アウトポスト
それでも世界は回っている!
酸化鉄の混じった赤い砂が覆う大地に生命の息吹は感じられない。
曇った空に向かって伸びる摩天楼は、文明の墓標だ。
そこで閃光が瞬き──鈍い爆音が響き渡る。
赤茶けた砂が舞い上がり、高層建築が音を立てて放棄都市へ倒れ込む。
砂と粉塵に覆われた劣悪な視界の中、ロケットモーターの光が走る。
≪あんたらに狙われる覚えはないんだがね!≫
爆炎に照らされる鋼の巨人が崩れた瓦礫の影に滑り込む。
装甲をオリーブ色、関節部を黒と黄の警告色で塗装した姿は、まるで重機のようだ。
肘から先を溶断された右腕を見遣り、それから追跡者へと相対する。
≪悪いが仕事なんでな≫
愛想のない声が通信越しに響き、赤茶けた視界の中で緑の眼光が瞬く。
追跡者──緑と灰色のデジタル迷彩を施した中量級ティタンだ。
全高10mの人型兵器は左腕に青い光を迸らせ、人型重機へ肉薄する。
両者は同時に左腕を振り抜いた。
≪仕事だってぇ?≫
武骨なピッケルがレーザーダガーの一閃を弾き、四散した火花が装甲を叩く。
微かに姿勢を崩した中量級ティタンは、スラスターを噴射して後退。
すかさず構えた右腕のグレネードランチャーが火を噴く。
「やりすぎたんだよ、お前は」
直撃を辛うじて躱し、黒煙から現れたオリーブ色の重量級ティタン。
それを崩れ落ちた摩天楼から見下ろし、男は軽薄な声で告げる。
雪上迷彩を施した軽量級──否、中量級ティタンを駆る男はペダルを踏み込む。
高出力のスラスターから紅蓮の焔を噴射し、白き巨人は一気に加速する。
≪何をさ!≫
「整地する場所を選べってんだよ!」
スティックのトリガーを押し込み、左肩のランチャーよりミサイルが発射される。
赤茶けた大地へ降り注ぐ鉄火の雨。
退路を爆撃された重量級ティタンは、黒煙を纏いながらスラスターを噴射した。
≪まだまだぁ!≫
人型重機の左肩部が変形し、凶悪な爪を持ったクレーンアームが飛び出す。
完全な奇襲、回避は困難──
「いいや、終わりだね」
クレーンアームの切先が粉砕したのは、役目を終えたランチャーだった。
上方よりターゲットを見下ろす白き巨人は、既にヘビーマシンガンの砲口を向けている。
砲火が瞬き、オリーブ色の装甲をAP弾が削り飛ばす。
≪やっぱりそうなるかぁ──≫
重量級ティタンと言えど、鉄の暴雨は耐えられない。
装甲が爆ぜ、火花と破片が四散する。
瓦礫の山へと墜落した鋼の巨人が動くことは二度となかった。
≪コンストラクターの撃破を確認≫
砂を巻き上げて着地した2機の中量級ティタンは、撃破したターゲットを見下ろす。
「お疲れさん」
≪…ああ≫
気安く声をかけるも、愛想のない僚機の返事に男は首を振る。
2人の属するクランは傭兵派遣を生業とし、横の繋がりは希薄だ。
それでも、安定した仕事をする僚機を男は存外気に入っていた。
「侵攻ルートを整地するとか戦犯って分かってないのかね、こいつ」
傍迷惑なプレイヤーの排除を依頼したのは、この放棄都市で
地方都市B17の位置するエリア11は平野部が少なく、大部隊の侵攻ルートは限定される。
そこを整地して移動を容易にするなど言語道断だ。
≪依頼者によると、こいつに依頼した奴がいるらしい≫
「整地を? 正気じゃねぇな」
僚機から響く嘆息した声を聞き、男も天を仰ぐ。
ストーリーイベントのクリアよりもライバルの足を引っ張りたい連中もいる。
深入りすれば面倒事に巻き込まれるだろう──
≪レーダーに反応?≫
「おいおい、雲行きが怪しくなってきたぜ」
レーダー上に映った接近中の機影は、その速度から輸送ヘリコプターと分かる。
予定外の来訪者とは、往々にして非友好的だ。
飛来する方角を2機のカメラが睨む。
≪遅かったか……護衛対象の大破を確認した≫
≪ミッション内容を更新します≫
摩天楼の隙間を縫って飛ぶ灰色の機影。
それは機体側面に数字の13を描いた輸送ヘリコプターだ。
≪キャリアーサポート所属のティタンを撃破してください≫
≪了解だ≫
吊り下げたティタンのロックが解除される。
≪それでは……世に銀蓮の祝福と安寧を≫
禍々しき祝詞を背負い、スズメバチを彷彿とさせるカラーリングのティタンが降下する。
単独で2機のティタンに対処できる自信を持つ腕利きの傭兵。
厄介な手合の襲撃だが、傭兵たちは動じない。
よくある話だ。
「ちっ……狂信者どものお遣いか」
≪迎撃する≫
2機の中量級ティタンは迎撃のため、同時にスラスターを点火。
赤茶けた砂が舞い上がり、巨人たちの死闘を包み隠す。
アルジェント・メディウムの進路上では偵察活動や陣地構築、それらの妨害工作による戦闘が頻発する。
ストーリーイベント開始の2日前のことだった。
◆
宙を舞うバスケットボールはミサイルなんかより断然遅い。
しかし、球技全般が苦手な俺は、目で追えても的確に返せない。
「スラスターがあればなぁ」
「何言ってんの?」
「空を飛べたらゴールも余裕じゃん?」
「現実を見ろ、本田」
いつも現実は厳しいぜ。
体育の授業が球技の時、基本的に俺は戦力外だった。
バスケットボールを楽しむ同級生の横顔が眩しい。
「現実、か」
視線を逸らした先、バスケットコートの向こう側では、女子がバレーボールの授業を受けている。
藤坂の打ったサーブが綺麗に飛び、歓声が上がった。
「なんだよ、女子なんか見て」
「友人の勇姿を拝んでた」
「ああ、藤坂さんか」
黒髪を後ろで結った元剣道ガールは、俺と違って球技も出来る。
本人曰く多芸は無芸らしいが。
「…なぁ、本当に友達でいいのか?」
藤坂の姿を目で追っていた中森は、不意に声を潜めて聞いてくる。
どうした急に?
「藤坂さん、人気なんだぞ」
「いいことじゃん」
女子の輪に混じる藤坂は、ごく自然な笑みを浮かべていた。
中学時代、孤高を貫いていた姿からは想像もできない。
良い傾向だと思う。
「いや、お前……もしかして、彼女とかいるの?」
「いたよ」
スリーポイントシュートが決まり、観戦中の男子から歓声が上がる。
「マジ?」
「マジ」
中森の顔には信じられないって書いてあった。
嘘言っても仕方ないだろ。
野球部ほどじゃないが、剣道部のエースって肩書は人を惹き付ける、らしい。
「まぁ……あの感じは、俺が好きだったんじゃないだろうけど」
惹き付けたのは、俺じゃなかった。
中学時代を思い出す時、一番苦々しい気分になる記憶だ。
もっと早く藤坂と知り合っていたら──今の関係じゃなかったか。
終わり良ければ総て良し。
俺は良い過去しか振り返らない主義だ。
「なんか、そのすまん…」
「気にすんなって」
気まずそうな中森の肩を軽く小突いてやる。
ここは真面目に返すところじゃなかったな。
ティタン・フロントラインをやってる時はおくびにも出さないのに──
「…こっちが現実なんだよな」
「そりゃ…そうだろ」
当たり前のことを口にする俺を見て、中森は眉を顰める。
そして、はっとした様子で振り向く。
「まさか二次元の彼女──」
「
俺を悲しきモンスターにするつもりか。
一瞬、ゾエちゃんが脳裏を過るが、ありゃ近所の女の子だよ。
「最近、あっちにいる時間が長いなって思ってさ……」
これ、何を言っても言い訳っぽくない?
頭を回転させろ、俺!
「そういう感覚に陥るの、VRMMOあるあるらしいぜ」
「あるある?」
追撃を警戒していた俺は、告げられた言葉に首を傾げる。
中森に茶化すような気配はなかった。
「体感時間と実時間が噛み合わないとか、現実との境界が曖昧になるとか……社会問題にもなってる」
それは単純に没頭してるだけって話なんじゃ?
あのリアリティと自由度は、確かに現実と誤認しそうになるけど。
「第二の現実って言う人もいるけど、ほどほどにな」
「おう、気をつけるわ。赤点は取りたくないし」
「取ってから言えよ」
そう言って肩を軽く叩いた中森へ勝者の笑みを返す。
予習を怠らなければ赤点など恐るるに足りず!
しかし──VRMMOに熱中する人の気持ちは理解できる。
俺の場合はティタン・フロントラインだが、あの世界は居心地が良い。
帰りたくないって思う瞬間がある。
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