フロントラインに集え!

 ティタン・フロントラインのストーリーイベント開幕まで2日を切った。

 中森曰くゲーム外でも話題になるほど、盛り上がっているらしい。

 いつも鉛弾の飛び交う賑やかなゲーム内を見てると実感が湧かないぜ。

 今日も寝支度を整えて、いざ行かん!


「勝二」


 意気揚々と階段を上ろうとする俺を呼び止めるのは、リビングでコーヒーを嗜む父さんだ。

 最近、帰りが遅くて話す機会がなかった。

 どうしたんだろ?


「なに?」

「勝二が今プレイしてる…ティタン・フロントラインだっけ」


 丸眼鏡を掛けた父さんは、知的な雰囲気を纏ってる。

 優華、やっぱり眼鏡を掛けた方がと兄さんは思うんだ。


「これから始まるイベントが凄い話題になってるんだね。ネットのニュースで見たよ」

「らしいね」


 父さんがゲームの話題に触れるのは珍しい。

 ゴールデンウィークに奴と死闘を繰り広げていた時以来だ。

 まさか、これは成績が落ちるのを心配されているのでは?

 学生の本分は学業、疎かにする気はないぜ。


「安心してくれ、父さん。試験の点数を落とす気はないから」

「うん? そこは心配してないよ」


 ならば、これは遠回しにティタン・フロントラインへ参戦する前振り!

 そうに違いない。

 とうとうロボットアニメのお約束、親子対決が来ちまったか。


「父さんもやってみたくなった?」

「うーん、父さんはアクションよりシミュレーションが得意だからなぁ」


 ですよね。

 モンスターを育成するソシャゲ、めちゃくちゃ強いもんね。

 コーヒーを一杯口に含み、寂しげな表情を浮かべた父さんが俺を見遣る。


「最近、我が家にはイベントが無かったからね……旅行してみたい、とかない?」


 そんなこと心配してたのか、父さん。

 昔は日帰り旅行とかしてたけど、俺はに満足してるよ。

 ただ、母さんと優華が出かけたいならエスコートは任せろ、と胸を張って言える。


「大丈夫だよ。むしろ、父さんの方がリフレッシュできてる?」

「母さんが先に寝ちゃって寂し──」

「大丈夫っぽいね」

「ひどいな、勝二は」


 朝は出勤ぎりぎりまで一緒にいるじゃん。

 優華の言葉を借りるなら、ブラックコーヒー飲まないと甘ったるい。

 まったく飲めないくせに可愛い妹だよ。


「イベント、楽しんでおいで」


 そう言って穏やかに笑う父さんに、返す言葉は一つだ。


「うん!」


 さぁ、ティタン・フロントラインの時間だ!



「V、あれを見てください!」

「うん?」


 本日も元気一杯のゾエちゃんに手を引かれ、指差す方角を見る。

 サイボーグやら獣人やらカオスな人々を飛び越した先に、鋼の巨人が駐機していた。

 どこか粗雑な印象を受ける重量級ティタンだが、注目すべきは両肩を占有する武器だ。


 まるで列車砲──HEKIUNに匹敵する大口径砲が天井を睨んでいた。


 ゾエちゃんは相変わらず大艦巨砲主義だぜ。

 俺も大好きさ。


「こりゃまた大物だなぁ」

「行きましょう、V!」

「どうどう」


 飛び出そうとするゾエを抑え、隣を通り過ぎるおじさんを回避。

 ちょっと恰幅のいい人だったから、余裕を持って避けるぜ。

 この世紀末なゲームでもマナーは大事だ。


「見るだけでも……だめですか?」

「だめじゃないよ」


 俺がだめって言うわけないじゃん!

 ロマンは大事だぜ。

 それに今日は、ストーリーイベント開始前の空気を味わうことが目的なのだ。

 楽しまなくてどうするよ!


「ただ、迷子になるといけないからな」


 B17の商業ブロックは、これまでの比じゃない人口密度だ。

 見渡す限りプレイヤーでごった返してる。

 この人波を渡り切るのは、中々に骨が折れるぜ。


「はぁ……お前は、つくづく甘いな」


 そう言いながら付いてきてくれる我が友、ヘイズ。

 メカメカしい狐の面と黒いロングコートの放つ圧で、人波が勝手に分かれていく。


「ふっ…いざって時は止めてくれ、友よ」

「自覚があるなら止まれ」


 溜息を漏らすヘイズ曰くらしいが、保護者は必要だぜ。

 俺は我慢弱い男だからな。

 めちゃくちゃ情けない奴じゃん。


「あれって、確かオーバードーラじゃ……おい、あんなの──」

「ロマンだよ」

「ロマンです!」


 呆れ顔のダン君が何か言う前に、ゾエと口を揃えて牽制しておく。

 大口径は正義なんだよ、分かるか?


「ダン君、その判断は早計だぞ」


 今日も涼しげな声を響かせる師匠はダンの隣で腕を組む。

 その視線は、ゾエの進行方向に掲げられた看板を見つめていた。


「アーキテクツマーケット──面白い掘出物が見つかるかもしれんよ」

「掘出物って……」


 師匠の言う通りだ。

 レーザーキャノンみたいな掘出物があるかもしれないぜ。


「ふむ……バヨネット装備のヘヴィーマシンガンなど如何でしょう?」


 バヨネット銃剣だって?

 2人の後ろに佇むクールビューティーの視線を追った先には、天井から吊り下がる大型スクリーン。

 砂塵を突き破った白いティタンがバヨネットを敵機へ突き立て、零距離射撃を敢行している。


「あんなの二度とやらねぇからな?」

「え、やらないの?」


 そう露骨に嫌な表情を浮かべるなよ、ダン。

 逆叉座の骨野郎をぶち抜いた時の溌溂とした声、俺は忘れてないぜ。


「ゾエ、吶喊します!」


 そして、ずんずん進むゾエちゃんに手を引かれて露店の一つへ入る。

 屋根代わりのテントはあるが、隣の店と仕切りはない。

 祭りの屋台みたいだ。


「いらっしゃいませ、お嬢様」


 骨組みが見える仮設のカウンターには、厚手の作業服を着込んだおじさんが座っていた。

 物腰柔らかそうな声色だが、目をバイザーで覆われて表情が読みづらい。


「何をお求めでしょうか?」

「あのティタンに搭載している武器は何ですか?」


 カウンターへ飛びつき、ゾエは奥で駐機しているティタンを指差す。

 気が急くのは分かるけど、ステイクールだ。

 ほら、オーナーも驚きで固まって──


「オーバードーラに興味が?」

「はい!」


 声色から柔らかさが消え、バイザーに備わる複眼が赤い光を放つ。

 なんだ、このプレッシャーは!


「少々お待ちください。資料を用意いたしますので……」


 そう言って立ち上がったオーナーは、音もなくカウンターを後にした。

 客を逃すまいとする気迫が背中から伝わってくるぜ。


「ば、馬鹿な…ネビルートに客だと!?」

「くっ……俺たちは珍兵器に負けるのか…!」


 隣に連なる露店のオーナーたちが悔しげな声を漏らす。

 作業服の胸元に縫い付けられたエンブレムは同じっぽいけど、競合相手なのかな?


「V、ヘイズ! 見てください、破砕機です!」


 きらきらとスカイブルーの瞳を輝かせるゾエは、カウンターに備えられたパネルの画面を指差す。

 そこには、取扱商品のカタログが表示されていた。


「どれどれ?」

「これです!」

「落ち着け、ゾエ」


 細い指が指し示す商品を、苦笑するヘイズと一緒に見下ろす。


「自走式近接ドローン……?」


 電動ノコギリの刃を幾重にも束ねたような、おそらくはがあった。

 表示された画像下の諸元表に目を通す。

 ティタンの肩部ユニットっぽいが、重量と消費エネルギーが──


「対空用フレイムスロワー?」

「……変態どもが」


 俺は悟る。

 製作者の狂気を。

 こいつは回転するブレードでティタンを切削し、フレイムスロワーで焼却する無人兵器、いやだ。

 とんでもねぇのが出てきたぜ。


「Vって……あの?」

「間違いねぇよ!」

「杭打ち狐だ…!」

「てか、あの嬢ちゃん見覚えが……」


 戦慄する俺とヘイズの周囲で、露店を覗いていたプレイヤーたちが騒ぎ出す。

 騒動の予感がしてきたぜ。

 いつものティタン・フロントラインだ。


「やぁ……Vさん」


 その喧騒の中、今にも消え入りそうだが、確かに俺を呼ぶ声が聞こえた。

 声のする方向へ振り向けば、テントの支柱近くに佇む人影。


「パペティアーさん?」

「はは……お久しぶり、だね」


 褪せた黒のマントと陰気を纏う優男、それがパペティアーさん。

 セントラルでショップを経営しているオーナーだ。

 人が集まる場所は苦手と言ってたけど、大丈夫なのかな?


 視界の端で黒いロングコートが揺れる──金属の擦れる音が聞こえた。


 これは、大型リボルバーを抜く音だ。

 音源を見たパペティアーさんの顔が引き攣る。


「園芸屋が何の用だ?」

「い、いやぁ……ただ、あいさつに来ただけで……」


 今日もヘイズは過激だぜ。

 でも、ちょっと待った。


「どうどう、ヘイズ」


 2人の間に割って入り、ひとまず厳つい大型リボルバーを下ろさせる。

 やめよう、争いは何も生まない!

 やるならティタンに乗ってやろうぜ。


「この人がゴーストを売ってくれたオーナーだよ」


 そして、ロストエッジ第8話の良さを語り合える同志だ!


「…どうだい、Vさん。製品の調子は…?」

「申し分ないっすよ」


 サムズアップで応じると、パペティアーさんは微かに表情を和らげた。

 仕事に疲れた優男って外見だけど声は女性っぽいんだよね。


「…余計な機能を付けていないだろうな?」


 俺の肩越しにパペティアーさんを睨むヘイズの声は低い。

 やだ、怖い。


「そ、そんなことするわけが──」

「前科があると忘れたか、竜舌りゅうぜつ電子技研」

「ひ、ひぇ…」


 聞き逃せない単語が聞こえたぜ。


「前科って?」

「こいつらが開発したECMには、機密保持用の自爆機能が仕込まれていた」


 おいおい、マジかよ。

 つまり、あのゴーストも自爆する可能性がある?


 いや、そんな仕様はないはず──どうして目を逸らすんだ、優男。


 ヘイズと顔を見合わせ、ゆっくりと頷く。

 時には暴力も必要だよな。


「あれ、J・Bさん…こんなところで何を?」


 ヘイズの背中を見送っていると、透明感のある声が耳に届く。

 プレイヤーの人垣を二つに割る深緑の一団、それを率いる美少女は──


「クサナギ君か」


 露店の外で待っていた師匠が、名を呼ぶ。

 彼女こそ生体兵器を前に悲鳴を上げながらも、仕事を全うする二月傘の広報官だ!

 かわいそう。


「やはり二月傘と繋がりが……」

「手を出さなくて正解だったな」

「クサナギって……泣き顔ばかり切り抜かれてる、あの?」

「俺の推しだよ、文句あるか」


 深緑のロングコートが壁のように連なり、プレイヤーたちは一斉に距離を取った。


「先日はありがとうございました。あれ以来、密猟者は現れていません」


 そう言って頭を下げるクサナギさんは、とても絶叫系配信者とは思えない。


「配信の方は大丈夫でした?」

「あははは……思い出させないでください」


 光の消えた目で乾いた笑いを漏らすクサナギさん。

 輸送列車であったは、言葉にできないものだった。

 強く生きてほしい。


「それでクサナギ君、ここには何を?」

「特に用は無いのですが、皆さんの姿が見えたので挨拶に」


 律儀な人だ。

 後ろに控えるコウガ衆は完全武装してるけど、別件のらしい。

 触らないでおこう。


「この重量では、フランベに装備できません…」

「ゾエ様……」


 カウンターに向かい合うゾエが、この世の終わりを見たような声を漏らす。

 その隣に佇むアルも残念そうに首を振った。

 ゾエ、ロマンってのは犠牲の上に成り立つものなんだ。


「戦車型も機種によっては搭載できない火器となりますね。しかし、ご安心ください…これを搭載できる脚部パーツが──」


 それを商機と見たオーナーが畳み掛けようとした時、ゾエの瞳に不屈の光が宿る!


「ティタノマキアのペイロードなら、2門装備できます!」


 その一声は周囲の喧騒を静め、しばしの沈黙を生み出す。

 優男を締め上げるヘイズが俺へ振り返り、無言の圧を放ってくる。

 口止めするの忘れてたぜ。


「ティタノマキア…?」


 初耳と思われる反応を示すオーナー、その困惑は次第に周囲のプレイヤーへ広がっていく。

 ただでさえ、ややこしい話を大きくするわけにはいかない。

 ここは戦略的撤退だ!


「ゾエ、そろそろ次に行かないと回る時間が無くなっちゃうぞ!」

「そうですね。ゾエ様、行きましょう」

「えぇ……ゾエ、まだ見たいです!」


 意図を汲んだアルがゾエを軽々と抱え、露店から早足に立ち去る。

 なら、俺は隣の露店でカタログと睨めっこするダンを捕まえに行く。


「ダン、脱出だ」

「ま、待てよ! このニードルガンを──」

「欲しいんだな? よし、買った!」

「おまっ…価格を見ろ!」


 クレジットは使うためにあるんだよ。

 悩むくらいなら俺が買う!

 鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔してるダンの肩を叩き、アルたちの後を急いで追う。


「さらばだ、クサナギ君」

「は、はい!」


 爽やかに挨拶する師匠が合流し、その後ろにヘイズが続く。

 人波を縫うように駆け、サイバーパンクなデザインのボディスーツを視界に捉える。


「ゾエに言い忘れてたぜ」

「……私も抜けていた」


 ばつが悪そうにヘイズは答えた。

 違和感を覚えて振り返るも、その表情は狐の面に隠されて見えない。

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