こいつお巡りさんです!

 通行人からの視線を集めながら、俺たちはB17の商業ブロックを進んでいた。

 いつものような騒動は起こっていない。

 注目はされているが、女子力必須の銃撃戦が始まったりはしない。

 女子力とは?


「──聞いてんのか、V」


 通り過ぎるプレイヤーの観察を中断し、隣を歩くダンへ顔を向ける。

 ちゃんと話は聞いてたぜ。


「ロマンに犠牲は付き物って話だよな」

「本当に分かってんのか?」


 ダン曰く購入したニードルガンはアーキテクツマーケットの新製品で、大変お高いらしい。

 額面上の性能は申し分ないが、衝動買いするものじゃない、と。


「クレジットは使うためにあるんだよ。気にすんなって」

「少しは自分の機体に投資しろよ」

「俺は未来に投資してるだけだぜ」

「なに?」


 俺が何の打算もなくクレジットを出していると思ったのか?

 甘い、甘いぜ。

 

「強くなってくれよ、戦友」

「お前、まさか…!」


 そう、そのまさかよ。

 これは、手強いライバルと戦うための投資だぜ。

 度重なる死闘で成長しているダンは、これからも成長していくだろう。

 成長していく戦友との対決を俺は望んでいるのさ──


「V」


 横を通り過ぎるプレイヤーの視線が、俺の背後に向けられていた。

 来たな、プレッシャー!


「待ってくれ、我が友」


 往来でも躊躇なく両手を上げて、俺は無抵抗の意思を示す。

 これは決して浪費じゃないんだ。

 だから、相棒を差し押さえるのは勘弁してください。


「反面教師は1人でいい」


 溜息と共に、背後で膨れ上がっていたプレッシャーが霧散する。

 常々、ヘイズは無為な浪費をしないよう俺とゾエに注意してきた。

 先頭を歩いていたアルと目が合う。


「V様、なぜ私を見たのですか?」

「自分の胸に手を当ててごらん」


 俺の言葉を受けて、そっと胸に手を当てるトリガーハッピー。


「後悔はありません」


 一拍置いて口を開いたアルは、曇りなき眼をしていた。


「いや、反省しろよ」

「愚者は経験に学ぶと言いますが、私は愚者ではないので」

「ドヤ顔で言うことじゃないが?」


 まるで反省の色が見られない。

 なるほど、反面教師だ。


「ダン君が見ていたニードルガン、あれはライフルの替わりかな?」


 俺とアルの不毛な問答を聞き流し、師匠がダンに問う。

 クレジットを振り込む瞬間に見えた性能諸元は、ライフルというよりハンドガンに特性が近かった。

 おそらく、ダンは──


「フレイムロックと交換するつもりです」


 幾度とダンの窮地を救ってきたフレイムロックも後進に道を譲る時が来たか。


 HG66-FLAMEROCK──ダンと出会うで、ブロンズナイトが愛用するハンドガン。


 俺も思い入れのある一丁で、どこか名残惜しい。


「フレイムロックを捨ててしまうのですか?」


 とことこと駆け寄ってきたゾエが、ダンをじっと見つめる。

 いっそダブルハンドガンにしないか。


「いや、捨てるって……」

「フレイムロックとは遊びだった、ということですね…!」


 予想外の一言を放たれ、俺とダンは思わず硬直した。

 そんな言葉、一体どこで覚えたんだ?


「ティタンはパーツを組み替えるもんだろ!?」


 その通りだ。

 同意を求めてきたダンに、俺は力強く頷いてみせる。


「そうだな」

「うむ」


 頷くヘイズと師匠を見て、それから改めて俺を見るダン。

 その表情は、渋い。


「もしかして、俺がおかしいのか?」

「自分好みに愛機をアセンブルするのが醍醐味なんだ、おかしくねぇよ」


 ヘイズと師匠はがあるだけだし、俺は相棒以外乗れないだけだ。

 もしかして、俺たちって少数派なのでは?


「Vもオープニングを改修するのですか?」


 アセンブルの単語を聞き、スカイブルーの瞳が輝く。

 期待の眼差しが眩しいぜ。


「そりゃレールガンとパイルバンカーを──」

「重量過多です!」

「そもそも買えないだろ」


 師弟の言葉を軽く聞き流し、俺は鼻を鳴らす。

 越える壁は高ければ高いほど燃えるってもんだ。

 必ず相棒を夢のロマン仕様に仕上げてやるぜ。


「ならば、安価なナックルはどうだ?」


 商業ブロックのストリートに満ちる喧騒を縫って、理知的な声が聞こえた。


「その声は……」


 振り向いた先には、オープンカフェがあった。


 そして、中央のテーブルを占有する──全く理知的じゃない筋骨隆々なサイボーグ!


 どう見ても戦闘用だよ、あれ。


「ブライアン隊長!」


 セントラルの自治組織、セントラル・ガードの隊長がいるとは思わなかった。

 相変わらず巨躯から放つ威圧感がすごい。

 猫の意匠が随所に見られる子洒落たカフェなのに、誰も寄り付かない。

 営業妨害だよ、ブライアン隊長!


「殴り屋ブライアン、何の用だ」


 ヘイズの底冷えする声に対し、格子状のフレームの奥で緑の眼光が瞬く。


「杭打ち狐も一緒か」

「どうどう」


 静かに敵意を漲らせるヘイズとブライアン隊長の間に割り込む。

 落ち着け、ステイクールだ。


「…輸送列車護衛の件、ご苦労だった」


 テーブルの上で手を組み、俺に視線を戻すブライアン隊長。

 手元に置かれた黒猫をプリントしたカップ、可愛いですね。

 ギャップが酷い。


「楽しいミッションでした。また機会があれば呼んでください」

「ティタン21機の襲撃を受けたと聞いていたが……楽しい、と来たか」


 ブライアン隊長には感謝してる。

 集団戦はロボットバトルの王道と言っていい。

 バンディットの操るティタンは少々物足りなかったが、やっぱり数は正義。

 鋼の巨人が入り乱れ、火花を散らす光景は胸躍る。

 それはそうと──


「隊長たちもストーリーイベントに参加を?」

「せっかくの休暇だからねぇ」


 ブライアン隊長の対面に座る副官のマリオさんが、ひらひらと手を振る。


「ゲームでも休暇申請しないといけないなんて…はむ」

「お前はティタン乗り回してただけだろ」


 隣のテーブルでホットサンドを食む亜人少女、額を押さえる細身のサイボーグ。

 2人の羽織るベストの右肩には、当局を示す盾のワッペンが縫い付けられていた。

 このカフェを利用してる人って、もしかしなくても関係者か。


「私たちもプレイヤーだからな。祭りを純粋に楽しみたい時もある」

「なるほど」


 そう言って肩を竦めるブライアン隊長。

 しかし、その右肩には当局のエンブレムが描かれている。

 休暇中でも当局の肩書は外せないのかぁ。


「あら…道行く人に熱烈な視線を送られるのも、その一環でしょうか?」


 いつの間にかテーブルの近くに佇んでいた獣人の店員さんが首を傾げる。

 全く気配を感じなかった。


 トレーで口元を隠し、目を細めて笑う──すごく胡散臭い。


 ブライアン隊長の利き手と逆の位置に立ち、猫耳の片方をヘイズへ向けている。

 美人な店員さん、その女子力は高い。


「職業病のようなものだ。何か不都合でも?」


 格子状のフレームの奥で瞬く眼光は無機質で、声色は厳か。

 犯罪者でも相手取るような威圧感をブライアン隊長は放つ。


「いいえ……滅相もございません」


 一瞬だけ俺とヘイズを見遣り、するりと厨房の入口まで引き下がる店員さん。


「チェシャさん、このままだと客足が…」

「虎穴に入らずとも虎子を得られるなら、君子を気取りなさい」


 メカメカしい猫耳と尻尾の生えたサイボーグにトレーを預け、厨房の奥へと消える。

 ここのカフェ、どういうコンセプトなんだろ?


「さて、ナックルの件だが……」

「文鎮を勧めるな、殴り屋」

「火薬臭い女には聞いていないが?」


 ブライアン隊長が席を立ち、ヘイズと真正面から正対する。

 やめて、俺のために争わないで!


「Vの可能性を閉ざすな、と言った」

「蹴撃を得意とするVはだ。工具の出る幕ではない」

「脳まで錆びたか? 冗談はリーチの短さだけにしておけ」


 2人とも俺を見てないね。

 殴り合いの口実を探しているだけだわ。


「お、杭打ち狐と…相手は誰だ?」

「当局の狗──いや、殴り屋ブライアン!」

「へっ…こういうのを待ってたんだ。トトカルチョを出せ!」

「任せろ!」


 物騒な空気を感じ取り、子洒落たカフェの周囲に野次馬が集まり出す。

 見慣れた光景なのか、マリオさんは肩を竦め、連れの2人はブックメーカーに混じっている。

 血の気が多いぜ。


「ど、どうすんだよ…!?」

「それを俺に聞いちゃうか、ダン君」


 ヘイズは冷静そうに見えて沸点が低い。

 現実では時と場所を弁えるが、ここは暴力が最善手のティタン・フロントライン。

 止める術はない。


「古来より雌雄を決するなら決闘だろう」


 師匠は致し方なしという体で語る。

 欠伸を噛み殺す三毛猫な獣人の店員さんに注文しながら。

 さすが師匠だ、動じてない。


「どちらも近接武器でしょう。強いて言うならパイルバンカーの方が重──むぐっ」

「いけません、アル!」


 危険を察したゾエは背伸びしてでもアルの口を小さな手で塞ぐ。

 そこからはデッドラインだ。


「パイルバンカーなんて古い古い。時代は替刃式高周波ブレードよ」

「それより俺の高機動戦用レーザーランスTEN-SENを見てくれ」

「小細工など不要、ティタン神拳を極めよ」

「うわ、出た」


 我こそは、と勝手に盛り上がり、ついには場外乱闘まで始める傍迷惑な野次馬たち。

 いつものティタン・フロントラインが帰ってきた。

 そんな世紀末と化した往来で、俺は救世主の姿を見出す。


「ムリヤさん!」


 届け、俺の想い──救いを求める声にが立つ。


「およ、久しぶりなんよ」


 マシンピストルを肩から下げた兎耳幼女、ムリヤさんが俺の姿を捉える。

 同時に、ムリヤさんの背後に立つ一団も振り向く。


「ムリヤ先生、お知り合いっすか?」


 全員がフライトジャケットを着込み、EIGHTH-FLEETと書かれた紺のキャップを被っている。


 その右肩には──蜂と蓮花を描いたワッペンが縫い付けられていた。

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