様。全世界はやがてあたしの元にひれ伏すことでしょう。楽しみね。あーはっはっはっは」
カシコちゃんは高笑いしました。まるで本当の女神様のように賢く気高く残酷な笑いでした。カシコちゃんの世界征服の旅はまだ始まったばかりです。
聖賢幼女の世界征服 沢田和早 @123456789
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