千里の道も一歩から?

 大型ライフルを左腕で掴んだカノープスが見返してくる。

 擦過痕と弾痕で塗装が剥げ、右腕は肘から先が無い。

 それでもセンサーから放つ緑の光は、確固たる闘志を感じさせた。


 ダンは知識を蓄え、愛機を組んできた──強くなるために。


 勝利を欲している。

 そんな戦友を見てたら、俺も気分を上げざるを得ないぜ。


≪なんて足癖の悪い野郎だ…!≫


 右腕を失った軽量級ティタンが幹線道路上を後退し、霧の中で微かに影が揺らぐ。

 次は、確実に潰す。


≪取り逃した…許せ≫


 通信越しに色気のある声が響く。

 そして、幹線道路沿いの高架橋に細身のシルエットが降り立つ。

 始まりの5人とやらのリーダーが駆る中量級ティタンだ。


≪いや、いい。俺も油断したからな……こんな雑魚相手に──≫

「うるせぇよ」


 通信を切らずに聞いてりゃ、好き放題言ってくれるじゃねぇか。


≪あぁ?≫


 それが挑発って言うなら大成功だ。

 かなり頭に来てるぜ、この骨野郎スケルトン


「とっととやろうぜ」


 骨野郎もとい軽量級ティタン、次いで中量級ティタンをロックオンする。

 霧の中で、微かに身動ぎする2機の巨人。


≪いいだろう≫

≪はっ! 二度目があると思うなよ!≫


 ほぼ同時に2機は幹線道路上から飛び立つ。

 骨野郎は左手に並ぶビル群へ、中量級ティタンは反対側の市街地へ消える。


≪V、ここからどうする?≫


 スラスターを噴射し、ダンと幹線道路上を直進。

 カノープスの方が速いため、相棒が自然と後方に回る。


「まず軽量級からやろう」


 ビル群を縫って飛ぶ骨野郎へ右肩のミサイルを撃ち込んでおく。

 当たるはずもないのは百も承知。

 無誘導で放った3発は、遮蔽になる高層ビルを潰すためだ。


≪分かった!≫


 カノープスは迷いなく幹線道路からビル群へ飛び込んでいく。

 思い切りがいいぜ、ダン。

 それに続けないのが残念だ。


「さて…」


 ノイズの走るレーダー上を赤点が横切った。

 倒壊した高架橋の橋脚を蹴り、右に向かって跳躍。


 すぐ左脇を光線が掠め──跳んだ先にも光線が降る。


 ペダルを踏み込み、スラスターの噴射で相棒を前へと押し出す。


≪エネルギー残30%≫


 骨野郎へ吶喊していくカノープスを見送り、スラスターをカット。

 急減速する相棒の前を2条の光線が走っていく。

 苔むした路面が弾け、黒く焼き焦がされる。


≪次は逃さんぞ≫


 そんな路面を滑走しながら、機体を旋回させて右上方へライフルを連射。

 中量級ティタンの左肩部で1発が弾け、それ以外は空を切った。

 エネルギー武器を連射してから加速できるジェネレーターって、とんでもねぇ。


≪超越者≫


 相棒を中心に大きく円を描き、真正面から突っ込んで来る細身の巨人。

 その渾名で呼ぶのやめません?


≪その名、伊達ではないが……≫


 右肩のランチャーが瞬き、8発のミサイルが右上方へ飛び上がった。

 すかさずスラスターを点火、背後に向かって跳躍。

 一拍置いて高速の飛翔体が目の前に降り、爆炎が視界を覆う。


≪ここで≫


 レーダー上の赤点が急接近し、眼前に巨人の影が映る。

 相棒の左半身を引き、左腕にエネルギーを供給。


 中量級ティタンは脚部のスラスターを逆噴射し──


 反転した巨人の影が、左へ回る視界の上を飛び越していく。


≪墜とさせてもらう!≫


 その刹那、相棒の背面を狙って左腕のライフルを突き出す──


「それはもう見た!」


 今日で

 相棒の旋回する勢いを生かし、ただ左腕を振り抜く!


≪エネルギー残30%≫

≪いいや──≫


 残像を引く光ので、ライフルの砲身を溶断。

 エネルギーの残量とレーダーを睨めば、背後で赤点が瞬く。


≪背中がお留守だぜ!≫


 ロックオン警報を聞くより先にペダルを蹴る。

 遠ざかる中量級ティタンを見ながら逆噴射、背後の骨野郎へ全力で突っ込む。


≪エネルギー残10%≫


 スラスターをカット。

 レーダー上の赤点が右手へ逃げ、後退する俺の視界に入り込む。

 ブロンズナイトなら死角から一撃ぶち込んできたぜ?

 

「甘いんだよっ」


 マシンガンを明後日の方向へ向けた骨野郎──その胸部にライフルの砲口を照準。


≪こいつ!?≫


 スラスターを再点火する骨野郎に、至近距離からAP弾をぶち込む!


≪くそっ!≫


 いつもは弾かれるライフルが左肩の装甲を吹き飛ばす。

 こいつ、脆い。


 そのままスクラップに──急加速で照準を振り切られる。


 着地の衝撃が脳を揺らす。

 路面を捲り上げながら、離れる骨野郎の背中へAP弾を連射。


≪化け物かよ!≫


 1発が右脚の装甲を抉り、姿勢が若干崩れた。

 被弾で完全に重心が狂ったのか、回避の反応が鈍い。

 チャンスだ。


≪下がれ、ヘイル≫


 ロックオン警報が鳴り響く。

 高架橋の残骸を飛び越し、レーザーライフルを構えた中量級ティタンが迫る。


 姿勢を落とし、右へ加速──1条の光線が至近を擦過。


 レーザーライフルで俺を牽制し、高層ビルを目安に交差しようとする。

 おい、誰か忘れてないか?


「今だ!」


 高層ビルを貫き、2機の間を引き裂く光線の輝き。

 その輝きこそバザールで競り落とした出力向上モデルのレーザーキャノン!


≪なに!?≫


 高層ビルの壁面が溶融し、粉塵を巻き上げて倒壊する。

 反射的に離脱した中量級ティタンをライフルで牽制。

 ペダルを蹴り、灰色の闇へ突っ込む。


「やっちまえ、ダン!」


 残るミサイルを発射、後退してきた骨野郎の退路を爆炎で覆う。

 相棒を照準しかけたマシンガンの砲口が滑り──


≪もらったぁぁぁ!≫


 灰色を纏うトリコロールのティタン目掛けて火を噴く。

 AP弾の雨が装甲を削り飛ばす。

 それでも大型ライフルが突き込まれ、骨野郎の胴体を砲身が貫いた。


≪くそがぁぁぁ──≫


 喧しい通信は砲火が走った瞬間、途切れる。

 軽量級ティタンの上半身が吹き飛び、装甲の破片が四散した。

 すかっとしたぜ。


≪はぁ…はぁ……やったのか?≫


 灰色の粉塵が晴れ、傷だらけのカノープスが現れる。

 砲身が花開いた大型ライフルを構え、トリコロールの巨人は静止していた。


 まだ終わってない──ここからは俺が受け持てばいい。


 レーダーの赤点が遠ざかり、ノイズに紛れた。

 その方角を睨み、跳躍の準備に入る。


≪やってくれたな≫


 色気のある声からは動揺を感じない。

 細身の中量級ティタンはレーザーライフルを下ろし、悠然と幹線道路上に佇んでいた。


「さぁ、続きをやろうぜ」


 ここからは1対1だ。

 機体に損傷なし、ライフルの残弾は38発もある。

 そろそろ地形も頭に入ってきた。

 準備運動は終わりだ。


超越者イレギュラーめ……割に合わん≫

「お?」


 佇んでいた巨人は前面のスラスターを点火、後退していく。

 肩部のスラスターが瞬き、機体を旋回。

 一気に上昇して幹線道路上から飛び去る。


≪ヘイルを失った──撤退するぞ≫


 マジで?

 あっさり引き下がるじゃん。

 闘争から逃げるな。


≪了解した≫

≪はぁ……アリーナ2位の相手させといて死にやがったのか≫


 どうやら骨野郎以外は健在だったらしく、2人分の通信が聞こえた。

 音響センサーの拾う音が小さくなり、戦闘の終息を否応なしに悟る。


「お疲れ、ダン」


 カノープスの勇姿が見れたから良しとする。

 追撃しようにも視界が最悪だし、そもそも相棒じゃ追いつけない。


≪…俺、勝ったのか?≫

「おうよ」


 いまいち反応が薄い戦友へ頷いてみせる。

 誰が見ても勝者は、傷だらけでも二足で立つカノープスだ。

 文句は言わせねぇぜ。


≪はぁ……二度とやらねぇ≫

「これからだぞ」


 通信が沈黙し、ゆっくりとカノープスの頭部が相棒へ向く。

 よせやい、そんな物欲しそうな眼で見るなよ。


≪ひとまず密猟者は撃退できたようだな≫

「お疲れ様です、師匠!」


 幹線道路上へ重々しく降り立つ鉄色のティタン。

 今日のアパラチアはレールガンを失っていなかった。

 どうやら師匠の2を引き出せる相手じゃなかったらしい。


「師匠、ダンが1機殺りました」

≪ほう……少年の協力もあったろうが、見事だ≫

≪二度とごめんです……≫

≪これからだぞ、ダン君≫


 当たり前だよなぁ。

 越えるべき壁は幾重もあって、越えた先にも闘争は続くんだ。

 永久機関だぜ。


≪た、助かりましたぁぁ……≫


 ふにゃふにゃの透明感ある声が通信越しに響く。

 音源は危うい機動で着陸した深緑の重量級ティタンだ。


「お疲れ様です、クサナギさん」

≪はい、皆さんも……VさんとJ・Bさんは無傷ですか…?≫

≪辛うじて、だがね≫


 クサナギさんの機体はだ。

 右腕の大型ライフル──バズーカだったか──は無く、装甲は凹凸だらけ。

 肩部のユニットも数が減ったように見え、左腰のバインダーは切断されたサブアームが頭を出している。


「オープニングよりは手緩いかなぁ、と」

≪わ、わぁ……≫


 に比べれば予測射撃が甘い上、自分の機動に振り回されてる感じがあった。

 回避は難しくない。

 まぁ、俺の攻撃も届いてないけど。


≪V……≫

「お、ゾエもお疲れ」


 どこか元気のないゾエの声を聞き、降り立つマッシブな逆脚のティタンを見上げた。

 灰色の装甲は凹凸だらけで、死闘の様子を物語っている。

 しっかり労って──


≪HEKIUNの砲身が損傷しました……発射できません!≫

「なん…だと…」


 フランベの両肩を占有するHEKIUNの砲身が、エメンタールチーズみたいになってる!

 おそらく散弾の仕業だ。

 なんてこった。


「修理って出来るのかな……」


 ひとまず密猟者は撃退したけど、生体兵器の輸送警護という仕事が残っているのだ。

 俺と師匠は補給すれば任務を続けられるが、残る3人は難しそうだ。

 どうしたものか?

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