柔能く剛を制す?
≪話が違いますよ、プロフェッサー……逆叉座とか無理ですよぉぉぉ!≫
≪運が無かったな、牧羊犬≫
二月傘広報官の慟哭が響く中、鋼の巨人たちが白く霞む市街地を疾駆する。
逆叉座──この世界において、その名を知らぬプレイヤーはいない。
実力者が多く在籍した上位クランであり、崩壊するまでは有数の一大勢力だった。
その創設時から存在する古参となれば、実力はアリーナ上位に匹敵する。
カノープスの初実戦は、想定以上の死地で行われることとなった。
≪行くぜ、相棒!≫
しかし、自称戦友は嬉々として死地へ飛び込まんとしていた。
視界の端に映る灰色の機体が紅蓮の光を背負う。
何が彼を駆り立てるのか、ダンには理解できない。
≪師匠、頼みます!≫
≪ふっ……任せたまえ≫
コンクリートの粉塵を巻き上げ、初期機体が吶喊していく。
己の機体が一線級のティタンと疑わない蛮勇な直線機動。
≪ダン君、少年の背中を狙え≫
鉄色のティタンが長砲身のレールガンを構え、チャージを開始する。
照準は、吶喊する弟子1号の背面だ。
「正気ですか!?」
≪ああ≫
あくまで冷静な声を返され、ダンは捨て鉢に叫ぶ。
「絶対躱せよ、V!」
≪おう!≫
スティックを操作して手動で照準、使用武器は左肩のレーザーキャノンだ。
≪お前さんがVか≫
初期機体と相対する重量級ティタンが、右肩のランチャーからミサイルを発射。
幹線道路上をロケットモーターの閃光が走る。
≪いいガッツだが──死んでくれや≫
3発のミサイルは弾頭が分離し、18発の子弾となって迫る。
灰色のティタンは左半身を出し──振り被った左腕で光の剣が輝く。
驚異的な反応速度で、迫り来る子弾を溶断。
斬撃によって生じた回転力を殺さず、右へ跳んで爆炎を回避する。
≪今だ≫
冷静な指示に従って、トリガーを引く。
2条の光線は立ち込める黒煙を貫き──
≪おおっ!?≫
大型レーザーブレイドを振り抜かんとする紺色のティタンを捉えた。
自慢の防御手段は間に合わない。
レールガンの一撃を右肩で弾き、レーザーキャノンの射線上に光の刃を這わせる。
「曲げた!?」
エネルギーが反発し、歪曲された光線は側方のビル屋上を吹き飛ばす。
高出力のレーザーブレイドがあって初めて可能となる離れ業だ。
≪なぁに遊んでんだよ!≫
幹線道路に面するビルの陰より軽量級ティタンが現れる。
連なるビル群の壁面を蹴り、上方よりアパラチアとカノープスを強襲する。
「カエルかよ!」
≪来るぞ、ダン君≫
スラスターを噴射し、二手に分かれる2機。
遅れてバトルライフルのHEAT弾が路面を穿ち、火花が飛び散った。
≪この雑魚は俺がやる!≫
≪俺の相手はアリーナ2位かよ……≫
反対方向へ回避したアパラチアを紺色のティタンが追う。
そして、ダンの後方からは軽量級ティタンが迫る。
機体は軽量なパーツで構成され、武器は右腕のバトルライフルと左腕のサブマシンガンのみ。
機動戦に特化した骸骨の如きティタン──その装甲は脆弱だ。
スティックを倒し、左腕のライフルを向けながら旋回。
それに遅れてターゲットマーカーが追従する。
「消えっ──上か!」
忽然と消えた敵機、反射的にペダルを蹴る。
前面のスラスターが火を噴き、背後へ急加速。
刹那、頭上からサブマシンガンの面制圧が降り注ぐ。
≪はっ! 雑魚にしちゃ上出来だぜ≫
「うるせぇ!」
遥か格上の強敵へ虚勢を張り、すぐさまライフルで反撃を試みる。
威力と弾速を重視した中級者向けのモデルは、ダンの射撃スキルと上手く噛み合っていた。
並のティタン乗りであれば命中していただろう。
≪おいおい、遅ぇな!≫
緑の曳光弾は過去を照らし、霞む空を駆ける骸骨は捕まらない。
返礼に飛来したHEAT弾を躱し、トリコロールの巨人はビルの陰へ飛び込む。
≪エネルギー残10%≫
骸骨の射線から逃れ、スラスターをカット。
重力に従って舗装を粉砕し、即座に歩行で遮蔽を移動する。
≪貴様の相手は俺だ、超越者≫
視界の端に映る初期機体は、霞む市街地の中で中量級ティタンと対決していた。
敵機はスラスターの光を纏って踊り、エネルギー武器を絶えず発射する。
≪その渾名、やめてもらえません!?≫
それに対し、廃墟を巧妙に利用して躱す初期機体。
最小限の機動だけで光の弾幕を潜る姿は、プレイヤーの動きと思えない。
≪どこ見てんだ、おら!≫
上空よりサブマシンガンの弾幕が降り、カノープスの装甲を叩く。
ペダルを蹴り、機体を再加速。
粉塵を巻き上げて、緑に侵されたコンクリートジャングルを疾駆する。
≪機体損傷≫
「くそっ」
多くは跳弾したが、コクピットを反響する警告音は精神を蝕む。
以前よりも防御力を重視した機体構成だが、それも限度がある。
ビルの屋上を蹴り、跳躍する軽量級ティタン。
≪おら、逃げてみろ!≫
降り注ぐサブマシンガンの追撃は、カノープスに回避を強制する。
相手のペースに乗せられ、無様に踊っている。
眼前に迫るビルを回避──そこへHEAT弾が迫る。
射線へ誘導されたのだ。
高威力のHEAT弾はコクピットの上面に直撃するだろう。
回転する弾体を目で追い、ダンは──
≪左腕武器損傷≫
割り込ませたライフルの砲身が弾け飛び、溶解した金属が散る。
すかさず飛来する2射目を回避し、カノープスはライフルを投擲。
そして、フレイムロックの砲口が空を睨む。
≪ちっ…しぶとい雑魚だ≫
ライフルのマガジンをAP弾が貫き、爆炎が霧を吹き飛ばす。
立ち込める黒煙を利用し、トリコロールの巨人は苔むしたスタジアムへ飛び込む。
遮蔽としては心許ない。
「…畜生」
心拍数が上がり、浅い呼吸を繰り返す。
圧倒的な実力差だが、相手の油断で辛うじて拮抗している。
「逆叉座とか冗談じゃねぇ……」
格上の敵など求めていない。
分不相応と一蹴されるだけ──否、本音は違う。
敗北したくないだけだ。
勝負しなければ敗北はない。
「ああ、くそ……やってやるよ!」
しかし、相手はダンを逃す気はないだろう。
無抵抗で敗北するのは、安いプライドが許さなかった。
≪その意気です、ダン! わわっ危ないです!≫
戦闘中でも声援を忘れない自称師匠に、ダンは微かに笑う。
レーダーの赤点が背後へ迫り、ロックオン警報が鳴り響く。
≪かくれんぼかぁ?≫
苔むしたスタジアムを上空から睥睨する骸骨をロックオン。
静かに息を吐き、ペダルに足を乗せたダンは戦友の機動を思い描く。
「鬼ごっこだよ…!」
スラスターを噴射し、白く霞む空へ躍り出る。
正面から相対したはずの骸骨は、左側面よりAP弾のシャワーを放つ。
スティックを倒し、敵機へ再加速──その距離は縮まらない。
トリコロールの装甲に弾痕が穿たれ、警告音が響く。
しかし、ダンは退かない。
≪遅ぇな!≫
機動戦に特化した軽量級ティタンは、得意な交戦距離を保つ。
後退したかと思えば、カノープスの右側面からHEAT弾を撃ち込んでくる。
乱暴な逆噴射で回避し、右腕のフレイムロックを振り抜く。
「いちいち!」
手動による照準、砲口が2度明滅する。
霧を穿つAP弾を逆噴射で躱し、カノープスの1時方向へ下がる骸骨。
その機影をターゲットマーカーの中心に捉える。
「うるせぇんだよ!」
トリガーを押し込み、右肩のランチャーが猛然と火を噴く。
一瞬でカノープスを背後へ置き去り、白い軌跡がターゲットへ走る。
≪はっ! 当たるかよ!≫
紅蓮の閃光を纏って急上昇、スラスターをカットして急降下に移る軽量級ティタン。
ミサイルの推進力を大幅に失わせ、追尾を振り切る機動だ。
≪あ?≫
しかし、カノープスの装備するミサイルは、バザールの掘出物。
弾頭部のスラスターを噴射し、ターゲットを追尾する高機動ミサイルだ。
≪いいねぇ!≫
声に喜色を滲ませ、軽量級ティタンはスラスターを再点火。
眼下の高架橋、その横を走る幹線道路へ向かって加速する。
激突──その寸前に最大出力で逆噴射、粉塵を巻き上げる。
瞬時に機体を傾け、高架下へ突入。
さすがの高機動ミサイルも追尾できず、次々と路面で炸裂する。
≪ちっ…ガス欠かよ≫
太い橋脚を回避し、瓦礫を巻き上げながら滑走する骸骨。
「逃がすかよ!」
黒煙と粉塵が立ち込める中、トリコロールの巨人が高架下へ滑り込む。
その左肩ではレーザーキャノンが煌々と光を蓄えていた。
閉所へ追い込んだ今しかチャンスは無い──全ての集中力を注ぎ、照準。
「くたばれ!」
トリガーを引き、最大出力のレーザーが照射された。
射線上の影が消失──その背後にある橋脚までを貫通。
次々と橋脚を溶断し、高架橋が連鎖的に倒壊していく。
白い粉塵で覆われる視界には、HITの表示が躍る。
≪残念だったなぁ≫
「なっ!?」
ノイズの混じった通信から嘲笑が響く。
一面を覆う白の中、緑の眼光が瞬き、バトルライフルが咆哮を上げる。
≪右腕大破≫
コクピットを衝撃が襲い、警告が鼓膜を叩く。
咄嗟に構えた右腕を吹き飛ばされ、カノープスは片膝を突いた。
「くそ…!」
爆炎が粉塵を散らし、幽鬼の如き骸骨が姿を現す。
機体色と同化していた補助スラスターのノズルでは陽炎が揺らぐ。
≪これで≫
バトルライフルの砲口を悠然と向ける勝者。
そして、ノイズが走るレーダーに青点が映る。
≪終わり──≫
舞い上がる粉塵の中で、赤い眼光が瞬いた。
≪お前がな!≫
粉塵の壁を突き破り、鋼の巨人が姿を現す。
その右脚は、既に振り抜かれていた。
≪なに!?≫
驚愕に染まる声を上げ、骸骨は紅蓮の閃光を纏う。
フレームを粉砕する鈍い音──折れ曲がった右腕が宙を舞う。
スラスターを噴射し、高速で離脱する軽量級ティタン。
右腕を盾にすることでコクピットへの直撃を免れたのだ。
≪おらおらおら!≫
離脱する骸骨へAP弾を叩き込みながら、コンクリートの大地に着地する初期機体。
それに遅れてバトルライフルが路面に突き立つ。
≪大丈夫か?≫
陽炎を纏う鋼の巨人は、呆然とするダンへ振り返る。
灰色の装甲は擦過痕こそあれど損傷はない。
「……ああ」
対するカノープスは右腕が大破し、両腕の武器を失っていた。
姿勢を立て直し、路面に突き立ったバトルライフルを睨む。
「まだ……やれる」
闘争を続行せよ、そう愛機が叫んでいた。
アドレナリンが供給され続け、意識は冴え渡っている。
格上には敵わない──それがどうした。
闘争と勝利に貪欲でない者が、この世界に降り立つものか。
≪壁を越えるぞ、ダン!≫
「おう…!」
トリコロールの巨人は、聖剣の如くバトルライフルを引き抜いた。
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