兎とパイロット!

 EIGHTH-FLEET──直訳するなら、第8艦隊か。


 おそらくクランなのだろう。

 全員がフライトジャケットを羽織り、まるでアメリカ海軍の戦闘機パイロットみたいだ。


「こちら、エリア13の水没地区へ吶喊したV君なんよ」

「どうも、Vです」


 ムリヤさんから紹介を受け、俺は頭を下げた。

 ひとまず周囲の喧騒は収まり、野次馬の皆さんは距離を取って話し込んでいる。


「突入機はヘリじゃないと思ってたが…ムリヤって、あれだろ?」

「ああ、エクノプランを一から建造した変態技術者の」

「借金漬け兎耳幼女」

「属性の過積載か?」


 素体再生リスポーン費用を切り詰めてでもWIG地面効果翼機を建造したロマンの探究者、そして取立と日夜戦う兎耳幼女先輩。

 それがムリヤさんだ。


「Vって聞いたことあるような…」

「オープニングを倒したとかいう期待の新人じゃない?」

「つまり初心者?」


 戦闘機パイロットの一団からは珍しい反応が返ってきた。

 指名手配犯ではなく初心者として扱ってもらえるのは、新鮮だ。

 やっぱり俺って初心者だよね──


沿地区のSHORADに挑んだのかぁ……いいねぇ」

「ウチのSEADに来てほしいっすね……」


 前言撤回。

 その獲物を前にした肉食獣みたいな眼差しは、初心者に向けるものじゃない。


「あ、申し遅れたっす」


 肉食獣の眼差しを引っ込め、人懐っこい笑みを浮かべる褐色美人──声質は男性っぽい──が敬礼してくる。


「第8艦隊所属空中強襲旅団シルバーピアサーズの旅団長、グッドイヤーっす」


 え、かっこいい。

 男の子は空中強襲とか空中機動って単語が大好きなんだ。


「シルバーピアサーズって…!」

「知ってるのか、ダン」


 すっかり解説役が板に付いてきたダンは、真面目な表情で頷く。


「中小クランが集まって結成された連合クラン、第8艦隊の最大戦力──アルジェント・メディウム撃破を目的に結成されたクランだ」


 エリア13の端に足を踏み入れたからこそ分かる。

 アルジェント・メディウムの撃破は想像を絶する高難度のミッションだと。

 古参と呼ばれるクランとなれば、彼女に挑んだ回数は一度や二度ではないはずだ。

 親近感が湧くぜ。

 それにしても──


「ムリヤさんってクランに所属していたんですね」

「あ、ムリヤ先生はウチの所属じゃないっすよ」


 そう言ってグッドイヤーさんは手を横に振る。

 ムリヤさんはキャップもフライトジャケットも着ていないけど、傍から見たら同郷にしか見えないっす。


「道案内兼用心棒をお願いしてるっす。ウチは陸に疎いもんで」

「揺れない地面って久々だよね」

「空に上がればこっちのもんなんだけどなぁ」


 シルバーピアサーズの面々が旅団長の言葉に頷く。

 揺れない地面って船上生活してるのかな?


「正直、副業の依頼ばかりで困ってるんよ」


 そう言って溜息を吐くムリヤさんは、肩から下げているマシンピストルに手を置く。

 そして、何とも言えない視線を俺の背後へ向ける。


「それでヘイズの姉御とブライアン君は、やってるんよ?」


 そうだった。

 まだ局地紛争の火種が燻ったままだったぜ。


「売られた喧嘩は買わねばな」

「最低限の礼儀だ」


 小洒落たオープンカフェで対面する2人は、今にもティタンを駆り出して殴り合いを始めそうだ。

 当局の皆さんはブックメーカーに混じり、師匠はコーヒーを嗜んでいる。


「どっちも近接武器なら互いを尊重し合えばいいんよ」


 リスペクトって大事だよね。

 野次馬の中には頷いているプレイヤーも見える。

 大怪鳥ルンルンが関わらなければ、ムリヤさんは常識人だ。


「近接武器で一括りにするな」

「地面効果翼機は飛行艇の亜種と言うようなものだ」

「あ?」


 兎耳幼女から聞こえちゃいけない濁音が聞こえたぜ。

 この瞬間、常識人は死んだ。


「死にたいらしいんよ」

「ムリヤ先生、抑えてほしいっす…!」


 満面の笑みでマシンピストルのセーフティを外すムリヤさん、それをグッドイヤーさんが慌てて制止する。


「地面効果によって地表と空の狭間を飛翔する地面効果翼機が飛行艇の亜種? 似ているのは一部の形状だけなんよ、ぶち殺──」

「一般人に違いは分からないっすよ、ムリヤ先生!」


 無表情のアルがゾエの耳を塞ぎ、俺とダンはチベットスナギツネみたいな表情で推移を見守る。


「P-47もFw190も零戦って言う一般人は飛行艇なんて知らないんよ。あえて飛行艇って言う野郎は理解して言ってるんよ!」

「厄介なミリオタみたいなこと言わないでほしいっす!」


 兎耳幼女を羽交い絞めにする褐色美人という微笑ましい絵面、されど飛び交う言葉は全く微笑ましくない。

 シルバーピアサーズの団員も加わって、必死にムリヤさんを宥める。


「ふぅ……つい取り乱したんよ」


 辛うじて理性を取り戻したムリヤさんは、マシンピストルのセーフティを戻す。

 用心棒とは一体?


「お前の知り合いって…」

 

 ティタン・フロントラインに真の常識人はいないんだ、ダン。

 だから、かわいそうなものを見る目はやめなさい。


「そんなに白黒つけたいならアリーナに行くんよ」


 来たぜ、ティタン・フロントラインらしい解決策が──アリーナってB17にあるの?


「そういえば、これから向かう予定だったっすね」


 思い出したと言わんばかりに相槌を打つグッドイヤーさん。

 アルジェント・メディウム撃破を掲げるクランには無関係そうっす。


「あそこならペナルティを気にせず全力で戦えるんよ」

「アリーナか……この時期に開いているのか?」

「ライセンスを復旧する必要があるな」


 ヘイズとブライアン隊長はムリヤさんの案を検討し、決闘の段取りを組み始める。

 もう殴り合うのは決定事項なんですね。



「ウチはエリア13の沿岸地区に面するエリア27で活動してるっす」


 シルバーピアサーズ一行とセントラル・ガード一行を連れ、俺たちは商業ブロックの中心にあるアリーナの出張所を目指していた。

 アリーナの運営組織は各地に出張所を構えているのだそう。

 野次馬の皆さんは決闘の喧伝をしながら方々へ散った。


「エリア27は全域が海なんよ」

「あそこで活動しているクランの多くは自前の艦を持っているそうですね」

「戦艦ですか?」


 アルの言葉にゾエが反応し、期待の眼差しをグッドイヤーさんへ向ける。

 多分、宇宙戦艦じゃないと思うよ。


「戦艦を保有してるクランはスーアガズくらいっすね。あれは維持費が高いっす」


 申し訳なさそうに頬を掻くグッドイヤーさん。

 大艦巨砲主義はロマンだけど、二足歩行ロボットが主役の世界で運用できるのか。

 実物を見る機会があったら見てみたいな。


「旗艦のワスプも大概なんよ。それに加えて訓練と強行偵察の繰り返し、超弩級戦艦の維持費なんて可愛いものなんよ」

「超弩級戦艦!」

「どうどう、ゾエちゃん」


 目を輝かせるゾエを抱き寄せ、狼っぽい獣人の少年を躱す。

 商業ブロックの中心へ向かうにつれ、人口密度が上昇している。


 ここは通行人が避けて通るヘイズにゾエを預けよう──ぎゅっと袖を握られたので断念。


 ヘイズへ視線を向ければ、すかさず頷きが返ってくる。

 これだけで意図を汲んでくれるとは、さすが我が友。


「ムリヤさん、強行偵察って?」

「アルジェント・メディウムの静止画──あれを撮影したのがシルバーピアサーズと言えば、分かるか」

「ああ、なるほど」


 ムリヤさんが答えるより先に、隣に並んだヘイズが淡々と答えた。

 アルジェント・メディウムの静止画は、よく覚えている。

 てっきりフレーバーテキストの類だと思ってたぜ。


「訓練と強行偵察には膨大なクレジットがかかるっす」


 そういうところでティタン・フロントラインはシビアだ。

 弾薬費、修理費、パーツの購入、システムの更新、嗜好品等、クレジットのかからないものはない。

 無償で手に入ったのは、この身体と相棒くらいだ。

 もう少しレールガンとパイルバンカー安くならないかな!


「例えばアルジェント・メディウムのSHORAD……ええっと、短距離防空は凄まじい密度っす。生半可な装備と技量では突破できないっす」


 エリア13の端でなのだ。

 本場は、より苛烈な迎撃を行ってくるのは想像に難くない。

 今回のストーリーイベントって勝てるのか?


「訓練も同程度の難度がないと訓練にならないので、相応の物量がいるっす」

「シミュレーターを利用していないのかね?」


 師匠の疑問は尤もだ。

 どんな困難なミッションもシミュレーターなら簡単に再現できるだろう。


「勿論、併用してるっす。でも、実戦に勝るものはないっす」

「シミュレーターの使用料も結構高いんよ?」


 なんてこった。

 シミュレーターでロマン仕様の相棒を存分に乗り回そうと思ってたのに!


「多額の出費があるとなれば、収入源が必要っす」


 世知辛いぜ、ティタン・フロントライン。


「だから、アリーナか」


 ブライアン隊長の厳かな声が後ろから響き、グッドイヤーさんは口角を上げる。

 アリーナが収入源ってことは──


「競馬みたいな感じ?」

「どう考えても賞金目当てだろ」


 たしかに賭博は駄目だわ。

 だからといって、ダンが言うように賞金を収入源にできるとは思えない。

 勝負事である以上、安定しないじゃん。


「V様、箸にも棒にも掛からないアリーナ下位に大した額は出ませんが、上位は異なります。まずクレジットに困ることはなくなるでしょう」


 そう言ってアルは無表情のまま、ぐっと拳を握り締めた。

 さすがはトリガハッピー赤字モンスター、詳しいぜ。


「アリーナは賞金目当てで勝ち上がれるほど甘くない」

「バトルジャンキーしか生存できない魔境って話だからな……」


 ブライアン隊長の連れである凹凸コンビが、俺の疑問を代弁してくれる。

 アリーナの上位と言えば、チャンピオンやブロンズナイトだ。

 賞金目当てのプレイヤーが入り込む隙があるものか?


「間違いなくジャンキーっすよ。ウチに籍を置いてるだけって錯覚するぐらいのね」


 しかし、グッドイヤーさんは不敵に笑うだけだ。

 それだけ信頼の置けるプレイヤーとなれば、きっと腕利きなんだろうな。

 いつか魔境へ挑むためにも、アリーナへ登録しておこう──


「…ブロンズナイトか」

「ゑ?」


 師匠の口から飛び出した名は、まさかのアリーナ3位!


「はい、ブロンズナイト──もといカレンはウチの稼ぎ頭っす」

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