アリーナへようこそ!
頑強なコンクリートも年月には敵わず、表層は崩れ、鉄筋が露出している。
埃の積もった灰色の世界は、かつて大型の無人兵器が身を休める格納庫だった。
電源は絶え、タジマ粒子の放つ微かな輝きが光源。
薄闇を紅蓮の閃光が切り裂く──巻き上げられた粉塵が格納庫を白く染める。
一面を覆う白、そこで揺らめく巨大な影。
それは、蒼穹より深いコバルトブルーで染め上げられた鋼の巨人だ。
左肩の装甲が欠損し、機体各所で陽炎が揺らめく。
「いいねぇ……」
警報の鳴り響くコクピットで、男は獰猛な笑みを浮かべた。
敵機を捉えたターゲットマーカーは真正面から動かない。
戦場に満ちる刹那の静寂──男を見据える赤い眼光が揺らぐ。
右腕に装備したレーザーブレイドで白の闇を払い、コバルトブルーの巨人はスラスターに点火した。
「ブロンズナイトぉぉ!!」
同時にカッパーの巨人──ブロンズナイト──も加速し、格納庫を紅蓮の閃光が彩る。
コンクリートの支柱を紙一重で躱し、互いに砲口を突きつけ合う。
新たな支柱に射線は遮られ、砲火が瞬くことはない。
≪エネルギー残30%≫
両者は軽量級ティタンの殺人的加速を制御し、閉所を駆ける。
ターゲットマーカーは機動に追従できず、役に立たない。
しかし、スティックを握る男は笑みを深めるだけだ。
「行くぜぇ!」
左腕のレーザーライフルを構え、砲身が紫電を纏って発光。
砲口の先、カッパーの影が加速し、支柱の陰へ消える。
一筋の光芒が薄闇を掻き消す──同時に男はペダルを蹴った。
高出力のレーザーライフルは、コンクリートの支柱を易々と貫通していた。
しかし、そこにブロンズナイトはない。
「もらったぁぁぁ!」
コバルトブルーの影が突進する先に、天井と接触する寸前を飛ぶ軽量級ティタンの姿があった。
既に左腕のフレイムロックは男を照準している。
発砲──レーザーライフルを握る左腕が関節部から吹き飛ぶ。
されどコバルトブルーの流星は止まらない。
レーザーブレイドが眩い閃光を放ち、光の刃を形成。
必殺の一撃で獲物を斬り捨てる──
「な、にっ!?」
虚空を斬った一撃は天井の配管群を焼き、カッパーの塗装すら剥がせない。
眼下には、自由落下するブロンズナイトとフレイムロックの砲口。
被弾の衝撃でレーザーブレイドの入射角を僅かに狂わせたのだ。
恐るべき状況判断、そして技量。
「まだまだぁ!」
しかし、アリーナ3位に挑む権利を持つ男も並の戦士ではない。
スティックのボタンを弾き、補助スラスターを点火。
火花散る灰色の世界が急加速する。
≪左脚部被弾≫
AP弾が左脚の装甲を削ぎ落し、バランスの崩れた愛機は暴れ馬同然。
至近を天井と支柱が高速で擦過する。
それでも男は笑う──強者と渡り合う瞬間を逃してなるものか、と。
数多の戦場で培ってきた技量の全てを駆使し、迫る格納庫の壁面へ脚を向けた。
≪エネルギー残10%≫
スラスターを一時的にカット、接地に備えつつ敵影を追う。
ブロンズナイトは──落下地点にいない。
壁面へ接地した衝撃が脚から頭へ走り、男は反射的にペダルを蹴った。
「そこかぁぁ!」
跳躍の衝撃で陥没する壁面に、AP弾の弾痕が刻まれる。
射点を捕捉した男は、補助スラスターに再点火。
コバルトブルーの流星が灰色の世界に複雑な軌跡を殴り描く。
≪来い≫
対するカッパーの巨人は得物の砲口を上げ、銅像の如く静かに佇む。
追尾を諦め、迎撃に集中する算段なのだ。
しかし、それでは軽量級ティタンの機動性が失われてしまう。
「ああ、行ってやるよ!」
目を爛々と輝かせ、男はペダルを踏み込む。
操縦を誤れば支柱と激突する紙一重の機動、それを為してこそ軽量級ティタンの真骨頂だ。
「これで終わりだ、ブロンズナイトぉぉ!」
形成されたレーザーブレイドの刃がコンクリートを焦がす。
支柱の陰を潜り、ブロンズナイトを背面より強襲──
≪甘い≫
光の刃が切り裂いた空間に、軽量級ティタンの影はない。
コクピットに鳴り響くロックオン警報。
背後へ過ぎ去る支柱の陰で、赤い眼光が尾を引く。
「へっ……やっぱ強ぇ──」
カッパーの巨人は、既に照準を終えている。
数多の敵を屠ってきた2門のフレイムロックが火を噴く。
◆
大型スクリーンに映し出されたカッパーの巨人が、残心のようにフレイムロックの砲口を上げた。
その背後でAP弾に貫かれた軽量級ティタンが爆散する。
時間にして1分ほどの戦闘だったけど、良いものを見せてもらったぜ。
胸が高鳴って仕方ない──まさか、これが恋?
冗談はさておき、また手合わせしてほしいな。
間違いなく楽しい。
「さすがっすねぇ、カレン君」
「あれが初代フレイムロッカー……」
眺めていた画面が切り替わり、次の対戦が映し出される。
一方は、両腕に大型シールドを装備した逆脚の重量級ティタン。
もう一方は、頭身が人間に近いスマートなシルエットの中量級ティタンだ。
≪お次の対戦は……フラットスワンプvsジョン=スミスだぁ!≫
≪接近戦を得意とする両者ですが、スタイルは正反対ですネ。無慈悲のシールドバッシュか、それともティタン式CQCか……次も目が離せない一戦だヨ!≫
大型スクリーンが至る所に配置されたアリーナの出張所は、俺にとって遊園地みたいな場所だった。
どこを見渡しても白熱のロボットバトルが繰り広げられている。
最高かよ。
「次はあっちを見に行きましょう!」
「よし、行くか!」
俺と同じくらいスカイブルーの瞳を輝かせるゾエの手を握り、隣の大型スクリーンまで駆ける。
今日はストーリーイベント開始前で、いつもより盛況らしい。
ヘイズとブライアン隊長がライセンスを復旧するまで存分に楽しむぜ!
「ふっ…あまり遠くに行ってはいけないぞ、少年」
そう言って爽やかに見送ってくれる師匠は、邪魔にならない壁際で腕を組む。
「安心してください。私が付いています」
よし、迷惑をかけないよう目の届く場所で観戦しよう。
無表情でサムズアップするアルは見なかったことに──
「やぁ、V君」
背後から聞き覚えのある好青年ボイスが響く。
「うわ、出た」
「クラッシャージョン…!」
「Vだと……どこだ?」
周囲のプレイヤーは一様に声を潜め、硬質な足音が出張所を反響する。
振り返った先には、6本のスリットから覗く緑の眼光。
ブライアン隊長とは異なる威圧感を纏った細身のサイボーグ──
「ジョンさん」
そりゃアリーナに来たら、チャンピオンがいても不思議じゃないけども。
到着してから5分足らずでエンカウントしていいプレイヤーじゃないよ。
「ここに来るのを待っていたよ。もう登録は済ませたかい?」
「ま、まだです…」
相変わらずプレッシャーが凄い。
隠し切れない闘争心が全身から溢れ出してる。
アルはゾエを連れて退避し、ダンは挙動不審ながらも無関係を装っている。
「では、すぐ行こう。前回の続きを…いや、ここは私も愛機と共に挑もう。そうでないとフェアじゃない」
「ちょっと待ってください」
とんとん拍子に話を進められるわけにはいかない。
今日の俺は、ただ流れに身を任せる男じゃないぜ。
ロボットバトルは大歓迎だが、譲れないものもある。
「登録したばかりでアリーナ1位に挑むことって可能なんですか?」
「対戦相手の承認さえあれば可能ではある」
そう言って俺の隣で腕を組む師匠。
頼もしいぜ。
ジョンさんと視線が交えるも、お互いサイボーグのため表情は読めない。
「順当に勝ち上がっていく場合、無理ってことですね?」
「うむ」
なら、この対戦は無効だ。
アリーナで戦うならアリーナのルールで、チャンピオンに挑みたい。
「君はアリーナでもトップクラスの実力がある。何も問題は──」
「険しい山は麓から登りたいんです」
せっかく出迎えてくれたジョンさんには悪いけど、そこは譲れなかった。
最初からクライマックスも嫌いじゃない。
でも、そこに至る過程が好きなんだ。
「最初から頂なんてつまらない」
ジョンさんは、すぐには答えない。
しばしの沈黙があった。
≪インヤーのシールドバッシュが炸裂! これは決まったか!?≫
≪いや、まだネ! ガーラントは寸前で軌道を逸らしたヨ!≫
大型スクリーンから流れる白熱の実況が、出張所に響き渡っている。
明滅する画面には、火花を散らして激突する2機のティタン。
両者の装甲は凹み、擦過痕が刻まれ、それでも鋼の戦意に満ちていた。
「己と愛機を鍛え、強者たちと戦い、順位を上げていく」
独白のように言葉を並べ、傍らの大型スクリーンを見上げるジョンさん。
「それがアリーナだったね」
もう威圧感は感じない。
ただ、6本のスリットから覗く緑の眼光は、寂しそうに見えた。
「すまない……気が急いていたようだ」
求める強者との再戦が叶わない──残念だろうな。
まだ奴の代替品として見られているのか、それは分からない。
でも、そんな些細な事はどうでもよかった。
「なるべく早く再戦できるよう頑張ります」
あの荒野で手合わせした時のチャンピオンは、間違いなく本気だった。
それは、きっとアリーナでも変わらないはずだ。
「首を洗って待っててください」
「V君…!」
なら、正々堂々と真正面から挑ませてもらう。
そして、勝つ。
「楽しみにしているよ」
差し出した手を力強く握り返すジョンさんは、朗らかに笑う。
俺も再戦が楽しみで仕方ない。
「険しい山、ねぇ……そう簡単には登らせるわけにはいかんよなぁ?」
「おうよ、クラッシャージョンだけがアリーナの名物じゃねぇぜ」
「早く上がって来ねぇかな」
周囲から向けられる視線に敵意や悪意はなく、純粋な闘争心に満ちている。
周りが全てライバルとか最高か?
「ここで何をしている、V」
期待に胸躍らす俺の名を呼ぶのは、見覚えのあるフライトジャケットを着た兄ちゃんだった。
頭上には尖った犬耳が生え、鋭い黄金の瞳と相まって狼みたいだ。
顔を合わせるのは初めてだが、声質から誰かは分かる。
「ブロンズ──カレン、さん」
初代フレイムロッカー、ブロンズナイトことカレンさんだ!
何とも言えない表情で俺を見遣り、犬耳の生えた頭を掻く。
「…カレンでいい」
そう告げたカレン氏は犬耳を後ろに倒し、ジョンさんを睨みつけた。
めちゃくちゃ目つきが悪い。
「拉致してきたのか」
「無実だよ」
爽やかな好青年ボイスで応じるジョンさんは、小さく両手を上げる。
アリーナの出張所は喧騒を取り戻し、プレイヤーは観戦に戻っていく。
「はぁ……旅団長、まだ合流まで時間があったはずだぞ」
カレン氏が振り向いた先には、売店から出てきた第8艦隊所属空中強襲旅団シルバーピアサーズご一行。
その手には、ムカデっぽい節足動物の串焼きとパック飲料が!
ポストアポカリプス飯って、どうして食欲が減衰するデザインなんだろ。
「そこのお二人がアリーナで決闘するって話になって、ちょっと予定を早めたっす」
人懐っこい笑みを浮かべる褐色美人のグッドイヤーさんは串焼きを頬張る。
絵面が酷い。
そして、ちょうどヘイズとブライアン隊長が受付から戻ってくる。
「ライセンスは復旧できた?」
「問題ない。お前は……騒動を起こした後か」
「いや、起こしてないよ」
証人だって大勢いる──どうして皆、目を逸らすんだ。
いや、待ってほしい。
ちょっとアリーナ1位に宣戦布告しただけじゃん。
全然、ちょっとじゃないが?
「レギュレーションは確認したか、ヘイズ君」
「確認した。少々調整がいるな」
さりげなく師匠が話題を切り替えてくれる。
命拾いしたぜ。
「後で話を聞かせてもらうぞ、V」
「うっす」
知ってた。
「杭打ち狐に、殴り屋……復帰するのか?」
「今日だけだ」
「私も当局に戻らねばならん」
今日だけ復帰ということは、俺が2人に挑むことはないのか。
ヘイズは頼めば付き合ってくれるだろうけど、ブライアン隊長は今しか挑めない。
前言撤回したくなってきた。
「準備運動が必要なら相手になろう」
「自重しろ、チャンピオン」
「お断りだ。今日は振られてしまったからね」
朗らかに笑うチャンピオンを睨み、犬耳を後ろに倒すアリーナ3位。
どっちも闘争心が抑え切れてない。
「準備運動にしては重いな」
「ああ、過分だ」
そう言って肩を竦める2人だが、声色には闘争を前にした高揚が滲む。
アリーナの出張所を見渡し、幾人かのプレイヤーと視線を交差させる。
「ここはアリーナ、相手には困らんだろう」
狐の面に隠されて表情は見えないが、ヘイズは間違いなく笑っていた。
少し、調子が戻ってきたかな?
「ダンも登録に行きましょう!」
「あの人外魔境に混じれってか!?」
俺と一緒に頂を目指さないか、ダン。
初期機体は初心者にあらず! 黄色い食べ物 @swordfish_mk1038
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