力んだ腕の拍子抜け?
≪エネルギー残10%≫
「うわ……ぎりぎりだ」
市街地を睨む8連装の砲台を飛び越え、ヘリポートの一角に着陸する。
高地に築かれた二月傘のベースキャンプは想像よりも高い場所にあった。
危うくヘリポートの縁に激突するところだったぜ。
≪大丈夫か、少年≫
「ちょっと高さを見誤りましたね…でも、大丈夫っす」
ヘリポートに佇む鉄色のティタンが相棒を見遣る。
煤で汚れた装甲を纏い、長大な砲身のレールガンを装備したアパラチア。
いつ見てもPV機体はかっこいい。
≪ふむ……やはりエネルギー管理がシビアだな≫
≪ジェネレーターを交換すればいいんじゃ…≫
「重量とエネルギーの回復速度が変わらない、容量の大きなジェネレーターが欲しい」
≪あったら苦労しねぇよ≫
あるかもしれないじゃん。
語る前から夢を諦めたら何も始まらないぜ、ダン。
まぁ、今は夢を語るより現実を見ないと駄目だけど。
「さて……輸送警護、どうするかな」
ベースキャンプに帰還した俺たちは、残る輸送警護をどうすべきか悩んでいた。
弾薬の補給に加えて、簡易の修理もベースキャンプは可能らしいけど、3人の機体は簡易で済む状態じゃない。
≪この機体状態での続行は不安が残りますね……≫
≪フランベはドアノッカー以外に武器がありません!≫
≪ゾエ様、損傷も深刻です。跳躍性能に支障が出ています≫
ヘリポートで駐機する3機のティタンは、満身創痍と言っていい状態。
そして、輸送列車の警護は始発駅となるベースキャンプから地方都市B17までだ。
俺と師匠だけで護れるか──
≪お疲れ様です、皆様≫
聞き覚えの無い声が通信に割り込む。
加工した機械音声の主を探してカメラを回す。
≪トツカ…?≫
≪お嬢、ご無事で何よりです≫
≪無事に見える?≫
お嬢ことクサナギさんの虚無に満ちた声が響く中、俺はヘリポート上に人影を発見する。
≪本日の撮影も絶好調で、嬉しい限りです≫
≪いつも思うんですけど……どの層に対して需要があるんですか?≫
笠を被り、ロングコートを纏った二月傘スタイル。
あれが鬼畜もといトツカさんかな?
≪プロフェッサーから皆様へ言伝を預かっています≫
≪プロフェッサーが?≫
プロフェッサーって、あの眼鏡をかけた兄ちゃんだよな。
まだ依頼は完了してないけど、密猟者を逃した事への苦情とか?
だとしたら、断固抗議するぜ。
さすがに密猟者が何者か、説明があっても良かった──
≪密猟者の撃退を以て依頼は完了、輸送警護は二月傘が引き継ぎます≫
「おお?」
≪依頼完了…?≫
どういう風の吹き回しだろう。
二月傘が納得するだけの落としどころが、今回の依頼だったはずだ。
それを中途半端に切り上げてもいいのか?
≪逆叉座の残党が密猟者とは、こちらも想定外で……申し訳ありませんでした≫
≪……まったくだよ。騙されたかと思ったぜ≫
恭しく頭を下げるトツカさんに対し、うんざりした声を漏らすダン君。
乱入されなかっただけ今回は温情だぞ。
レーダー上に接近してくる青点が複数──二月傘の増援?
頭部センサーを向けた先には、深緑の機影が見えた。
二月傘の輸送ヘリコプターが7機、濁った灰色の空を背景に飛来する。
≪トツカ、引き継ぐと言っても誰が警護に?≫
≪6番隊が引き継ぎます≫
だだっ広いヘリポートの上を風が吹き荒れ、7機の輸送ヘリコプターが降り立つ。
搭載されたティタンも全て深緑のカラーリングで統一されている。
≪…機械仕掛けの巫女へ投じる戦力を、ここへ?≫
≪始まりの5人は危険だ、とのことです≫
2人の会話を聞くに、6番隊は二月傘の主戦力らしい。
襲撃事件で全滅したエースの皆さんかな?
連絡先、交換したいな──いつか手合わせしてほしい。
クサナギさんの実力を見て、俺は確信している。
二月傘のメンバーは腕利き揃いに違いないって。
≪依頼を完了された皆様は、B17まで移送させていただきます≫
そう言ってヘリポートの反対側にあるプラットホームを指し示すトツカさん。
そこには警護する予定だった輸送列車の武骨な貨物車が見える。
つまり、積荷は生体兵器だ!
マジかよ。
≪報酬については、逆叉座の件もありますので、色を付けさせてもらいました。ご確認ください≫
「え、報酬出るの?」
≪聞いておられませんか?≫
聞いてなかったです。
そもそも、今回の依頼はクレジット目当てじゃない。
「成功報酬は、師匠の嫌疑を水に流すって話だったような」
≪それはJ・B殿が受け取る報酬です。皆様には別途報酬が支払われます≫
密猟者は撃退しただけで、厳密には依頼を達成していない。
それでも別途報酬を支払ってくれるとは、さすが上位クランだ。
気前が良いぜ。
≪成果に見合った対価を与える。それが二月傘なんです≫
「へぇ……」
どこか誇らしげに言うクサナギさん。
上位クランは
好きに生き、好きに撃つ──そっちの方が俺には合ってるな。
二月傘のエンブレムである赤い椿を見ながら、そんなことを考える。
≪ところでトツカ≫
≪なんでしょう、お嬢≫
≪今日の撮影は終わり──≫
≪本日は輸送予定のタイプγ2との触れ合いが残っていますよ≫
通信から重い沈黙が流れる。
生体兵器との触れ合いって、動物と触れ合うアイドルみたいな微笑ましい話じゃないよな。
クサナギさん、強く生きてほしい。
≪V、これで終わりですか?≫
フランベが振り返り、じっと相棒を見つめる。
灰色の装甲が凹凸だらけになり、HEKIUNの砲身がエメンタールチーズになっても、戦意を漲らせていた。
「そうらしい」
≪むぅ……不完全燃焼です≫
ゾエの気持ちは大いに分かる。
しかし、最大限のパフォーマンスが発揮できない今は、これで良かったと思う。
再戦する時、全力で殴り返してやろうぜ。
≪Vとヘイズの模倣がしたかったです!≫
「ヘイズは分かるけど、俺の何を真似るんだ?」
フランベが装備するリボルバー、ドアノッカーはヘイズの機体も装備している。
ゾエと出会った日以来見てないが、あれは格好よかった。
しかし、俺に関しては模倣するところなんて──
≪窮地でも諦めない心です。それは、いつも最善を引き寄せています!≫
なんて純粋な輝き!
眩しいぜ。
でも、ロボットバトルを楽しみたい情動に負けず嫌いを加えたのが俺で、そんな立派な心得じゃないんだ。
≪いや、バトルジャンキーなだけだろ≫
いいか、ダン君。
かっこいいロボットに乗り、格好よく戦う。
それで相手が強者なら文句なし、勝ったら最高だろ?
◆
地方都市B17は今も無人採掘機が稼働し、坑道は延伸を続けている。
旧い坑道は都市へ組み込まれ、B17は膨張していく。
路地として機能する坑道の壁面に、2つの人影が伸びる。
「……君らしくない選択だ」
理知的な声には微かな驚きが含まれていた。
「妄言と言ったのは誰だ」
表情の一切を隠す狐の面から漏れる声には、呆れが多分に含まれていた。
しかし、全てを否定するわけでもない。
「ふむ……それもそうだね」
黄金色の耳と尻尾を揺らし、ゲヒルン財団の長は目を閉じて頷く。
「心には留め置こう」
「それで構わないよ」
背中を預けていたコンクリートの壁面から離れ、黒のロングコートが揺れる。
「感謝する、パスカル」
「こちらこそ」
身長差こそあれど両者は対等に向き合っていた。
語るべき事を終え、薄暗い路地に沈黙が訪れる。
「……もし、この世界が本物だとすれば──」
「ティタン・フロントラインは
最後まで言葉を紡がせることなく、ヘイズは切って捨てた。
しかし、普段の切れ味はない。
「彼女を見ても?」
否定してはならない存在が、彼女の身近に存在するからだ。
「私たちはSFの住人じゃないぞ」
ヘイズの言葉を聞き、黄金色の耳を立てたパスカルは微かに口角を上げる。
「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない…と僕は思っているよ」
ティタン・フロントラインは、世界の造形において他のVRMMOの追随を許さない。
日用品に至るまで細かなディテールが存在し、その奥行は──
「第二の
瞳を爛々と輝かせるパスカルからは狂気が見え隠れする。
それを見下ろし、ヘイズは気圧されることなく言葉を返す。
「軍用AIの試験場と言われた方が、まだ納得できる」
「まぁ……陰謀論と大差はないだろうね」
巷に溢れるゴシップの一つと同列に扱われ、パスカルは微かに眉を寄せる。
しかし、それを一瞬で消し去り、クランの長は表情を取り繕う。
「ヘイズ」
名を呼ばれたヘイズは警戒のレベルを上げ、周囲に視線を走らせた。
眼前の相手は弱者に属するからこそ手段を選ばない。
護衛のサイボーグ4人を注視し、後方にも意識を回す。
「僕も彼女に会わせてもらえないかな?」
一切の含みは無く、世間話をするような声色だった。
それは、ただの提案──護衛のサイボーグが腰を落とす。
ヘイズは黒のロングコートを翻し、大型リボルバーを抜く。
両者の銃口は──
「やめておいた方がいいぞ、ミス・ヘイズ」
ヘイズの背後、路地の奥へと向けられる。
接近する複数の足音、その音源へ冷淡な視線を投げるパスカル。
「パスカルは手段を選ばない」
埃の舞う空間が揺らぎ、人影が浮かび上がる。
深緑の笠を被り、背中に赤い椿の描かれたロングコートを纏う集団。
「何の用だ?」
それを視界の端に収め、ヘイズは首謀者へ問う。
「…密猟者の飼い主へ真意を問いに」
そう言って二月傘のプロフェッサーは、笠の下から鋭い眼差しを覗かせた。
銃口を指向したまま、ヘイズは長い溜息を吐く。
──いつも友人は面倒事に巻き込まれている。
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